102.1周年記念ですよ②
チビは毛を逆立たせ、牙を露わにし、ウサへ威嚇をしていた。獰猛な肉食獣との対峙。肉食獣の本気の威圧。
場の空気はチビが動いたことによりさらに切迫したものへと変化していた。
「…………これは、どういう状況かな?」
緊迫した状況を打ち破ったのは、意外にも間の抜けた声であった。
状況にそぐわないその声に皆の視線が集中する。
のんび〜りとした、緊張のかけらもない声。
それを出したのはチビの主人、桜花であった。いや、この状況で緊張感もなく、場の空気も読まずに発言出来る者など桜花くらいしかいないか。
「これはこれは志貴様。やっと私を見てくださいましたね。私と志貴様との海より深くダイヤより硬い絆に喜藤様がやきもちを妬いてしまわれたのでございます。いやはや、チビ様が喜藤様の味方についてしまわれるとは、このウサも喜藤様にやきもちを妬いてしまいますね。」
桜花ににこやかに対応するウサに先程までの殺気はない。
いつも通りのウサがいた。
先程まで握られていたムチすらなくなっていた。いつの間にやら片付けたらしい。
つまりは皆、ウサにからかわれただけということか。それはそれは腹立たしい。
「やきもち、だぁ?」
ウサに対して警戒しつつも、苛立ちを隠さず、魁斗は唸るように言った。怒りを最大限に込められた低い声。
鋭い眼光で射抜かんばかりにウサを睨みつけている。
近付き難いイケメンがそこにいた。
そんな魁斗の横に桜花は何の躊躇いも警戒もなく近づくと、ポンポンと肩を叩く。
「はいはい。お兄さん、変態の挑発に乗らないの。」
優しくなだめる。状況はわからないが、とりあえず場の収集にあたった。
ウサに言われたならば。
迷いなく武器を振り上げる。無茶とわかっていても攻撃する。
だが。
今。話しているのは桜花だ。ゆえに魁斗の勢いは削がれてしまう。
気に入らない。気に入らないが、桜花が困ったように苦笑いを浮かべつつ、自身を見つめていると、黙らざるを得ない。
気に入らないが。今すぐにでもウサに襲いかかりたいが我慢する他ない。
「でも、桜花。アイツ、私の志貴様って繰り返してて、気持ち悪い。魁斗がのした方がスッキリする。」
魁斗が無言で気に入らないと態度に示すのに対し、ツバサはハッキリと口にした。
ツバサは普段からあまり表情豊かではないのに、珍しく眉をキュッと寄せ、不満を前面に出している。
「ツバサも落ち着いて。」
「むぅ…私の志貴様とか志貴様との絆がとか言いまくる気持ち悪いおっさん撲滅…っ!!」
苦笑する桜花の腕を両手で掴み、ツバサは訴えかける。桜花には危機感が足りない、と。アイツはもっと警戒すべきだと。
そんなツバサを見て、悶える変態がいた。ヤバイ変態がいた。目を合わせてはいけない系の奴がいた。近くにいたならば、誰も目を合わせないだろう。こら、見ちゃいけませんって言われる不審者。
それは無情にも皆が知らない男ではなく、桜花達のよく知る男であった。いや、まぁ、変態野郎こと、ウサであるわけだが。
「お、おっさん…私、おっさんと言われた衝撃に身が震える思いにございます。」
カタカタカタカタと震えつつ、片手で口元を覆い、何かを噛み締めるかのようにつぶやくウサ。
悲しくて悲しくてたまらない。
と、見えればよかったのだが、隠せないくらいに嬉しそうな雰囲気が溢れている。
ハッキリと言って、気色悪い光景がそこにあった。
「…………嬉しそうですねぇ。」
みんながドン引きし言葉を失っている。というか、関わりたくないと言う雰囲気を出していた。そんな中、桜花はドン引きするではなく呆れたようにつぶやいた。
そんな反応にカッと目を見開き、桜花に迫ったのはマリだった。
「桜花!反応がおかしいわよ!ここは殴るべきだわ!」
拳を握りしめ、その手に自身の有心武器を身につけているマリは高らかに言い放つ。
マリが殴れば、非戦闘員ならば命が危ないだろう。並の非戦闘員ならば、だが。ウサならば避けるなり何なりするから、マリが本気で殴っても大丈夫なのだろうが、マリもマリでなんとも血の気の多い発言をする。
学生という身分にいて、かつ、女の子と生まれてしまった以上、おしとやかにいなければといつかは感じたはず。感じていても、何らおかしくない。
だというのに、マリは殴るべきと言い切った。迷わず言った。
誰かが女の子なんだから、おしとやかにありなさいと叱りたくなる場面だ。
だが、その発言を否定する者はその場にはいなかった。誰もマリの意見に異を唱えることはなかった。
「志貴様?志貴様は何か勘違いされておりませんか?私、被虐趣味はございませんよ?」
殴られる対象はマリの言葉にはリアクションをせず、のんびりと桜花に話しかけている。
それに眉を潜め、警戒を露わにしてマリはウサを睨みつけるように見た。桜花を近づけないように庇うようにマリは立っている。
つまりは。
桜花は魁斗とマリに庇われるようにして存在しているわけだ。
きゃ。
お姫様みたいだわね。きゃっ!
