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228.誓います

地面に足を縫い付けたかのように足が地面から離れてくれない。身体に重りでも縛り付けているんじゃないかってくらい重く感じられた。


慌てれば慌てるほどに、魁斗の身体は動かない。


これでもかというほどに魁斗は青ざめ、身体中の穴という穴から嫌な汁が噴き出すのを感じつつ、先程まで視界にはいなかったはずの魔物が視界に移る程度の距離まで迫ってきているのを眺めていた。




"異形"




まさにそういうにふさわしい姿をしていた。


ギョロリとした目。紫色の舌は大きく長い。自在に動かせるのか、ゆらゆら揺れるそれ(魔物)に恐怖が増す。


舌の周りにはうっすら何かが纏っていた。霧のようなもやのようなもの。明らかに良いものではない。それだけは何となく分かった。


目の前に迫る魔物に魁斗が立ち竦んでいると、魔物は情け容赦なく、魁斗を舌でーーー


「ギョワワワキョキョキョキョキョッ!」


気がついたら不快な音が響いていた。聞いただけで怪我逆立つような気持ち悪い声。


それが魔物が上げる奇声であるのだということに気づくには時間がかかってしまった。


魁斗はどちらかと言えば頭が良い方だ。勉学も優れてはいる。だが、何があったかをすぐには理解できなかった。頭が上手く働いていない証拠だ。


もうダメだと思い、魁斗は目をつぶる。その直後、身体全体に衝撃を受けた。魔物に襲われたことによる衝撃ではなく、人に強く体当たりされつつ、抱きしめられたような衝撃。


くるはずの痛みがこない。


おかしいと目を開ければ魁斗に歳の近いであろう少女がいた。強く魁斗を抱きしめていたのはその少女だった。


可愛らしい少女。黒のストレートな髪は肩で綺麗に切りそろえられており、少女と共にサラサラっと動きを見せている。おっきな二重の目はくりっとしていて、猫を思わすような可愛らしさがある。美人よりかは可愛らしいといった言葉のほうが似合う少女だった。


