未来のために
「あれ?」
今日は土曜日で、美桜ちゃんがバイトの日だから来たのに。俺がキョロキョロしているのに気が付いたのか、凛ねえが
「美桜ちゃんならリボンのほうに行ってるわ。夕方にこっちに来る予定」
と教えてくれた。
「なるほど」
ケーキ屋さんのほうか。
「今日は朝から行ってるわ。生地から勉強したいって、がんばってるみたい」
うちでオリジナルケーキ出せるようになるのも時間の問題かしら~。凛ねえは嬉しそうに言った。
頑張るのは素晴らしいけど、夜はゲームのチーム練習、朝も早くから修行に行って夕方から喫茶店にきて、また夜ゲームするのかな。そして平日は普通に学校……忙しすぎないか?
夕方、汗をかきながら美桜ちゃんが喫茶店に入ってきた。
「遅くなりました!」
「大丈夫なの? 今日はお休みでも良かったのに」
そう言いながらも凛ねえは美桜ちゃんに出来立てのナポリタンを渡した。
お待たせしましたー! 美桜ちゃんはそれをお客さんの元に運んだ。お、今日は美桜ちゃんいるんだね! 常連さんが笑いながらそれを受け取った。
この店に美桜ちゃんのファンも多くて、目当てに毎週くる人もいる。
「はい、大丈夫ですよ。キノコパスタ2つ!」
凛ねえが出前を受けている。えー、今日わりと忙しいのに出前受けるの? と思ったら常連の足が悪いおばあちゃんだった。これは断れない。美桜ちゃんが行こうとしたので、それを制して俺が行くことにした。
基本的にランスは出前をしていないが、知り合い限定で受け付けている。
今日注文してきたおばあちゃんも、おばあちゃんの代からの常連さんで、足が悪い。状態がいい時は店に来てくれて、それが生存確認に繋がる所もある。逆に俺が子供の頃は喫茶店が忙しい時は遊んでもらったり、お菓子食べさせてもらったり、悪さしてもかくまってもらったり……そういう所が商店街の良い所だと俺は思う。
「おばあちゃーん、足痛むの? 大丈夫―?」
俺はパスタ片手に家に入っていく。当然鍵はかかってない。
「春馬か。いつ見てもその服装面白いな、パスタありがとうね」
おばあちゃんは俺の女装を軽く笑って、パスタを受け取った。代金は月でまとめて貰うので軽く食堂のようだ。気温差で足が痛むんやーとか、いう事とか、新しい花を植えたとか最近の報告を聞いて、俺は元気なことを確認した。これだけ機関銃のように話せれば問題ないだろう。
「おばあちゃーん、ケーキ持ってきたよー!」
「ほーい、持ってきてー」
そこにヒョコリと女の子が顔を出した。ポニーテールに髪の毛を縛った女の子……一人と思ったら、そっくりな子が二人。双子だ。
「わざわざありがとうね、どうしても食べたくて」
おばあちゃんはケーキを受け取った。帰る途中だから…とポニーテールの子が言う。そしてもう一人のツインテールの子が俺の方を見て
「あ、ランスさんの人だぁ。美桜ちゃんにヤッホーって言っといて」
と手をフリフリしながら言った。ヤッホー……?
「あ、ほんとだ、このメイド服そうだね」
ポニーテールの子は、莉々(りり)と名乗り、美桜ちゃんがバイトに来てるケーキ屋で働いてるのだと言った。なるほど、この超美味しそうなケーキはリボンさんのケーキか。
リボンさんは商店街で一番……というか、ここ数駅の中で一番有名なケーキ屋さんだ。
パティシエの人も賞を沢山取ってるし、何より旨い。
「ねえねえ、美桜ちゃんって、どこの学校か知ってるぅ?」
ツインテールの野乃ちゃんは俺に聞いてきた。いや、知ってるけど言えないな……とは言わず
「個人的なことは聞かないようにしてる」
と答えた。二人はそっかー、うちらが聞いても答えてくれないからランスの人なら知ってるかなーと思ったんだよねーと二人は動きをシンクロさせて言う。なぜそんなことを知りたいのか何となく聞いたら
「美桜ちゃん、製菓の才能あるから、甲子園出ればいいのにーって」
野乃ちゃんは言った。甲子園? 製菓に甲子園なんてあるの?