「……それは初耳ですが、それはそれとして。みんなを挑発して遊ぶのは趣味がいいとは言えませんが?」
マリの姿を面白いと言わんばかりに見ているウサに桜花はため息をついた。
ウサの挑発にまんまと乗ってしまっている仲間達に視線をやりつつ、半眼になってウサを見る。
あまりからかって遊ぶなと目が言っていた。
「ふふふふふ。人聞きが悪い。志貴様と私には特別な縁があるということは本当の事ではございませんか。」
桜花にため息をつかれてもなお、ウサは面白げに笑みを浮かべ、笑い声を響かせていた。
反省の色はない。
これはこれからも繰り返す気満々だろう。
「まったく…そんなことばかり言うからみんなに警戒されるんですよ。」
「桜花。あんなに気持ち悪いセクハラ親父を放置、だめ。だから、調子に乗るの。とりあえず、マリに殴ってもらお?」
警戒心ゼロの桜花の腕を両手で掴み、上目遣いで桜花を見つめるツバサ。
ちゃんと対応しなきゃダメだと訴えかける。
おねだりするかのような様子で、殴る許可を得ようとする。マリに殴らせようとしている。
「調子にって…。」
ツバサの訴えにガチンと拳と拳を合わせ、今にでも殴れると拳を準備するマリ。いつでも殴れるように構え、うさを見ている。
そんな彼らに桜花は困ったように笑っていた。ウサへの攻撃は強く止める気はないようだが、推奨もしないようだ。
「ふふふ。志貴様は仲間に寛容でございますから。」
「仲間?」
血を這うような声。ヘドロでも見るかのような視線。普段はあまり仕事をしない表情筋だというのに今は最大限に仕事をしている。
大嫌いで大嫌いでたまらないクソ上司を睨みつけるかのような表情。口には出さないが、表情には軽蔑が隠し切れてーーーいや、ツバサは口にも出しているか。
ウサはわざとであるのか、いや、確実にわざとなんだろうが、ツバサにとって言われたくない言葉を的確にツバサに投げかけていた。
「いやはや、そのような顔をせずとも良いではありませんか。私と志貴様はもちろん、坂崎様とも私は仲間でございますよ?」
道に落ちるゴミを見る目の方がまだマシだろうにっていうような視線を向けられても、ウサは動じずに楽しそうに話す。
それはそれは。おちょくっているかのような口調で。いや、確実におちょくっている。この状況を楽しんでいるに違いない。
「嫌。」
「気持ち悪いわッ!」
一も二もなくツバサは拒否し、マリは叫んだ。
2人とも予想を裏切らない反応である。
全力でウサを拒否していた。まぁ、そうなるよね。
「ななッ!なんとっ!志貴様ッ!あぁ、私の志貴様!坂崎様が!御崎様が!!お二方が反抗期にございます!!」
予想通りの反応だというのに、この世の終わりを告げられたかのような衝撃がそこにあった。
いつも通りのまり達の反応だというのに、実にやかましい。周りの反応はやはり、冷たいものであった。
これまた、日常であるのだった。




