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20/53

初めての

「小学生女子の欲しい物、ですか」

「私ね、仲良くしてる小学一年生の女の子がいて、その子が来月誕生日なの」


 閉店して椅子を机の上にあげ終わった凛ねえはエプロンを脱ぎながら言った。

 美桜ちゃんは手を洗いながら

「たしかに小学生になると、少し好みが変わるかもしれませんね」

 と頷いた。

「美桜ちゃんは美登利ちゃんと一緒にいるから、今の流行りとか分かるかなーと思って」

 凛ねえはスマホ画面を見ながらため息をつき

「時代が変わりすぎて、何を買えばいいのかもわからないわ」

 と苦笑した。結局俺も一緒に買い物に行くことになった。


「凛ねえさま、さすがですね」

「何が」

 

 家で七々夏にメイクしてもらいながら、俺は凛ねえを褒めたたえた。

 先日小清水先生と亜稀ちゃんに会ったのは美桜ちゃんじゃなくて田上だ。

 でも美桜ちゃんに亜稀ちゃんの事を話せばズレはなくなって、俺が間違って美桜ちゃんに亜稀ちゃんの話をふってしまうことはない。

「本当に私が困ってただけ。あんたのためにそんなことするはずがない」

 凛ねえは自分の利益に真っすぐだ。そういう時は迷いないのに、どうして叶いそうもない恋に10年間も費やしてしまうんだろう。凛ねえほどの理性があったら、小清水先生の想いなんて理解してるだろうに……。

 そんな事を俺が考えてる間にメイクはサクサク進んで七々夏は俺に口紅をさしおえた。

「はーい、今日はシンプルにまとめてみました。このワンピ私には大きいけど春馬にはいいかな~と思ったの。ハイウエストでスカートのラインが胸下から出てるから身体が細く見える」

「七々夏さま、ありがとうございます、冷蔵庫にモモゾフのプリンが入っています」

 ないすぅ~と言いながら七々夏は消えていった。自分の服=俺が着られる服になるのも時間の問題だ。


「こんにちは!」

 待ち合わせ場所にいくと、もう美桜ちゃんは待っていた。

 外で待ち合わせるのは二回目。今日のチェック柄のワンピースですごく可愛い。

「まずはお昼行こうか。誘ったのは私だから何でもいいわよ」

 凛ねえはシンプルなシャツに余裕があるパンツ姿で、完全にOLさんだ。喫茶店の店長になる前は普通にOLとして働いていたし、正直そのほうが出会いもあって楽しそうだったけど、なんど他の人と付き合っても小清水先生に戻ってるんだよなー。全く分からない。

「あ、じゃあ、私フルポテ食べたいです」

 美桜ちゃんが手を掴んだ形にしてフリフリした。

「フルポテわかる。たまに食べたくなる」

 俺は大きく頷いた。ポテトがある店は沢山あるけど、フルポテがある店は実は少ない。

あの魔物みたいな粉がたまに摂取したくなる。凛ねえはなにそれ? まあいいわ、と歩き始めた。

 俺と美桜ちゃんはBIGサイズを頼んで袋を二つ投入して袋ごとフリフリ。そしてしなしなになったポテトを四本まとめて掴んで口に入れて

「うまーい……」

 と楽しんだ。美桜ちゃんも俺もバター醤油。分かる。これが一番おいしいよね~と味わった。毎日食べたいわけじゃないけど、食べたいと思った時に絶対食べたい……それがフルポテ。

 凛ねえは「おごる」と言ったのにファーストフードに連れてこられると思って無かったようで困惑していたけど、エビバーガーとコーヒーを頼んで、キャッキャと言いながら食べている俺たちを見ていた。そしてポツリとつぶやいた。

「……やっぱり、こういう店が好きなのね」

「ふぉえ?」 

 俺と美桜ちゃんはポテトの粉がついた指を舐めながら聞いた。

「亜稀ちゃんに聞いても『なんでもいい』っていうから、わりとじゅんさんに任せちゃってたけどラーメンばっかりで! どういうお店がいいのかなーってずっと悩んでたの」

 淳さん!!

 へええ~~、小清水先生の名前って淳って言うんだ。淳って呼んでるんだ、ほえーん。俺はずっと結婚もしないで凛ねえをたぶらかしている小清水先生が正直好きではないので、目を細めて心の中で睨んだ。

「フルポテのある店はわりと少なくて。なんかたまに食べたくなるんですよ。美登利もBIGを食べますよ。原宿でしか売ってないクルクルポテトも食べにいきました」

 美桜ちゃんは指をくるくるっと回しながら説明した。

 なにそれ。凛ねえはスマホですぐに調べ始めた。

 原宿な。もう10年以上いって無いけど、江崎が食べ歩きの撮影? とかに行って「今の原宿はデズニーランドみたいなもんだ……わけわかんねえ」と言いながらピコピコ空気を送ると動く耳を買ってきていた。染まってるじゃねーか。それを美桜ちゃんに言ったら

