186.イラつく相手のようですよ
至る所に魔物が潜んでいる。それだけでも危険であるというのに、人が仕掛けたであろう罠まで存在する。
ここは慎重にいくべきだ。
そう悠真は考え、秋明にもそう主張した。それに対して秋明は同意した。
ゆえに、ズカズカ歩いていく警戒のかけらもない秋明に悠真は苛つきを募らせていた。
「(何なの。鳥頭なの、アイツ。さっき、罠にかかったばっかじゃん。馬鹿なの何なのイカれてるんじゃないの。)」
悠真の怒りが膨れていく。それも気づかず、さっさと来いよなどと、悠真をノロマ扱いするのだから、悠真としては言葉に言い難い感情の渦を感じてならないのだ。
キッと睨むように秋明を見れば、悠真の視界の中で何かが動いた。悠真の注意は一瞬でそちらに移動する。
魔物だ。それも5体はいる。こちら目掛けて走って来ている。
「前方から魔物来てる!」
悠真が来るのを待つために振り返り立ち止まっている秋明。悠真なに注意を向けているため、魔物の接近に気づいていない様子。ゆえに、悠真は叫ぶように言った。
言い終わると同時に呪文を口にする。強化系の術式を発動させるための呪文。発動対象は秋明。身体強化に加え、防御力強化を出来うる限りの威力・速さで発動させようと試みる。
悠真の声に瞬時に自身の武器を構えた秋明は、悠真の術式が発動されるのを待たずに走り出していた。
「おらっ!」
悠真が術式展開したのと、秋明が魔物との戦闘を開始したのはほぼ同時であった。
身体強化された秋明は容易く魔物達を倒していく。寄って来ていたのが強い魔物出なかったことも幸いしている。
悠真は秋明と魔物達との戦闘を見守りつつ、さらに術式を発動させるために呪文を唱え始めた。
唱えている最中も、視線を忙しく動かし、あたりへの警戒も怠らない。
「おら!これで最後!……あ?終わったぜ?」
早々に魔物達を殲滅した秋明は悠真を振り返り、そして頭を傾げた。
近づいて来ていた魔物は6体。その全ては足元に転がっており、動き出す様子はない。だというのに、秋明にかけられた術式を解くこともなく、悠真は術式をさらに発動させようとしていた。
終わったはずなのにどうして。
悠真の行動が理解出来ずにさらに声をかけようとした刹那ーー悠真の術式が完成する。
いくつか発動した術式。そのうちの一つは秋明の背後で発動していた。
背後で術式が発動した事を、秋明はその術式が魔物を弾いた事で知る。
出現していたのはツルのようなもの。壁となるように出現したそれは犬型の魔物攻撃を受け止め、そのまま、犬型の魔物に巻きつきからみつき、その自由を奪った。
魔物は何とかツルをどうにかしようともがき、ツルに自慢の爪を突き立てるが、ツルが傷つくより先に、氷の柱が出現した。
ツルごと凍らせる氷の柱。それは魔物の目あたりから足元までを覆っていた。
「ーーーッ!」
氷に包まれ、本格的に身動きを取れなくなった魔物。しかし、それでも死なずに、秋明や悠真へと憎悪に満ちた目を向けていた。
必死に動こうともがき、秋明や悠真を殺そうと2人を睨みつけている。口元が覆われていなければ殺意に満ちた咆哮がこの場に響いていた事だろう。
「うらっ!」
魔物の威圧感にたじろぎそうになった悠真に背を向けたまま、秋明は魔物を殴りつけた。
何度か殴れば、魔物は動かなくなる。
「…………終わった、ね。」
魔物達の生死を確認した後、気を抜かずにあたりを確認してからやっと悠真はホッと息を吐く。その後に発動させていた術式を解いていった。
その間もあたりをキョロキョロ見ており、警戒を解いている様子はなかった。
先ほどまでその動作はただのビビリにしか見えなかったが、今となっては必要な警戒であったのだと秋明は気付く。
「他にはいねーよな。」
「た、多分。」
「ふー…わり、助かった。」
秋明は拳を軽く突き出すようにして、悠真に向けた。
悠真はビクッと身体を揺らすと、殴られないかと秋明の動きを注意してみた後、意図が読み取れないまま、視線を彷徨わせる。
「ううん。トドメ刺してくれたの、阿部くんだし。こっちこそ、ありがと。」
おずおずと悠真は言う。
視線はあたりを彷徨っており、秋明には向かない。
「…………先、進むか。」
秋明は自分を見ようとすらしない姿に舌打ちを噛み締め、無愛想に声をかける。
少しは見直したが、やはりコイツは苦手だ。
秋明はため息を吐きそうになるのを我慢しつつ、身体ごと悠真から視線をそらす。
「う、うん…。まだ、魔物いるかもだし、慎重にいこう。」
「…おぅ。」
あたりを心配そうに見る悠真の言葉に一応はうなずいたものの、秋明も悠真を見る事なく、自分の進む方向を見て、歩き出していた。
◇◇◇
悠真と秋明はその後も共に行動した。
度々、悠真が秋明に無謀だと声をかけたが、それは秋明には届かず。
いや、秋明も理解している。秋明にしたら慎重に進んでいる。しかし、悠真からしたら無謀であり無防備に突き進んでいるように見えていた。
噛み合わないからこそ、互いに苛立ちが募る。
進む中で多少は互いな対するイメージも変わるが、馬が合わないのはどうにもならない。
仲良しこよしなどできず、必要最低限以上に話すこともなく、沈黙が広がる中で2人は前へと進んでいる。
何なら、視線すらまともに、合わせずにいた。
悠真と秋明の目と目がしっかり合わさるのには2人が建物に飛ばされてからしばらくの時間が必要であった。
それも普通の状況下ではなく、最悪の状況下で目と目は合った。
いつもならば、無言でそらされる目。気に入らないと暗に告げ、はっきり言わないその態度が気に入らなかった。
文句があるならはっきり言え。察しろだなんて無理な要望を突きつけてくんな、ネクラ野郎が。
そんな罵声を浴びせたくなる事は少なくなかった。そんな自分を殴りたいと、後になって秋明は思う。
2時間は悠真と過ごした後の出来事。正確な時間はわからない。
もう少し。
もう少し悠真に歩み寄っていたならば。悠真の言葉を真面目に聞いていたならば。耳を傾けて、参考にしていたならば違ったかもしれない。
後悔先に立たず。
共に過ごす中で、悠真はまともに秋明を見なかった。2人っきりで長らくいたのに、まともな会話もなかった。
自分を見ようとしない。考えを口にしようとしない。ただ、早く歩きすぎだの、音を立てすぎだの、もう少し警戒したほうがいいだの。小言のようなことだけは言う。
悠真が秋明にとっては目の上のたんこぶくらいにしか、思えなかった。
「だ、から…無闇に飛び出すべきじゃないって、言ったん、だけど。」
だが今は。
真っ直ぐに自分を見つめてくる視線に、秋明がたじろぐ。
視線はいつものように気に入らないと言っている。しかし、いつもと異なり、秋明自身に罪悪感があった。ゆえに、反論はできない。
「お、おい…その腕…」
罪悪感のもととなる傷を秋明は指差し、顔を青ざめていた。滴り落ちる血は秋明をも濡らす。
自身のせいだ。
悠真の忠告を、気弱なネクラがなよっただけだと取り合わなかった。他の仲間に出会わねばと気が焦っていた。
何より気の合う仲間ではなく、趣味も性格も合わない悠真と2人っきりになった気まずさがあった。
だから。
いや、その全てが言い訳でしかないが、それらの因果が絡み合い、事は起きた。




