147.まだ迷いはあります
手の届く範囲の魔物を無惨に踏み潰すように殺しつつ、チビはわんこ先生を睨め付けた。
自分を見られていないとは言えこの怒気の中ではさすがの魁斗も無闇には動けず、身体を硬直させていた。額に汗が浮かぶ。秋明やマリ、樹里もまた、硬直している。
チビが本気で動くことはないはず。桜花が止めるはず。だが。止めきれない時もあるのではないか。
今、桜花のためにと本気でチビが動いたならば、止めれる者はいないはず。で、あれば。危険である。
嫌な空気と共にチビが皆の目にも止まらぬ早さで惨殺していった魔物たちの血肉の香りがあたりに充満する。
「志貴さんは?確か喜藤くんの武器に話しかけてたね?志貴さん自身が話したがっていたようだし、そばに在るのはいいんじゃないかな?それが辛いとしても志貴さんが乗り越えるべきことだし?ただ?根掘り葉掘りされるのは辛いかも?ウサ先生からのが事情聞けるかな?まぁ?彼も簡単に仲間の情報は売らないだろうけど?」
チビの様子に皆が凍りつく中、穏やかな様子で言うと集めた枝をわんこ先生は抱えるように持つ。
皆がチビの本気の殺気に動けない中、わんこ先生だけが動いた。いつもと変わらぬ様子で話した。
彼が何を言ったかを理解するのに、皆、時間がかかってしまっていた。思考力すら、凍りついてしまっていたらしい。
「さ?さっさと戻ろうか?そろそろみんなの体力も限界というか?僕も疲れたから?休みたいよね?」
皆が、息をするのを忘れていたのを思い出し、ゆっくり呼吸し、目配せをし、各々汗を拭ったところで、わんこ先生は言った。
皆を慮っていったのか。はたまた、自分がさっさと休みたいからこそ言ったのかは彼自身以外は分からないところだ。
チビはすでに木から降り、桜花がいる方向へ身体を向けていた。これ以上何かを話す気はないようだ。
先ほどまでの射殺さんばかりの視線も、気だけで人を殺せるんじゃないかというくらいの怒気も既に消えていた。あるのはいつもの、無関心な背中だけだった。
さ、行くよ?と言ってチビの背を追い歩き出したわんこ先生の後ろを、ノロノロと4人は歩いた。
◇◇◇
「おかえりー!」
戻ってきた面々を見て、桜花は笑みを浮かべた。いつも見かける、人好きする桜花の笑顔。いろいろあった後というのに変わらぬ姿にホッとする。
あの笑顔を見て、4人はやっと安心できた。
桜花はテントやら何やらも準備を終えたらしい。食事も寝るスペースも準備が整っていた。
「ただいま、桜花ちゃん。」
「本当デロッデロね、桜花にだけは。」
桜花を見て、瞬時に甘い甘い、甘ったるい笑みを浮かべた魁斗。それにマリは冷たい視線を送る。
魁斗は冷たい視線を一切気にしていない様子だ。
桜花しか見えておらず、マリの声など聞こえていないとでも言うかのようだ。
「んん?マリ、なんだか毒が強いね?お兄さん、ひょっとしてマリをいじめたの?ダメだよ、女の子をいじめたりしたら?」
魁斗には見えていなくとも、桜花には見えているし、聞こえている。
ゆえに、魁斗に注意が飛んでくる。よく事情は把握していないが、とりあえず注意を飛ばす。
その注意に対して、誰も何も言わないが、マリはこっそりと注意ならばチビにもしてくれと思わなくもない。言ったら言ったで怖いため言わないが。
「いじめちゃあいねぇよ。当然のことを馬鹿に言っただけでぇ。」
桜花の言葉ならば魁斗は無視しないようだ。とはいえ、無視はしないが、フンッと鼻を鳴らして自分は悪くないと主張していた。
それにマリは渋い顔をする。
「馬鹿…阿部はお兄さんに何を言われたの?」
んー?と頭を傾げつつ、桜花は迷わず秋明に視線を向けた。
魁斗が言う馬鹿が秋明を指し示すと桜花は迷いなく判断してみせていた。
「おい、何で迷いなく俺だって思うんだよ?」
当然、秋明としては馬鹿=自分であると即座に判断した桜花が気に入らない。
ギロリと桜花を睨みつけ、問いかける。他の人物かもしれない中、何で自分だと断定するのか、と。
「え?違うの?」
秋明に睨まれてもビビるどころが、桜花はいけしゃあしゃあと質問を返す。
予想の範囲内とはいえ、ヒクッと秋明は顔を引き攣らせた。コイツ、ぶん殴りてぇ。そんな気持ちがありありと全面に出てきてしまっている。
「いや?合ってんぜ?さすがは桜花ちゃんでぇ。」
