130.マリ話します
ウサにふざけた様子もない。口調はいつも通りだが、落ち着いた様子。
佳那子やマリはその様子を見て、これがウサの素なのかもしれないと思ったりしなかったりした。
「女は見られたくないもんがあるもんだべ。思春期なんだ、気ぃ使うのは大人の嗜みだっぺ。」
胸をのけぞらせ、ふふーん!と威張る幼児のような姿勢をとりながら言うにゃんこ先生。幼な子が偉ぶりながら話すようにしか見えない姿である。
「貴女様が恥じるほどに周りは貴女様の姿を恥だとは思っておりません。貴女様はご自分に厳しくあらせられますね。肩の力を抜いてみてはいかがでしょうか?」
キリッと真面目な様子で言ったにゃんこ先生を放置し、ウサはマリに声をかけた。にゃんこ先生の言い分はまともに取り合わないと決めたらしい。
生徒が言ったならば、うざいくらいに反応するだろうに。いや、今はしないかもしれない。いつになく落ち着いた雰囲気だ。
マリとウサの間は3メートルほど空いている。ウサはマリが目覚めてから一度もマリに視線を向けることなくどこか遠くを眺めていた。
普段の高いテンションはなく、マリに近づこうとする様子もない。
だが、マリを全く眼中にいれていないわけではないようで、マリがなぜ唸ったかは佳那子やにゃんこ先生以上に把握していそうな様子だった。
「肩の力抜けって…。」
マリは自分から少し離れた場所にいるウサの方を見ながら困ったようにウサの言葉を繰り返す。
自分は自分に厳しくなどない。気を抜くわけにはいかない。ゆえに、ウサの言葉を素直に受け入れるには抵抗があった。
「貴女様は気にされて唸り声を上げましたが、何に唸り声を上げたか、にゃんこ先生も稲盛様もわからない様子でございます。周りは貴女様ほど気にしていないのですから、あまりご自身を責めなくとも良いかと。」
戸惑うマリにウサは言葉を重ねる。
周りが気にもしていない些末事。マリ自身だって気にする必要はないのだと。
「あんなに、みっともなく泣き叫んだのよ…気にするなって方が無理だわ。」
些末事だと他者に言われたからってすぐに気にしないで流そうと気持ちを切り替えることはできなかった。
弱々しく話すマリの話をウサはふざけることなく真面目に聞いていた。
「魔物によるものにございます。悪いのは魔物。それで良いではございませんか。」
弱々しく嘆いたマリに看破入れずにウサは言う。
いつもならば挑発してくるウサだというのに、今はそれをせず、慰めのような事を言う。
その様子にマリは調子が狂ってしまう。
いつものようにふざけた態度を取って、挑発でもしてくれれば感情をぶつけて有耶無耶にできたと言うのに。
それを許してはくれない。
「失敗ばかりしたわ。迷惑ばかりかけちゃったのよ。私は戦闘員なのに。かっこよく戦いたいのに。」
「頑なにございますね。貴女様は一体、どうありたいのでございましょう?」
ウサはマリが起きてからはじめて、身体ごとマリの方へ向き、マリに視線を向けた。そして、問いかける。大きな動作がつくのはデフォルメだろうか。デフォルメだろう。
大袈裟に手を動かし、身体を傾け問いかけてくる。
「は?」
突然の問いかけに、マリは口を開けたまま固まってしまう。
「ご自身がありたい姿がございますでしょう?貴女様は何を望まれていらっしゃいますか?」
問いの意味が分からないと怪訝そうに眉を顰めたマリにウサは問いを重ねる。
「…な、にをって…。」
質問を重ねられてもなお、やはり答えにくかった。
何て答えれば良いかが分からない。
「私はかつて、大切な人々を守りたくて、僭越ながら武器を取りました。ウサは魔物から皆様を守りたいのでございます。仲間と肩を並べたいのでございます。……しかしながら、ウサは怖がりにございます。戦場に戦闘員として立つのも怖くてできぬ身、ゆえにこうして貴女様方に、教鞭を取る事で願いを叶える形としております。」
ウサは穏やかに語る。物語を読み聞かせているかのような穏やかさ。
マリは黙って聞いていた。
