163.見覚えがありました
良い案も浮かばないまま、音は無情にも近づいてくる。しかし、諦めるわけにはいかない。ボクは音の方向を見据え、身構えた。
なにか、出来ることがあるはず。必ず、みんなで生き延びる。
「ーーーにゅぅ。」
いきなりあらわれた獣。魔物かと緊張が走る中、聴き慣れた声が響いた。
緊張で身体を硬くしていたボクらはついつい、脱力してしまった。仕方ない。いやでも、呆けてもしまうだろう?
「にゅぅ。」
皆が呆然として見つめる中、姿を現した獣はボクらを見渡すともうひと鳴きした。
それにより、ボクらは動き出すことができた。
「ち、び…さん?」
むらむらでさえ、掠れた声が出るほどに、その場は緊張感に満たされていた。それくらい、みんな、怖かったんだ。情けない話ではあるが。
「にゅっ。」
「………しき、さ、ん…達は?」
近づいて来ていた音はよく知る護獣が出した音だった。おそらく、魔物を蹴散らしながら来たのだろう。
断末魔のような音は襲われた魔物達の声だったのだ。
来たのがチビ君であったことに脱力したとはいえ、安心しきれず身を固くしたままで、ゆずるんが聞いた。
まだ声は固く、うまく出せていない。
だが、チビ君は意思を汲み取ったらしく、しっきー達がいるであろう方向を向いた。
「にゅぅ〜。」
「……キミ、は…先に来てくれたってわけか。」
「にゅっ。」
ボクらの言葉を正確に理解し、意思疎通が出来ている。
賢い護獣だ。最低限のやりとり以上はしようとしなさそうだが、こちらの問いかけには答えてくれる。助かるな。
「……助かるわ。正直、このメンバーで魔物には出会えないもの。」
「ボクらもしっきー達めがけて歩けば良いか?」
「にゅぅ〜?………来る途中にハチがいっぱいいる場所あったけど。行ける?」
面倒だという態度を一切隠す事なく、チビ君は喋った。
今まで話さなかったのは必要ないから。さすがに話さねばならないと思ったらしく、喋ってくれた。あの声、もう少し聞きたい!武器の声だ。人の言葉を話す時、声が少し低くなる。どういう仕組みだろうか。
「ハチ…?」
「軍団でやって来てまとわりついてくる奴ら。身体に毒をまとってる。」
普通の昆虫ではなく、魔物か。
それがいたのに難なくここまでたどり着いたこの護獣。やはり、戦闘能力はボクらの比ではないようだな。
「………それ地面に潜んでて巣を踏んだ瞬間に襲いかかってくるっていう…」
ガミガミが明らかに顔を青ざめさせた。それはそうだろう。そんなものに囲まれたらボクやゆずるんでは対処できない。
ガミガミやさっくんも難しいだろう。
「どのくらいいる?」
避けて通れるならば、避けて通りたい。しかし、行けるかとわざわざ聞くという事は何か問題があるのかもしれない。いや、確実に問題はあるだろう。
「500M進んだ先に巣が5つ。ここを囲うようにしてあるね。ハチを避けて通ると他の魔物の巣がある。ここ、綺麗に魔物の巣で囲まれている。魔物の巣を通らずには出られない。」
チビ君が通ったのはハチの巣がある場所であろうな。時間からして、ハチの巣を横切ってきたはず。
他に何がいるかを調べる時間はなかったように思えるんだが。巣がいくつあるとか、他の場所にも異なる魔物がいるとか、どうやって把握したのだろう。
まぁ、それも気になるが。それより、ヤバいな。
「魔物の前に出なかっただけマシだが、それでも中々な状況だな!」
数が多い。避けて通るのは厳しいだろうか。
「わざわざ武器作りには使わず、キミたちのためのトラップとして使うって酔狂な事をアイツらがしたんでしょ。魔物除けの草が生えてたから、ここは安全だけど、ここから抜け出せない状況を作りだすとか悪趣味。」
チビ君は不機嫌そうに尻尾で地面を叩きながら荒々しく話す。
アイツら。ウサくん達のことか。
そうか。この動けぬ状況はウサくん達が故意に作り出したものという事。見事に罠にかかってしまったわけだ。
周りを四面楚歌状態にする罠、か。
「僕だけなら抜け出せるけど。ハァ〜…今は主人が来るのを待つしかないね。わざわざこっちに向かって来てくれてるんだから。僕にそばにいろとか言って、さ。キミらを多少怪我させても良いなら良いんだけど。」
絶対零度。突き刺さるような冷たい双眸は視線だけで刺し殺せるならばボクらをすでに刺し殺していそうだ。
