最初の一歩
「七々夏さま、眠れないんですけど、何か方法はありますか……」
「焼酎ロックきめる?」
右のモニターに演劇、センターモニターに美容番組、右手に焼酎ロックを持った七々夏が振り向いた。
どんなに遅くまで作業してても、朝6時にカキンと起きる七々夏を頼ってみたが、聞いた俺がバカだった。
とりあえず部屋に戻って布団に入ったけど、とにかく眠れない。
明日はつばさと約束した「デート」の日なのだ。
「くああああ!!」
俺はデートという言葉に布団の中で虫のように丸くなった。
つばさが「俺と女の子の服装で出かけるのを、考えてみたけどイヤではない事件」から二週間、俺は学校でこっそりつばさにリサーチしたり、凛ねえに聞いたりして、なんとか行く場所を決めた。でも明日となると、もう恐ろしいほど興奮して眠れないのだった。
今24時。俺はたっぷり寝たいタイプで8時に起きるならもう寝たい。
というか、いつも寝ている時間だ。でも今日は全然眠くないのだ。
その瞬間スマホに通知がきて、俺はすぐに見た。ひょっとしてつばさが体調不良になったとか?!
「明日デートなの?」
「ぎゃああああ」
美登利ちゃんだった。俺は悲鳴をあげて飛び起きた。
「なんで?」
と震える手で入力したら
「なんかつばさが二時間くらい服を引っ掻き回してるから」
と入って、さらに悶絶した。俺と出かけるために二時間も服を選んでくれてるなんて……! 顔が熱くて布団に倒れこんだ。
……もう寝られないわ、これ。
俺はスマホのアラームを20回セットした。そして部屋の入り口に巨大な音でなる目覚ましをかけて、あげく凛ねえにラインした。絶対に起こしてくれ!
「8時だけど?」
「はい! はいはい!!」
俺は飛び起きた。いつの間にか眠っていたようで、寝る直前までイジっていたスマホの充電が50%切っている。即充電!!
凛ねえは起きてバタバタし始めた俺を部屋の入口で見て
「髪の毛……直すの無理そうだから、シャワー浴びたほうが早いかも」
と言った。え? そんなにすごい? 触ってみたら何かふわふわしてる。
一階におりて確認したら、前髪全部たってた。まるで初日の出。シャワー浴びようとしたら母さんが入ってた。
「ちょっと! 早くしてくれ!」
俺は風呂の前で叫ぶが、母さんは鼻歌を歌っていて気が付かない所か「次は私だからね」と七々夏が歯を磨きながら現れた。今世界で一番シャワー浴びたいのは、絶対に俺だと思うんだけど! 面倒になって洗面所で頭から水を被った。うん、これで直る!
「行ってきます!」
「晩御飯はいるのー?」
玄関の俺に母さんが話しかけてきた。俺は
「食べる!」
と答えながら家を出た。今日は朝10時に駅で待ち合わせして、夕方には解散予定だ。
昼すぎに集まって夕飯……とかは、男同士……いや正確には、俺は男だけどつばさは女なんだけど……男同士の服装をしてる時は、そうだった。
でも「ちゃんとはじめて一緒に出掛ける」なら午前中からって思ったんだ。
デ……デートだし!!
自転車に乗る前にラインをチェック。連絡入ってない。OK。
いつも着信音はオフにしてるけど、今日はONにして自転車に跨った。
今日は学校&家から遠い場所に出かけるので、いつも行かない路線駅まで行く。
だって二人で初めて出かけるんだ、つばさもいつもと服装が違うはずだし、学校の奴らに見つかりたくない! だからこそ出かける場所もすごく悩んだ。
自転車で走っている最中にポン……とラインが入った。自転車をギャギャギャと止めて隅に寄る。画面を確認すると通知欄にあるのは、つばさで「今でた」って。速攻既読にして「俺も!」と送った。
「うおおおお……!」
正直めっちゃ寝不足だけど、アドレナリンで何も感じないレベルまで来てる!!
大きな駅のカモシカ銅像に待ち合わせだ。
スマホを確認すると、5分前。朝バタバタしてたから予定の次の電車になったけど、間に合った。
まだつばさは居ない……?
「はあ……」
心臓がバクバクして息が苦しい。とりあえず自転車で爆走しちゃったから髪型確認したい、鏡……と思って鞄を肩にかけたけど、今日の鞄『俺の』だわ。つまり気の利いたものは何も入ってない。 気合を入れすぎて新しい鞄を買ったので、なおさら空っぽだ!
ん?
俺は鞄をゴソゴソして気が付いた。
なんか持ってきた覚えがないポーチが入ってる。ビールメーカーのポーチ……これは七々夏だろう。
開いてみたら中に鏡とティッシュとハンカチと絆創膏。
「気がきくな、七々夏!」
鏡を取り出したら、間から何かが落ちた……うすうす一ミリ……コンドームだ!!
「?!?!?!」
俺は慌ててそれを鏡に挟んでポーチにねじ込んだ。
背中を冷たい汗が流れていく。絶対七々夏だろ……! ふざけんな!!
俺は抗議のラインをしようとスマホを取り出して、メッセージを書き始めたら、通知が入った。つばさだ。
『どこ?』
どこって、待ち合わせ場所にいる……! と俺は柱から出た。
すると柱の反対側にいたつばさが出てきた。
そして俺の前でふわりと振り向いた。
その服装はいつも通りのズボンにシャツなんだけど、前髪をパッチン止めで斜めに止めていた。
「っ……?!」
俺はガクッ……と後ろに下がってしまう。
「!!」
そんな俺を見て、つばさは前髪のパッチン止めを反射的に外した。
「いやいやいや、違う……!!」
俺は思わず叫んだ。つばさは俺のほうをグッ……と見て、まだ掌にあるパッチン止めをも一度止めた。
「……っ……お、はよう」
俺はなんとかそう言ったが、つばさは唇をグッっと噛んで、再び柱の方にスッと隠れた。なんで?! 俺は回り込んで追った。つばさは前髪を止めているパッチン止めに触れながら
「……服を、色々考えたけど、やっぱ無理で、色々考えた結果、付けてみたけど……めっちゃ恥ずかしい……」
俺はつばさの目の前にガッ……と立った。
「恥ずかしいなら、俺が壁になろうか?」
「は?!」
つばさが顔を上げた。
すると目の前にぱっちん止めしたつばさの顔があって、俺は顔をそらした。つばさは
「恥ずかしいって、これをしてる所を春馬に見せるのが恥ずかしいんだけど! 他の奴らはどうでもい良いよ!」
俺は完全に勘違いしていた。パッチン止めをして外に出てきたのが恥ずかしいのかと思った!
「ごめん、いや、うん……それ……良い感じだと思うけど……」
俺は素直に言った。目の前でつばさの肩が小刻みに揺れて笑い始めた。
「やっぱ春馬は面白い。アホらしくなった。行こうぜ」
つばさは俺の手をツイと握って歩き始めた。
「?!」
つばさから握ってくれるなんて……!
俺は思わず握り返した。つばさの冷たい手、その指先。
つばさも軽く握り返してくれる。ああくそ、心臓が痛い!