「あー! 動く耳! あれ韓国のアイドルがハマってインスタアップしてから広がったんですよね」

 と頭の上に両手を持って行って、うさぎのようにピコピコ動かした。

 くっ……かわいい。凛ねえは

「ダメだ……何も知らないのね、私……」

 と自信喪失していた。いや身近に子供がいないと今どきの事情なんてわからないだろう。俺だって今も原宿に人がいるなんて信じられないし。

「本当のお母さんだったら、何でも言ってくれたかもしれないけど、やっぱり遠慮してるのかな」

 凛ねえは苦笑した。


 亜稀ちゃんの母親だった人は、凛ねえの親友だった。

 同級生でずっと小清水先生が好きで、結婚して子供を産んだのは親友の麻衣子さんだった。凛ねえは麻衣子さんよりずっと前から小清水先生を好きだったけどね。恋愛は順番じゃない。麻衣子さんは数年前に病気で亡くなって、それ以降ずっと凛ねえが亜稀ちゃん&小清水先生のところに押しかけ女房してる。

 正直、麻衣子さんと凛ねえは北と南、油と水、赤と青ってくらい真逆の人間で小清水先生が凛ねえを好きになる確率は少ないと個人的には思ってるし、なにより学校の先生は帰りがかなり遅い。だから小清水先生に鍵を貰って亜稀ちゃんのために家でご飯作って待ってたりしてるんだけど……めっちゃ便利に利用されてるじゃん。不毛すぎるよ。

 でも、それを俺がいうのは変だと思うんだ。

 凛ねえは大人でそんなこと全部分かってて色んな人と付き合って、それでも十年間ずっと小清水先生が好きなんだ。

 ……あほらし。

 俺は全然好きになれない、小清水先生がね!


「あの!」

 美桜ちゃんが大きな声を出し、真っすぐ凛ねえのほうを見て口を開いた。

「私、亜稀ちゃんの気持ちよく分かる立場なんですけど、どうしたらいいのか分からないだけなんです。変なことして嫌われたくないだけなんです……」

 俺も凛ねえも美桜ちゃんの言葉に黙ってしまう。

 そういえば美桜ちゃんの家も両親がいなくて複雑だった。

「嫌ったりなんて、何があってもしない」

 凛ねえが言い切る。

「……そうですかね」

 美桜ちゃんは目じりを細めてほほ笑んだ。

「嫌われたくないのは、こっちよ」

「こっちですよ」

 二人が無意味に興奮し始めたので「とりあえず買い物いこっか」と笑顔で止めた。

 二人とも怖がりで、大切な人に対して臆病すぎるんだ、きっと。

 でもそれくらい大切なんだ。

 

「今日は本当にありがとう」

 凛ねえは買ったものを持ち上げて美桜ちゃんに見せながら言った。

「お役に立てて良かったです。今度原宿に予習に行きましょう」

 駅に向かう美桜ちゃん。俺の背中がドスンと押された。アゴで指示されて俺はホームまで美桜ちゃんを見送ることにした。

「今日はすごく楽しかったです。オレンジの口紅、玲子さんにすごく似合ってましたよ?」

「口紅は沢山持ってるからなあ……」

 (七々夏が……)と俺は心の中で言った。変な化粧品買うと七々夏が文句を言うんだ。

 私が試したいものを春馬に塗ってるんだから! って。

「玲子さんの口紅、いつも素敵な色です」

 美桜ちゃんはほほ笑んだ。まあ化粧のプロの見立てだからね。

 俺は美桜ちゃんの腕に大事そうに抱えられている袋をみて

「キーフォルダー、美登利ちゃんに気に入ってもらえると良いね」

 と言った。今はオシャレな文房具店が沢山あって、オリジナルのキーフォルダーを楽しそうに選んでいた。

「自転車用のが欲しいって言ってたので、完璧だと思います」

 そしてこれも楽しみです! と凛ねえオススメのチーズタルトを抱えて、美桜ちゃんはぴょんと電車に飛び乗り、俺が見えなくなるまで手を振ってくれた。



「ん」

 次の日。

 もう時間がないので教室で旗にリボンを縫い付けていた俺に田上が声をかけてきた。

「おはよ」

 俺は手を休めて前をむくと、机の上に貸したTシャツと小さな袋。

 心臓がドクンとはねた。

 これって……

「お礼」

 田上は窓にトンと背中を押し付けたまま言う。俺は机の上に置かれた袋を開ける。

 その袋は、昨日美桜ちゃんと俺たちが出かけた文房具屋の袋で……でも美登利ちゃんには買ってたけど、まさか俺にも選んでくれてたのか。

 その柄は

「……スケッチブック」

「今はこんな形のキーフォルダーがあるんだな」

 田上は、ははと小さく笑い俺の方を目だけで見て

「小野寺のイメージ」

 と言った。

 ……サンキュ。俺は小さく言ってそれを鞄にぶら下げた。

 一緒に出掛けてお土産を買ったのが玲子にじゃなくて俺春馬にだったことが、どうしようもなく嬉しい。

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