普段、しっきーがいるときならば絶対に見せないくらいに冷たく攻撃的で荒々しい。
元々、気性の荒い武器なのだろう。しっきーがコントロールしてなければ力が尽きるまで暴れ倒しそうだ。
「そうか!では、昼ごはんを準備しつつ、待つとしようか。」
しっきーの望まない事はしない。
護獣にとって、何より大切であるのがしっきーであるという事実があるからこそ、しっきーの手を煩わせる事にイラつきを感じているかもしれない。だが、しっきーはボクらの安全を優先してくれる。優しいからな、あの子は。
だから、チビ君もまた、どんなに刺のある態度となろうがボクらを守ってくれるだろう。
ボクらは今はおとなしく待つのが1番だ。
「ハチに対してなら、葉を摘みに行けばいいんじゃないかしら?」
じっと待っているのは落ち着かない。ボクだって出来ることならば動きたい。しかし、それが正解とは言えないんだ。
ゆずるんも分からないはずがないだろうに、気持ちが焦っているのだろうな。
「ハチに出会って対処できるのか?」
「………はちの巣の探知って探知系の術式か武器かがあれば出来るけど…ごめん、俺、使えない。」
シュン…と落ち込んだ様子で、申し訳なさそうにガミガミは言う。
いやいや、落ち込まないでくれ。
「ボクもだ。」
ボクだってできない。
なんなら、ボクの方が戦闘に特化した術式は扱えない。ガミガミは十分にすごい。
「拙者も出来ませぬ。」
「チビさんが探知出来るんじゃないですか?」
「出来たとしてもだ。ハチは葉により死ねば毒ガスを放つ。しっきーたちがこちらに向かっているんだろう?」
ハチを倒す上で役立つ葉がある。しかし、それを使えばハチ達は周囲に毒を撒き散らす。それが厄介なんだ。
仲間達が向かっている今、それを撒き散らさせるわけにはいかない。
「うん、それも問題だよね。万が一、毒ガスを吸っちゃったら…。」
「志貴氏と稲盛氏がいるでござるからな。毒ガスが発生していてもお2人ならば感知できるでござろう。しかしながら、ハチの巣のある辺りに行くのは我らではなく、志貴氏達の方が良い。我々では危険でござる。」
動かない方がいい。そうさっくんはハッキリと言った。ボクもその意見に賛成だ。
闇雲に動けばボクらは自らだけでなく、しっきー達も危険に晒すことに繋がる。それはダメだ。
「ハチと戦うにしても、ハチにより怪我した場合についても、向こうの方が秀でている。今、ボクらにできるのは待つ事だ。」
「…ッ!……悔しくはないの?私達、まだ足手まといにしかッッ」
ボクが言えば、ゆずるんは責めるように言ってくる。分かる、分かるぞ。同じ気持ちだからな。
けど、だからこそ。ボクもゆずるんも皆の役に立ちたいと願い、うまく行かないからこそ、辛いのだ。下手に動けば後悔はさらに大きくなる。
そんな思いをゆずるんにさせる気はない。
「無理をしてさらなる最悪な事態になるほうが困る。今できる事をするほかない。もし今、ボクらが無理をしてハチに囲まれれば、しっきーの護獣がボクらを守り、しっきーを呼ぶだろう。よほど、ボクらは死なない。」
だから。
おそらくはボクらが無理をしても何とかなるだろう。近くに教員達もいるだろうからな。
だが、しっきーに助けられるという結末は皆だって、望まないだろう?
「はぁ…君らが怪我したら主人が悲しむからやめてね。草についてなら主人も知っているし、毒ガスくらい、対処出来るけど。君たちがやるより、主人がやったほうが早いし安全だよ。動かないでくれる?」
鋭い刃のような言葉をチビ君は吐き出す。下手に動かず主人を待て。毒々しいが、チビ君が言いたいことはそう言うことだ。
ボクらからの言葉より、チビ君からの言葉の方が受け入れが良いらしい。ゆずるんは唇を噛みながら黙る。
「ボクらは無理をせず待つのが良いんだ。悔しいからこそ、今はできる事をして、このイベントが終わった後に生かす。ボクらが役立てる時だって来るかもしれない。その時に最大限の力を出せるようにボクらは自らを磨きつつ時を待たねばいかんだろう。」
「…………気が立ってたわ。ごめんなさい。」
吐き出された言葉からは納得はできていないとありありと示されていた。
それでも、今はそうするしかないと、無理矢理自分に言い聞かせているようだった。




