127.何があったのか、聞きますよ
魔物を倒した後、マリがおかしくなった。
いきなり泣き出した。壊れた人形のように自分のことを話し、泣き続けた。
それを聞き、周りまでもが今にも泣きそうになってしまった。まともに物も考えられず、その場に立ち尽くしてしまっていた.
何が何だか意味が分からない。そんな混沌とした現実に直面していた。
そして、今。
マリは寝てしまっている。魁斗からの突然の術式をうけ、ビシャビシャになった状態で倒れ、眠ってしまった。異常はないように見えるが、大丈夫なのか。これはどういう状況なのか。どうしたら良いか分からない。
佳那子には聞きたいことは多くある。分からないことばかりだ。
とりあえずは魔物の事から聞こう。そう佳那子は考えた。
冷静であったならば、マリは大丈夫なのか、処置は必要でないのかを第一に聞いただろう。優先順位は緊急性、重要性の高いものが優位となるのだから。
あの魔物が何だったかはあまり重要とは言えないだろう。
佳那子はまだまだ混乱の渦中から抜け出せていないらしく、手当たり次第の質問をした。
「変態野郎の仕込んだもどきだね。」
佳那子の疑問に桜花は答える。
簡潔な返答である。
それがあの魔物の名前なのだろう。
「もどき?」
もどきとは何か。
佳那子は聞いたことがなかった。
頭をかしげ、桜花を見つめる。見つめることで説明を求める。
「お兄さん?」
佳那子は桜花に説明を求めたが、桜花はポンポンと魁斗の背を軽く叩きつつ、説明をするように促した。
「もどきってぇのはただのはったり野郎でぇ。いけすかねぇや。」
魁斗は桜花からは離れず、顔を上げないまま毒付いた。
魁斗はどんな魔物であるかをあの戦闘の途中で思い出していた。
思い出すことができた。
にも関わらず、体の震えがおさまらなかった。それが悔しくて悔しくてたまらなかった。
ゆえに毒づく。
「ん、正解。その特徴は?」
魁斗の悔しさを知ってか、桜花は優しく魁斗の頭を撫でていた。
が。
甘やかすだけにはせず、説明を促す。
「敵の威圧。これくらいしかできねぇ野郎でぇ。戦えやしないくせにはったりの威圧して相手を動けなくしやがる。人がビビって動けないうちに襲い掛かってくる卑怯な魔物でぇ。その上、体液に触れると負の感情が噴き出てきて思考力も奪われる。それは周りにも伝染するんでぇ。1人でも体液を被れば他にも影響を及ぼせる。弱いくせにたちがわりぃ。」
つまりは威圧という攻撃をする魔物であり、その体液は毒のようなものであるということか。そう佳那子は理解する。
マリが負の感情に呑まれ、思考ができなくなっていた。その感情が流れ込み、自分達もうまく考えられなくなっていたのは魔物の体液による影響らしい。
誰か1人でも体液に触れれば周りにも影響を及ぼせる毒となると確かにたちが悪い。
「そうだね?それで合っているよ?そのたちが悪いだけの雑魚に手間取っていたようだけど?君はそのもどきの対処法はわかるかな?」
ずっと様子を見守っていた教師陣。
そのうちの1人、わんこ先生がコテンッと頭を傾げつつ口を開いた。
背は低くはないが、痩せすぎず太りすぎずで、ひょろっとした印象を与える身体。お面を被っており、顔は分からないが、いわゆる草食系男子を思わす害のなさそうな印象の男。
その声もまた、優しい印象を与えるようなボイスである。悪く言えば頼りなさそう。よく言えば優しそう。ウサと違って変声機を使っていないため、無駄な不快感もない。
だが、言っていることは優しくない。不快に感じられてしまう。
それがわんこ先生であった。
断言しない喋り方をするが、その喋り方もまた、頼りなさがある。頼られたくないが故に、そんな話し方をしているのだろうが。
「…………………………クソがッ。威嚇に対しては気合いで吹き飛ばすしかねぇ。体液は洗い流せば効力を失う。」
わんこ先生の問いに魁斗はたっぷり間を明け、舌打ちしたのちに、真面目に答えることとした。
話の始まりが桜花でなければ無視していただろう。返事をする気にもならなかっただろう。
「そうだね?合っているよ?そんな大したことのない魔物相手に手間取っていたら現実だったら他の魔物に囲まれたりしちゃうからね?簡単に死んじゃうから注意してね?にしても?答えるのに間が合ったね?志貴さんの質問にはすぐに答えたのにね?」
魁斗の回答を受け、わんこ先生は皆に注意喚起をする。それは実に教師らしいコメントとも言えた。
あの魔物は満身創痍で、何とか倒せるような相手ではないのだと。さっさと倒さねば他の魔物に囲まれていたかもしれない。