先ほどまでの塩対応が嘘かのように笑みを浮かべている魁斗は桜花の頭を撫でる。
顔を歪め、プルプルして怒りを抑えようとしている秋明を一切、気にする様子は魁斗には当然のようにない。
「ほーら、合ってるんじゃん。もー。当てられたのが気に入らないのー?当てた理由、聞きたいの?」
ドMなのー?と、桜花は秋明に聞く。
それに対し、人でも今から殺しに行くんじゃないか、いやもうすでに殺したんじゃないかというくらいに凶悪な表情を浮かべ桜花を睨む秋明。
が。
桜花は気にした様子もなく、秋明を見て風鈴かのような涼やかな笑い声をあげ、顔には楽しげな笑みを浮かべていた。
「………やっぱ、良い。」
秋明がなんだかんだで折れた。諦めたわけだ。これ以上、絡んだところでどうにもならない。それが分かっていた故に秋明が引いた。
怒りを自ら引っ込める。
「ねぇ、桜花。」
マリは桜花に呼びかける。阿部を見て楽しそうに笑っていた桜花は呼ばれてマリに視線を向けた。
思い詰めたような表情でマリは桜花を見ていた。
「んー?」
桜花はいつもの調子でマリを見ていた。戸惑いを見せるでもなく、あくまでいつも通りの様子だった。
マリの様子が変なのは気づいたが、触れずに言葉を促す。
「私達、弱いし。アンタに比べれば全然現場慣れしてないし。ミスばっかするけど。……迷惑じゃないかしら。」
話の流れをぶった斬り、マリは桜花に問いかけた。
先ほど、チビを目の前にして、自分は動けなかった。桜花ならば違うはず。持ち主であると言うことではなく、ちびほどの敵を前にしても桜花ならばどうにかするだろう。
仲間との力の差を再度確認し、マリの気持ちは再度下降していた。
「変態野郎の言ったことを気にしてるの?馬鹿だねぇ。マリも馬鹿だったや。阿部だけじゃないねぇ。」
面倒だなぁと桜花は言う。
落ち込むマリをぶった斬る。
建物に飛ばされてうまくいかず。魔物の影響をうけて泣き叫び。ウサには散々言われた。チビに睨まれ動けなかった。
で、落ち込んでいた。
落ち込み、桜花に話しかけ、見事にぶった斬られたのだ。
「は?!」
シュンと落ち込みつつ言った言葉をバッサリ切られ、ばかとまで言われマリは目をまん丸くする。
優しく慰めてほしい。
そうどこかで思っていたのかもしれない。だからこそ、口を開いたのかも。
けど、桜花は優しい言葉は出さなかった。
「はじめ出来ないのは当たり前でしょ。それを支えるのはチームなんだから当然。私だって師匠にそうしてもらっていろいろ身につけてるわけだしー?甘えられる人には甘えちゃえば良いの。」
桜花は当たり前の事を言うように言う。
「け、けど!あんたに負担がかかるじゃない!」
簡単にいうが、簡単に甘えたりなど出来ぬだろう。マリは簡単には受け入れられない。
魁斗も言っていたが、出来うるならば負担などかけたくはない。
大切な仲間におんぶに抱っこ状態でいるなど絶対に嫌だ。仲間なのだ。支えとなりたい。
「まぁねぇ。自分だけのが楽な場面もあるけど、後々を考えれば大変なのを乗り越えといた方が自分のためにもなるんだよ。」
負担がかかるのが自分のため?
どう言う意味か分からないとマリは頭を傾げ、桜花を見つめる。
「マリ達が足手まといになってるって思うなら成長すれば良い。んで、私を助けてよ。支えてくれる仲間は多いに越したことはないの。人が1人でできることなんて限られてるんだからさ。」
情けは人の為ならずだよーと桜花は言う。
言いたい事は分かる。
分かるんだが。
いつか、助けになれるのだろうか。
今の桜花は十分に一人でやっていけるのではないか。
「そもそもがねぇ。人にまったく、迷惑をかけずに生きられる人はいないわけだよ。どうあっても迷惑かけちゃうんだから、周りなんざ捨て置いてありたいようにあればいいんだよ。私だって師匠たちには甘えるし、迷惑しかかけないよ。」
迷惑なんじゃないかと不安がるマリに桜花はさっくり言ってのける。不安がどんどん湧き上がっているマリに笑いかける。
気にすんな、と。
いっそ、図太くなっちゃえば良いと。
つか、気にするだけ無駄だと。
「私、は…みんなが、傷つくのが嫌だわ。私、は…アンタの事も、守りたい。じっと待っているの、嫌だわ。一緒に、戦いたい。」
ハッキリと言い切る事はできない。胸を張って自信満々に自分の意見を言うなんてマリには難しかった。




