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132.桜花が動きます


ハァハァと荒い息遣いを隠すことなく晒す男がいた。


燕尾服の上からでも筋肉質だと分かる肉体。ウサギのお面をつけており、顔はわからない。チラッと口元あたりが見えそうで、やはり見えない。お面の舌部分が邪魔だ。黒髪は短く切られている。


ふざけた動きをしているにもかかわらず、隙がない。襲いかかっても勝てぬであろうことが分かるのが憎たらしい。


「カナちゃんに近づくな、変態がっ!!」


マリは条件反射で拳を繰り出す。


が。


楽々に避けられ、マリの拳は空を彷徨ってしまう。


予想できていた展開だが、気に食わない。


ギッとマリが変態をにらめば、睨まれた本人はコテンと頭を傾げて見せた。


「……まるで稲盛様を守る騎士のようにございますね。貴方様は仲間のために当たり前のように拳を繰り出すことができる。何とも素晴らしい。ウサには難しいことにございました。それで?貴女様は何を願いますか?どんな自分でありたいと願いますか?」


変態的一面を見せ、マリに殴られそうになった。そんなやりとりがなかったかのように話を続ける。


その姿は何ともうざったらしい。


あぁ、なんでアイツに拳を繰り出せるほどの実力がないのか。弱いことがこうも歯痒く感じてしまうとは。


ギリッ!と奥歯を噛み締めてしまう。


この場だけならば。


強くなりたい。この世における変態の全てを殲滅してしまいたい。殴り沈めたい。


そう願う。


マリはウサの質問に返事をするではなく、佳那子を背にし、ウサを睨むように見ていた。その後ろで佳那子が戸惑いオロオロとしている。


なんとも言えない混沌とした空気がその場に広がっていた。


先ほどのウサではないが、どうにかこの空気を壊したい。が。そのすべはない。


「変態野郎は意地が悪いね?年端もいかない若い子虐めて楽しいとかさぁいてぇ。加齢臭漂わせたおっさんのやることじゃないよねぇ。」


ウサを非難する声が響いた。


それはウサのように、空気を一変させた。


響いたのは場の空気を変えてくれる声だった。


のんびりとした口調。だが、しっかりウサを非難している声。


「志貴様?人聞きの悪いことはおやめくださいませ。いつウサが皆様をいじめたとおっしゃられるのです?そして何よりっ!!ウサはちゃんと素敵な香りがするようにしていますでしょう?よくよく、嗅いでくださいまし!」


グルンッと気持ち悪い動きで顔だけを声の主がいる方向へと向けたウサは問う。


首周りの筋肉、可動域は確実に人間のそれではないとマリは思う。


声の主ーーー桜花はそんなウサの不気味な動きを気にする様子はなかった。桜花のそばにいたツバサは不快そうにウサを見ていたが。


「主人に汚らわしい匂いを嗅がせるな。鼻が腐る。臭い。」


「マリ、目が覚めたんだね?無事そうでよかった。変態の話なんて話半分に聞いて、あとでゆるりと考えれば良いよ。それより、お腹空いてる?ご飯も風呂も準備できてるからね。」


ウサの声などなかった。そう思えるほどに桜花はウサに一切の反応などせず、マリを覗き込むと笑みを浮かべた。代わりと言っては何だが、チビが辛辣な事を言っている。


マリ達はチビが発した言葉に目を白黒させたが、桜花は気にする様子もない。わざわざ皆に通じるように言葉を発するなんて珍しい。しかし、桜花は気にしない。


大物なのか何なのか。


あの建物から外に出た後はマリは気を失ってしまっていた。だからこそ、状況理解がしきれないが、なぜか桜花がそばにいた。


そのことにもマリは驚いていた。いきなりあらわれ、マイペースに話す。紛れもなく桜花である。


無事かも分からず心配していた桜花はピンピンといた。その場にあらわれ、当たり前のように自然にマリに話しかけている。


「はっ?作ったの?お風呂??」


マリは目をまん丸にして桜花に聞いた。


桜花の発言にウサから受けた不快感は一気に吹き飛んでいた。


今、自分は木の根元で眠っていた。まだ、ワクワク学園の校舎には戻っておらず、外にいる。遠足が続行中のはずだ。


で、あるのに、風呂があると言う。


自分達とはぐれてから、それの準備をしていたのだろうか。


ドラム缶とかでも持ってきて作ったとでも言うのだろうか。桜花ならば出来そうな気もするが、魔物が存在する地で呑気に作ったのだろうか。


「ん?折り畳みの浴槽を持ってるからね。どうしても水浴びしたい状況ってあるじゃない。あまり使わないけどついつい買ったやつがあったんだよねぇ。折り畳める浴槽で水を入れると勝手に湯の温度に調整してくれるマジックアイテム⭐︎」