少女は魁斗を庇うように抱きしめていた。


可愛らしい少女からの熱い抱擁に本来であれば胸を高鳴らせるところなのだが、今はそうも言ってられない。


鼻につく嫌な臭いが、恋愛的なドキドキなど与える隙をくれないのだ。


嫌な臭いの正体もまた、少女だった。少女は魁斗のかわりに魔物からの攻撃を左腕から背にかけて受けていたのだ。


毒によるただれ。それにより腕も背も見るに耐えない傷ができてしまっている。血が吹き出す。だなんて事はないが、皮膚は青とも紫とも言えない色へと変色してしまっていた。


少女の変わり果てた皮膚から異臭が放たれていた。にもかかわらず、少女は魁斗が無事であることを確認すると、ニコッと笑った。嬉しそうに笑ったのだ。


「うん。怪我ないね?もう大丈夫だよ。」


明るい声で少女は言うと、魁斗に安心してと言わんばかりに微笑んだ。






少女の笑みを見た刹那ーーー時が止まったかのような感覚に陥った。





綺麗な見惚れてしまうような笑み。


胸が高まるのを感じる。


あ、天使がここにいる。キャラにもなく魁斗は真面目にそんなことを感じていた。


だが、安心できる状況でもないことをすぐに思い出す。


先程の魔物はまだそばにいる。しかも、一体だけでなかったらしく、いくつもの影が蠢いているのが見える。


少女が魔物と魁斗との間にいる為、直接は魔物が見えないが、それでもたくさんの魔物がいるのが分かる。


「ここを動いちゃダメだよ。」


少女はじゃ、怖かったら目をつぶってて、大丈夫だからと言いながら幼子にするように魁斗の頭を撫でた。


状況が状況であるというのに、ついついときめいてしまう自分がいるのに、魁斗は驚く。


少女はもう一度、魁斗を安心させるように微笑むと、クルッと魔物達に向かって身体ごと顔を向け、いつの間にやら武器を構えていた。


いつ、どこから取り出したかは見えなかった。気がついたら、銃を両手に持ち、構え、そして、撃っていた。


乾いた音があたりに響く。


少女が撃ち出す弾を受けた魔物達が奇声を上げる。


銃声と魔物の奇声とが響き続ける。


魔物に出会ってから、あっという間の出来事であり、魁斗の頭がうまく働いていないことも重なって、何が起きたかを魁斗は理解できずにいた。


ただ呆然と少女を見つめる。


時には刀を、時には銃をと言った感じに、様々な武器を取り出し、戦い続ける少女。その動きは早く鋭く、戦いに関して素人である魁斗にだって少女が強いことがわかる。


そんな少女は魁斗を庇ったがためにふついた傷がある。今も当然だが、生々しくそれはあった。


だが、傷などまるでないかのように少女は動き続ける。その動きは美しいこと、美しいこと。


舞を舞うかのように可憐に。真綿かのように軽やかに。魔物を見る目線は針のように鋭い。


全てが輝いて見えた。魁斗は少女が戦う姿にひたすら、見惚れてしまっていた。


「私は桜花。志貴桜花っていうの。よろしくね!お兄さんは?」


周りにいた魔物達をあらかた倒した少女、桜花は魁斗の目の前までやってくると、座り込んでいた魁斗に目線を合わせるようにしゃがみ、魁斗に笑いかけた。


息を呑みそうになるくらいに綺麗な笑顔。見惚れていたくなるくらいに綺麗なものに魁斗には見えた。


「…え、あ…」


テレビを見るかのような感覚で桜花を見つめていた魁斗。


魔物に出会ってしまった恐怖も抜けきっておらず、桜花を見て湧き上がった感情が何なのかも整理ができていない状況で魁斗はうまく話せずにいた。


ノドがカラカラに乾き、うまく言葉が出ない。


「んん?あ〜…そっかそっか。ごめんよ、怖いかな?触られて気持ち悪かったね。」


戸惑い焦る魁斗に桜花は何かを察したようにクシャッと顔を歪めた。


寂しそうに瞳が揺れ、困ったように視線を落としている。笑い泣くようなそんな表情に魁斗の心がズキッと痛みを上げた。


十中八九、桜花は勘違いをしている。桜花が怖くて言葉を出せずにいるわけではないと言うのに。


「…ぁ…ち、が……」


違う!君が怖いわけじゃない!そうすぐにでも訂正したかった。


なのに言葉がでない。


上手く話すことすらできない自分に苛立ちが募る。焦りが魁斗の中に渦巻き暴れ出す。嫌な汗が吹き出る。


しかし、焦る思いとは裏腹に喉はうまく機能してくれそうにない。


「大丈夫だよ。お兄さんのことは私が守ってあげる。怪我一つさせないから、ここで目を瞑って待ってて?」


慌てる魁斗に桜花は優しく微笑むと優しい声色を出す。


傷ついたはずだって言うのに、なおも守ろうとしている。優しく接してきている。優しい笑みを浮かべ魁斗を守ると断言してくれている。


そんな少女にすぐにでも誤解を解き、謝りたい。だというのに、何もできないのが、何とも悔しい。


「桜花ぁ!」


少女を呼ぶ声が聞こえてきた。遠くから人が飛んでくるのが魁斗にも見える。


「んー?ちひろ、ここー!一般人、発見したー!」


「………かわいそうに、怯えちゃってるね。さくっと終わらせようか。」


「だねー。いっきますかーっ!」


桜花の仲間らしき人物があらわれ、残っていた魔物達を今度は桜花と2人で倒し始めた。


2人が戦う姿は戦い慣れしているだけではなく、動きそのものが綺麗だった。


まるで芸術作品を見ているかのような感覚に陥るほどに美しく、それでいて、お互いがお互いの動きを邪魔せず、まるで2人で決められた舞台を演じているかのようにピッタリと息を合わせて動いていた。


素人から見ても明らかであるほどにお互いに信頼しきっているからこそ、できる動きであった。




ーーー俺も立ちたい。




あの子の横に立ちたい。信頼され、背を任されたい。対等でありたい。


躊躇うことなく、まるで当たり前のことをするかのように我が身を盾とし犠牲にしてまで救ってくれた。


だというのに、今の自分はどうか。


泣きそうな顔をさせてしまった。勘違いさせ、それを訂正できなかった。


怖くなどない。気持ち悪くなどない。


美しかった。綺麗だった。


目を心を奪われてしまった。共に戦いたいと、その横に対等な立場で立ちたいと願うくらいに胸が高鳴っている。


先程自分が彼女にさせてしまった表情を思い出し、胸がズキンッと痛む。


あんな顔をさせるのではなく、ちひろと呼ばれた少年があらわれたときの安心したようなあの表情をさせたい。あの子をかなしませるのではなく、笑顔にできる存在となりたい。




ーーーとにかく、隣に立てるくらいに強くなってやる。




そして、また会ったとき、今度は自分が助けとなろう。桜花を助け、そして、今度こそ謝ろう。


その日、魁斗は桜花との再会を違った。

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