285.
魁斗達は桜達に囲まれた状態で、身体を休めていた。タク達と別れてからはじめてのちゃんとした休憩だ。
3人で進んでいた際には最低限、休んではいたものの、休憩は短時間としており、まとまって休む事はできなかったのである。
あたりを全く警戒しないわけにはいかないが、魁斗ら3人で動いていた時よりは体を休めることができた。
「おい、アイツらから渡されるもんは口にすんじゃねぇぞ。隙を見て逃げるぞ。」
こっそりと。声をできる限りひそめ、魁斗は言った。話の内容を桜達に聞かれないようにするためだ。
魁斗の目は桜やその仲間達を見つめており、彼らが怪しげな行動をしないか警戒しているようだった。
ふぅ…と完全に体の力を抜いていた司はギョッと魁斗の方を見た。
「えぇ。」
魁斗がこっそりと言ってきたことに対して、司は魁斗がどうしてそのようなことを言うのかと困惑してしまったが、結弦は当たり前のようにうなずいた。
理由はわからないが、魁斗と結弦は桜たちに対して警戒しているらしい。
魁斗がこっそりと言ってきたことと、加えて結弦が声を出さずにうなずくだけに留めていることから、詳しい説明を求める事はできそうにない。2人がそれが正しいと判断するならばと、納得はできないまでも司はうなずき、魁斗らに同意を示した。
そして、魁斗らは待った。
四方を囲まれ周りや自分たちを監視されている状況では、逃げ出すのは容易ではない。しかし、動き始めればチャンスはすぐ来るはず。
チャンスが来るのを、着実に身体を休め、体力の回復を待ちつつ、淡々と待ち続けた。チャンスはーー思いの外、早くやって来た。
魁斗らに休むように桜が言ってから30分ばかし休んだ頃に、桜が魁斗達に近づいてくると、様子を伺いながら口を開いた。
「そろそろ、動ける?」
桜は笑みを浮かべている。優しげな笑み。害などなさそうな印象だと司は思う。が、魁斗や結弦が警戒している以上何があるのだろう。
何気なく様子を伺いつつ、司は準備を始めた。しかし分からない。自分らの準備を見つめている桜は優しげに笑っている。子を見守る母のような安心感があるように見える。
しかし、魁斗や結弦を見れば、2人も淡々と準備を進めており、どちらも無表情だ。感情を表に出すタイプでは無いとは言え、無表情すぎる。初対面である桜にはわからないだろうが、魁斗も結弦も警戒していると言う事は明らかであった。
動揺を面に出さないように司は必死に準備を進めた。
◇◇◇
桜達に挟まれるようにして先に進めば、桜達に隙が生じはじめた。
魁斗らは桜達にバレないように目配せする。
そして。
「今!」
桜らに隙ができた瞬間、魁斗が小声で2人に言う。
魁斗が先陣を切って走り、あとを2人が追いかける形で、3人は走った。
桜たちに警戒していることなんて一切気づいていなかったようで、いきなり走り出すことも当然、予想などしていなかったのだろう。
いきなり走り出した魁斗らに桜達はギョッとした。
「ちょっと、貴方たち?!」
驚きに満ちた声が響き渡るのを背に感じたが、魁斗らは振り返らず、ひたすら足を動かし走った。
走る走る走る走る走る走る走る走るーー…
あたりの魔物や罠を注意したいため、もう少し慎重な速度で進みたい思いもあるが、今の最も優先すべき事は"桜達から離れる事"だ。
ゆえに、魁斗らは多少の危険を承知の上で一心不乱に走り続けた。
しばらく走り続けたところで3人は足を止めると振り返った。
「……ハァハァ…追ってきてはいないようでござるな。」
司は追ってきている人がいないことを確認して安心したようにつぶやいた。
大分走ってきた。ここはどこであるかは、やはりわからないが、とりあえず無事逃げることができて一安心である。
息が乱れに乱れ、息をするたびに気道や心臓がズキズキと痛みを払っても、それでも必死に走ってきた甲斐がある。
途中まで追いかけてくる気配が背後にあったが、魁斗ら3人の方がすばやかったようで、引き剥がすことができたようだ。
「ハァ……あぁ、だいぶ走ったからな。周りに、人の気配は…無いようでぇ。」
魁斗は周りを見渡した。神経を集中させ気配を探るも、魔物の気配も人の気配もない。
「ハァハァハァハァ…ッ!」
結弦は3人の中で1番、息を乱していた。頬を紅潮させ、滝のように汗を流し、苦悶に満ちた表情をしていた。
今にも倒れてしまいそうなほどに苦しげである。
「佐々木氏、大丈夫でござるか?」
「え、えぇ。ハァハァハァハァ…。」
大丈夫だとうなずくものの、結弦の息は荒いままだ。
顔色も悪く、到底、大丈夫なようには見えなかった。
「ところで、佐々木氏、喜藤氏。聞きたいでござるが、なぜ逃げたでござるか。確かに怪しい人物は見かけており、警戒する必要があるのはわかるでござる。しかし、桜氏は優しげなお方でござった。」
結弦より先に息を整えた司は、魁斗や結弦に聞いた。
結弦の様子からしてすぐには動き出せないだろう。ならば、少しくらい会話する余裕があるはずだ。
2人に従い、逃げ出したは逃げ出したが、なぜ逃げねばならなかったのか。司にはいまだに理解できていなかった。
スッキリしたいからこそ、司は問いかけた。
「優しげな?どこの誰が、でぇ。」
司同様に落ち着いてきた魁斗がギロリと司を睨みつけて来た。
司はなぜ自分が睨まれているのか理解できず困惑してしまう。そして、必死に思考を巡らす。
優しげな人達だと思っていたが、魁斗と結弦の双方が危険だと判断した。つまりは危険だと判断するに値する何かが桜たちにあったはず。
何がおかしかったか?
桜達を思い出すも、やはり司には分からずにいた。桜らになんらおかしなところはなかったと司は思うのだ。
「ハァハァ……あの人達、目が笑ってなかったのに気づかなかった?」
乱れた息がやっと整って来た結弦は、頭を傾げる司に問いかけた。
額から流れるように出る汗を腕でグイッと拭き取る仕草は普段絶対に見ないものだ。
「目が?優しい笑みに感じられたでござるが……我々を気遣って笑顔でいてくださる優しい方でござらんか?笑顔が苦手なのかも……。」
「ハンッ!ハナから胡散臭い連中だっただろうが。胡散癖ぇ顔しやがって。ありゃあ、俺らを人としてすら見てねぇよ。」
結弦の言葉に何とかフォローをしようとする司に対し、魁斗は偏見満載の言葉を言う。
魁斗の根拠のない言にはさすがに、魁斗の個人的な感想にしか聞こえない。
もしかしてと司は思ってしまう。たまたま魁斗と結弦の意見があっただけで、特に何の根拠もなく桜達を疑い、逃げてしまったのではないか。
それが事実ならば、自分たちを助けようとしてくれた人たちにただただ失礼なことをしてしまったと言うことではないか。
まだどこかで桜達を信じたいような思いが司の中にはあるのもあり、司はついつい不満げに魁斗を見つめてしまっていた。