聞くと本当に存在していて、三人一組で出場するらしい。今年二人は友達と組んで出るらしく、美桜ちゃんも出たらーって言ったんだけど、笑って誤魔化されちゃったと言っていた。
そりゃ男子校に製菓に興味があるヤツは少ないだろうな。
美桜ちゃんも興味があるみたいだし、うちよりリボンさんに行って勉強したほうが……と思うが、喫茶店で会えなくなるのは淋しいなあと思った。
次の日の日曜日は、ついにゲームの大会だった。
さすがに美桜ちゃんはケーキ屋も喫茶店のバイトも入らず、朝から練習しているようだ。
紗季子のツイッターもただただ「勝つ」しか言わなくなってきて、完全にエンタメユーチューバーっていうより、スポーツマンだ。でもなぜかフォロワーは右肩上がりで、結果オーライなのかも知れない。
大会が始まり、俺はレッキさんのところで見ることにした。そして心底驚いたんだけど、紗季子はめっちゃ上手くなってた。本当に身内の贔屓なしで。というか、練習を繰り返し、それを客観的に分析されることで、自らのポジションを理解できたのだろう、勝てない武器に立ち向かわず、できることを最大限にして、ミスをなくす動きをしていた。
「まさに野球だけどな」
俺は思った。
こうなったらNEWハイパーウイングに敵はいない。
相手の1つのミスを美桜ちゃんが潰し、レッキさんが的確にそのチャンスを広げ、それに紗季子が続いた。そして変化した戦況を瞬時に理解してゆっきーが指示を出して、準決勝まで上り詰めた。
決勝の相手はスポンサー付きのプロチームだった。
観客数も4万を超えて、これだけの人数がこのゲームの大会を見てるのかと思ったら背筋がぞくりとした。
だって神宮球場だって収容人数は3万7千なんだ。
神宮球場を満席にした以上の人たちが、今この画面を見つめてる。
相手のチームは世界大会にも出たことあるチームで、俺も名前を知ってるプレイヤーが二人いた。信じられないようなトリッキーな動きをするモッチー君と、恐ろしいほど的確に抜いてくるスナイパー、キャラメルさん。
そのチームとカウントを奪い合い、絶対にデスできない所で、レッキさんがデスした。
デスさせたのは、モッチー君だ。絶対絶命のピンチ。高台から狙いすませて飛び降りてきたのは紗季子だった。そしてモッチーくんをデスさせた。
その瞬間、ゲーム配信画面に信じられない速度で文字が流れた。何も見えない!
すぐにレッキさんが復帰できるように移動したその瞬間に、キャラメルさんに抜かれて紗季子がデス、でもそれを分かっていたゆっきーがキャメルさんをデスさせた。
熱すぎる勝負を繰り返して、結局1カウント差でNEWハイパーウイングは負けてしまった。
準優勝。恐ろしく落ち込んでいたのはレッキさんだったが、モッチーくんをデスさせた動きが評価されて、健闘賞は紗季子だった。紗季子はインタビューで
「一ミリの後悔もないほど努力した結果なので満足してます」と答えた。
それはまさに野球していたあの頃と同じような力強さで。
「……マジすげぇな……」
俺はモニターの前で拍手した。ゲームの大会がこんなに熱いとは知らなかった。
「よし、ちょっくら行くから付き合って」
次の日、俺がコロッケ屋でバイトしてると、紗季子が来た。
「お前すごかったじゃん。めっちゃ強かったよ」
俺が褒めてるのに、紗季子はおばちゃんに「春馬借りますー」と俺を店から引きずり出して、俺の方を見ようともしない。
「どれだけ練習したの? 俺とした時とは別人だったじゃん」
何度も話しかけるが、紗季子は無言で俺の前を歩いていく。何の用事なんだ?