「貴女様は何を望むのでございましょう?何を願いますか?何を為したいのでしょうか?」
ゆったりとウサは問いかけてきた。マリは答えがすぐに出ず、視線を彷徨わせてしまう。眉間にシワを寄せ、何をって呟く。
かっこよく戦いたい。
ミスしたくない。
みんなに迷惑をかけたくない。
完璧な戦士でありたい。
いろいろ思うところはあるが、言い淀んでしまう。
「私はみんなの役に立ちたいです。」
マリが困り果てている中、佳那子は優しい笑みを浮かべて言った。はい、と軽く手を上げながら言うのは挙手をしてからの発言としたのか。
なんとも律儀である。
え…と、マリが顔を上げ、佳那子を見てみれば、佳那子の優しげな目と視線が合った。
「私は戦っている方々を見てカッコいいと思いました。私たちを守るために戦う姿に胸を打たれました。皆さん、自分が傷ついてでも守ってくださいます。私はそんな方々の支えになりたいと思うんです。」
迷いもなく、佳那子は話す。
支えにはなりたいけど、一緒に戦うだけの力は私にはありません。残念ですけどね。と佳那子は困ったような笑みを浮かべつつ、言葉を続ける。
「一緒に横に立って戦う事は難しいですが、支えにはなれると思うから。だから、治療のスペシャリストになるんです。料理も頑張って、皆さんの癒しとなれるようにするんです。マリさんは何で戦闘員になろうと思ったんですか?」
佳那子は笑みを浮かべたまま、優しい声色で語りかけてきた。
夢を語る佳那子は楽しそうだ。
楽しそうに語り、楽しそうに聴いてきてくれたため、先程ウサに問いかけられた時とは異なり、マリも口を開けると言うもの。
「それは……親が、私に…望んだから、よ。私が戦闘員になるって決まった時、嬉しそうに笑ってくれたの。兄さんがいなくなってから暗かったのに、あの時は2人共…嬉しそう…で。だから、頑張らなきゃダメなの。カッコ良く活躍すれば喜んでくれるはずなの。笑ってて欲しいのに…なのに…何もできない。全然うまくいかない。みっともなく泣き叫んで。」
しかし、それは佳那子のように楽しく夢を語る姿からはかけ離れていた。目線を彷徨わせ、つらそうにマリは語る。
佳那子なようにスペシャリストになりたいとか目標があるわけではない。
そんな立派なもんじゃない。
それだけでもカッコ悪いが、今の自分はもっとカッコ悪い。
何も出来ていない。
「何もできねぇわけじゃねぇだろ。おめぇは十分、カッコよかったっぺ。」
「そうです!マリさんはみっともなくなんかないです。私だって失敗だらけです。マリさんもそうかもしれません。けど…私を助けてくれました!マリさんは怖い状況でも仲間を守ろうとしてくれます。かっこいい戦闘員なんです!」
落ち込んでいくマリににゃんこ先生と佳那子が強めに言った。2人に嘘を言っているような様子はない。
だが、マリはそれに頭を振る。
「………何もできてないわ。考えなしに突っ込んでみんなに迷惑をかけることしかできてないもの。」
慰めは不要だ。ちゃんと現実は見えているとマリは言う。
「迷惑??おめぇ、佳那子が魔物の前に座り込んでるのをみて迷惑だって思ったか?かっこわりぃって思ったか?」
気に入らないというようににゃんこ先生は言う。
「思うわけないじゃない!」
にゃんこ先生の問いにマリは声を荒げる。
何を聞くのかと。
「じゃあ何で自分はダメなんだっぺ。」
にゃんこ先生は再びマリに問いをなげかけた。
佳那子とて、周りに迷惑をかけた。
うまく動けなかった。
マリと何が違うのかと。
「そ、それはっ!」
「あの時、私を救ってくれたのはマリさんでした。マリさんだって怖いはずなのに、私を守ろうとしてくれました。……私にはできない事です。私だって迷惑をかけました。できないこともたくさんあります。でも私を足手まといとは言わず、大切にしてくださいます。マリさんは凄いです。私の自慢の仲間なんです。みっともないだなんて言わないでください。」
佳那子は言う。
先ほどより力強く。力強く声をかける。