にぃーっと人好きする笑みを浮かべながら、自身のアイテムについて語る。


どうやら、作ったわけではなかった。準備はしてくれたようだが。


さすがは桜花。何でも持っているらしい。


「……良い湯だった。」


ほんわかとした雰囲気をまとい、ツバサが言う。


大変な目にあった後だからこそ、より一層、気持ちよく感じたのかもしれない。


「2人はもう入ったの?」


「んー。マリはお兄さんたちの後にカナちゃんと入っといで。魔物除けは発動させてるし、チビに見張らせるから安心して。変態が覗かないようにも防御しとく。」


「ありがとう。助かるわ。」


先ほどの佳那子へジリジリと寄っていく様子を見る限り、変態が近くにいる状態では風呂に入りたくない。


何があるかわかったもんじゃない。


「ウサは確かに皆様を愛しておりますが、覗いたりは致しませんよ?」


「信頼がなーい。変態野郎の日頃が悪すぎるんだねぇ。そもそも、前科があるじゃない?」


ウサが主張するが、桜花は切り捨てる。


信頼が皆からないのは事実だ。


「は??アンタ、のぞいたの?!」


しかし、前科があるとは知らなかった。


マリは目をまん丸くしてウサを見た。


「どういうことだっぺ?!ウサ先生、それは捨て置けねぇ!!!」


バッと反応したのはマリだけではなかった。ウサの同僚であるにゃんこ先生も反応し、ウサに詰め寄る。


「志貴様?ウサにあらぬ疑いをかけるのはおやめくださいまし。全く〜。ぷんぷんにございますよ?」


自分に詰め寄るにゃんこ先生やらマリやらを気にする様子もなく、ウサは桜花を見ていた。


動揺一つないその姿に皆、事実はどうなのかとウサと桜花とを視線を交互に向け、答えを求めていた。


「皆様はウサを何だと思っているのでしょうか。ウサが覗きなどするとでも?たしかにウサは皆様を愛しております。お慕い申し上げております!ゆえに皆さまを害するなどありえぬと言うのに「はいはい。うるさーー…っ!?チッ。にゃんこ、仕事。行くよ。」


桜花が何か言うより先に話し出していたウサの声を遮るようにして話し出した桜花だったが、不自然に言葉を遮った。


何かに弾かれたように振り向くと、桜花は素早い動きでにゃんこ先生を担ぎ上げた。


突然担ぎ上げられたにゃんこ先生としては目を白黒させてしまっている。


ウサはウサで、桜花が動き出すと同時くらいに通信機を使用し何やら話しはじめた。


どちらもただならぬ様子だ。


桜花とウサの様子に不安が募るが、どちらも聞くことを許す雰囲気ではない。話しかけることは難しい。


説明を求めてマリや佳那子、ツバサは桜花やウサを交互に見るくらいしか出来ずにいた。


「ちょっ!?桜花?何が「怪我人、結構ヤバいみたい。舌噛むよ。」


何があったか、にゃんこ先生が聴こうとするが、しっかり説明することなく、桜花は動き出していた。


「こちらはお任せください、志貴様。にゃんこ先生?任せましたよ?」


通信機器での会話を終えたウサが顔を上げ、動き出した桜花に声をかける。


「あいあーい。」


「うぐっ!!」


適当な返事をすると桜花は動きを早めた。


にゃんこ先生を担いでいるとは思えないほどに素早い動きで走っていく。


その姿はすぐに、見えなくなってしまった。


かわいそうなのはニャンコ先生なのであるがーーこの場でそれに触れるものはいない。悲しきかな。


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