教師らしく注意しつつ、返事に間があった事を突く。そこを聞く必要はないだろうに、自分と桜花との対応の差を突く。そのいらぬ一言に性格の悪さが伺える。
わんこ先生の問いかけに対し、魁斗は今度こそ返答をしなかった。黙りこくって桜花にしがみつく。拗ねた幼子のようだ。
「わんこ先生も嫌われてるねぇ。」
何も言わずに黙った魁斗の頭を撫でつつ、桜花はじとーっとわんこ先生を睨むように見ていた。
あまり魁斗達をいじめるな。そう視線が訴えかけていた。
「はっはっは?」
わんこ先生は睨まれても一切気にした様子はない。
面白げに桜花や魁斗を見ては笑い声を上げてある。その笑い声すら疑問系にしてしまっているが、面白がっているのは明白だ。
「さっき、マリさんが泣き出したのも、私たちが動けなくなったのも・・・?」
佳那子はわんこ先生を気にする余裕はなく、桜花に話の続きを求めた。
目にはうっすら涙が浮かんでいる様がいかに余裕がないかがうかがえる。
「魔物の影響だね。あれは鬼もどき。実際にあれに似た鬼という強い魔物もいる。もどき自体は虎の皮をかぶった狐みたいな魔物で威圧と思考力を奪う体液が特徴。それ以外は特記すべき事項はない、ほんとに雑魚なんだよね。ゴブリンより弱い。あ、実際の鬼に出会ったら逃げなよ?角とか武器の材料に重宝されるから、それ採って即離脱!!!!」
確認のために佳那子が聞けば、今度は桜花が説明してくれる。
他の魔物の情報も交えて。
軽いノリで桜花は話す。
「いやいや?志貴さん?危ないことを教えたらダメだよ?鬼なんて見つけたら何が何でも逃げなきゃ?鬼の姿を見る前に痕跡で鬼より先に近くにいることを察知して逃げるべきじゃないかな?鬼の姿を見ちゃった日にはこの子たちは死ぬよ?」
「あほんだら!!!!命あっての物種だべ!!!!んなもん求めて死んでたら意味ねえっぺよ!!!」
桜花の説明に意を唱えるものがいた。
わんこ先生ににゃんこ先生の2人。
2人の様子から鬼というのはよほど危険な魔物らしい。
先ほどまで面白がっていたわんこ先生の反応が一変したとこを見ると、よほどだ。そんな魔物の話を軽いノリで桜花は話してみせた。
「ははは。こんな風に言われる魔物だから出会わないように注意しなね?気配読むだけじゃなくて、よくよく周りを観察して何がいたか察知できるようすると良いよー。出会ったら死ぬ系な魔物って少ない訳じゃないからね。」
2人から言われてもなお、桜花は軽いノリで話すから、凄い魔物であるようには感じられない。しかし、鬼というのは凄い魔物らしい。
「木についた爪痕とか、地面の足跡とか。いろんなもんを見る力をつけるっぺ。おめぇら、建物の中でも観察不足だ。もっと注意して周りを見ろ。痕跡があったはずだべ。」
「森を歩く際にチビ様がよく犬のようにクンカクンカされていましたでしょう?あたりだって常に警戒されていたはずです。魔物が残した痕跡を確認していらしたんですよ?そうしなくても察知できるチビ様でさえ、そこまで用心なさっているんです。気をつけましょうね?」
桜花の軽いノリを先生達はしっかりと注意に変えていく。
大変な目にあった後だと言うのに甘やかしてくれないとは中々に厳しいのではないだろうか。自分達のためとはいえ、佳那子としては耳が痛い。
へらぁと笑っている樹里に無表情のツバサ、桜花に抱きつきっぱなしの魁斗は先生達からのお小言をちゃんと聞いているか分からない。聞き流しているようにも見える。
佳那子だけが、ゔっと気まずそうに視線を彷徨わせていた。
心当たりがあるらしい。
「桜花ちゃんなら鬼を倒せるのかい?」
先生方の言葉に一切反応を示さないまま、魁斗は聞きたい事を聞いた。
桜花にさえ、逃げろと言われる相手。満場一致で出会うべきでないとされる魔物。
そんな魔物に魁斗は興味があった。
「私?鬼レベルの魔物は師匠たちがそばにいない限りは戦うなって言われているからなぁ。勝てない時に対処出来る奴がいなきゃ戦っちゃダメだってさぁ〜。」
ダメだってさぁとつまらなさそうに言う桜花。
その姿は真面目に遵守していそうな印象はない。幼な子が拗ねているかのような様子だ。
見つけたら戦いにいってしまいそうに感じられる。そもそもが師匠の言う事を忠実に守るのだろうか。そういうキャラであるようにも思えないのだが。
「素直に従うのかぃ、桜花ちゃんが?」
ついつい魁斗は顔を上げ、桜花の顔を見つめてしまう。
はたして、素直に従うのかと。