でも歩いてるうちに理解した。こっちは……瀬戸の実家のスポーツ用品店がある方向だ。やっと聞きに行く気になったか。ズンズン歩いていたが、急に止まった。そして「はああ……」とため息をついている。でも数秒後に「行く!」とズンズン進み、また「はぁぁ……」とため息をつく。情緒不安定すぎる。
俺が呆れた表情をしていたことに気が付いたのか
「久しぶりすぎて緊張する!」
と俺のほうを見て叫んだ。でも店は道路挟んで目の前だ。紗季子はササッと電柱に隠れてズルズル座り込んだ。
「ケガ酷いのかな……あの子彼女かな……」
「ラインすれば?」
「既読になるまでに死ぬわ!!」
紗季子は叫んだ。まあうん、わからんことはない。でももう終わりだ、紗季子。
「よう。何してんの?」
道路向こう、店の中から瀬戸が出てきた。促されて、俺たちは久しぶりに店に入った。懐かしい……。小学校低学年、野球をしてた時はよく来た。入り口に並んでる靴も、小学校指定の体操服も、すべてが懐かしい。俺も連絡は取ってたけど、店にくるのは久しぶりだった。すっかりリラックスしてる俺の横、紗季子は椅子に座ったまま動かない。
瀬戸は店内の奥に入って冷蔵庫から缶のお茶を取り出して俺たちに投げつけて
「昨日めっちゃ頑張ってるの、見た」
と紗季子に言った。紗季子は「?」という表情をしたが、一瞬で理解して俺を睨んだ。
そりゃ幼馴染の活躍は親友に教えないと? 当然俺は即日試合の日付を教えていた。
「でも、負けちゃった、し」
紗季子が言うと瀬戸は「いや」と静かに首をふり「めっちゃ熱かった。俺もリハビリやる気になった、うん、折れてる場合じゃない。うん」
瀬戸は肘に触れた。その言葉で心の余裕ができたのか、紗季子は心配そうに肘を見て
「大丈夫なの? 秋に間に合うの?」
と聞いた。瀬戸は一気にお茶を飲み「絶対に間に合わせる」と力強く言った。
俺も紗季子も同時に静かに息を吐いた。信じるしかない。
ここまで頑張ったんだから、これは俺が聞いてやるよ。
「この前コロッケ屋に来てた女の子は彼女?」
横で紗季子がビクッとする。
「あれはマネージャー。だって俺の彼女は紗季子だろ」
と瀬戸は普通に言った。
その瞬間紗季子は「はあああ?!」と叫んでガターンと立ち上がってお茶をひっくり返した。瀬戸は缶を拾って
「違うの?」
と聞いた。紗季子は「ち、ち……ち……」と言葉を探す。
「違うのか」
と瀬戸は言った。
「違わない!!」
紗季子が叫んで
「そうか、違うか」「違わない!」と二人が茶番を始めたので、俺は店を出た。ちなみにこの会話、小学校高学年からずっとしてる。お腹いっぱい。
でも……俺は店の外からチラリと中を見る。
店内にさっき二つ見えていた影が一つに重なってるように見える。
何かが変わったのなら最高だけど、付き合ったとしてもあいつ等は永遠にあの調子だ。
数日後のランス閉店後、美桜ちゃんは決意に満ちた表情で俺に言った。
「ランスに戻ってくるために、ランスでケーキを作りたいから、勉強に行ってきます」
それは喫茶店に入るのは最低限にして、ケーキ屋さんに行く決意だった。凛ねえの方をみると静かに頷かれた。決定事項なのか……。それが一番良いと分かるけど、淋しい。
美桜ちゃんは続けた。
「私も、一ミリの後悔もないほど、努力してみたいと思って」
それはまさにゲームの大会で健闘賞を貰った紗季子が言っていた言葉だった。そして続けた。
「勝手なんですけど……お願いだからこの店に戻らせてください。ここは私のもうひとつの家なんです」
その強い瞳を見て、俺は決めた。ここで笑顔で送り出せなくて、どうする。
「待ってる」
俺は静かにほほ笑んだ。
そして美桜ちゃんがリボンで作ったというケーキを一口食べた。それはとても甘くて、少しだけ大人の味がした。
俺も決めた。俺も絵は続けよう。そして栄養士なり経営学なり勉強しよう。美桜ちゃんが戻る場所のために。




