13話 巫女まほアイドル1
プロローグ
「あらあらあら、見事失敗してしまったみたいね。クロエ様?」
魔法の国グランマギアの空に浮かぶ大宮殿。
月明かり差す回廊の影に向け、煌めく瞳をした赤い髪の女がゆったりとした口調で語りかける。
彼女は格好こそ修道女のようだが纏う空気は清楚とは程遠い。豊満な肉体が醸しだす色気、それと真逆の無邪気な笑顔。その二つが混ざり合った独特の妖しさを持つ女だ。
「貴方の娘が失敗したのに愉しそうな物言いですね、アネット。御三家の赤であるヴェルトロンが早期に女王争いから脱落するのは問題なのではありませんか」
回廊の影から烏が飛び立ち、宵闇の中から仮面宰相クロエが姿を現す。
「あらあら、うふふ。失敗したのはクロエ様でしょう。私はクロエ様の企みにウチのコレットちゃんを貸しただけよ~」
クロエの言葉に全く動じず、アネットは頬に手を当てて愉快そうに微笑みを返す。
「そもそも、クロエ様主催の女王争い、本当に勝者を出す気なんてあるのかしら~」
「……このクロエの言を疑うと?」
「いえいえ、まさか滅相もない。昔貴方様に逆らったお姉ちゃんみたいに、ヴェルトロンのお家を傾けてはいけないものね~」
恫喝するようなクロエの威圧をするりと躱し、アネットは内心を悟らせないキラキラまなこを細めて笑う。
「であればいいのですが」
「"獣"のお世話も、緑の子の調整も、なんの文句も言わずにしているじゃありませんか。ねえ、ユーリアちゃん」
言って、アネットはクロエの後ろに視線を動かし、いつの間にか影に控えていた巫女装束の女に声をかける。
その女、御三家の緑グリュンベルデ現当主であるユーリア・グリュンベルデは返答をせず、ただクロエの後ろで影法師のように俯くだけだった。
「あらま、相変わらずお付き合い悪いのね~。……娘さんの調整、終わったよ」
「ならば全て筋書き通りに」
アネットがそう言葉を付けたし、ユーリアは陰気な表情のままようやく口を開いた。
「あらま~、本当に薄情さんね。私だってシャルちゃんが居ないなら、コレットちゃんは残すぐらいの分別はあるのに。それじゃ、予定通り好き勝手やるわね~。何しろ私は下働きだものね~」
アネットはユーリアの態度を気にかける風もなく、二人に背を向けてゆったりとその場を後にしていく。
「全く……。前当主エズメ・ヴェルトロンは御せぬほどに切れましたが、現当主はまた別方向に御しきれない。困ったものです」
「されど彼女が持つマジカルペットの知識、我が娘カミナの調整に不可欠ですので」
「念のため確認します、ユーリア。グリュンベルデ次期当主である貴方の娘を使っていいのですか? 貴方の娘を使って行うことは人の尺度ならば"死"を意味するはずですが」
「……それが御三家の緑、グリュンベルデの宿命。そして私の業なれば」
クロエの問いに、ユーリアは陰気な表情のままそう答えた。
「人の心とは度し難いものです。ならば使わせて貰うとしましょう」
「それと一点、ご忠告をば。アネットはかの白き神に魅入られているやもしれません。事前に処するのならば私めがいたしましょう」
「不要です。アネットの行動、現状まだクロエの利となります。かつてのように余計な真似はせぬように」
クロエ表情を仮面に隠したままユーリアに背を向け、その体を闇に溶かし、更に黒いカラスの群れへと変化させ消え去っていく。
ユーリアはうやうやしく首を垂れてそれを見送るのだった。
第一話 巫女まほアイドル
夏も本格的になってきた頃、街は熱気を帯びていた。
「最近暑くなって来ましたわね」
脚立に乗って街灯に飾り付けをしつつ、ルシエラは手でぱたぱたと自らを扇いで気だるそうに呟く。
「そう? 日本の夏はもっと暑かったから、まだまだ過ごしやすいと思うけど」
「ミアさん逞しいですわ。わたくしの村は山間で夏でも涼しかったんですの。そろそろ冷房器具を工作したくなってきましたわ」
「それはお祭りの準備が終わってからだね」
言って、脚立の下に立つミアはルシエラに花飾りを手渡す。
そう、街が熱気を帯びている理由は暑さではなく、夏祭り。この国でも大きな祭典の一つである神託祭が近づいているのだ。
普段は荷物を載せた馬車や自動車が行き交うこの大通りも今は往来が制限され、代わりに街の至る所で学生服姿の生徒達が忙しなく動き回っている。
「わかっておりますわ。わたくし、準備や飾り付けで手抜きはできない性分ですの」
「うん、それは知ってる」
凄まじい勢いで街灯を飾り付け、次の街灯へと移動するルシエラ。
ミアは脚立を持ってそれに随伴し、ルシエラが飾り付けを始めて手持ち無沙汰になると見物がてら周囲を眺めた。
「周辺魔法学校の生徒も準備に駆り出されるなんて、大きなお祭りなんだね」
「規模だけではないそうですの。魔法総省や魔法協会が主導するこのお祭り、優秀な生徒を青田買いする場になっているそうですわ」
話しながらも手を休ませず、ルシエラは通りの街灯に花飾りを飾り付け、街灯にくるくるとリボンを撒いていく。
「だから委員長さん達も必死なんだ」
「そのようですわ」
仕上げにリボンの両端を結んで全体のバランスを整え、脚立の上から軽やかに道路へと飛び降りる。
「むふん、完璧ですの。これ以上何かを加えても、動かしても、蛇足にしかなりませんわね」
そして、見事に飾り付けられた街灯の列を眺めると、自らの仕事の出来栄えに満足して大きく頷いた。
単体のバランスも全体のバランスも完璧。他の生徒が手伝いに来ないよう、大急ぎで通り一本分飾り付けた甲斐があったと言うものだ。
ルシエラが自画自賛していると、そこに荷車を押したクラスメイトの少女がやって来る。
「ルシエラさん、仕上げの魔石飾り忘れてるよ。はい、これ」
少女は荷車から魔石の飾りがついたリボンを取り出すと、半ばねじ込むようにルシエラへと手渡した。
「…………」
目を点にして魔石飾りを見つめるルシエラの横、見るに堪えないとミアがそっと視線を逸らす。
「こんな魔石飾り、事前の説明に無かったと思いますの……」
「あったあった。ルシエラさん、ちゃんと話聞いてた?」
「聞いてましたけれど、記憶にありませんの。この飾りは要りませんわ。見てくださいまし、この街灯はこれで完成、通り全体のバランスも完璧なんですの」
ルシエラは必死に食い下がり、街灯を指差して魔石飾りは不要だと主張する。
「意外。ルシエラさん、こう言う所でめんどくさいタイプだったんだ。どうでもいいけど、ちゃんと飾っておいてね。こんなことで評価が下がるなんて笑えないから」
それに対し、少女は既に魔石飾りの取り付けられた別の街灯を指差し、反論を待たずに荷車を押して立ち去っていく。
「うう、芸術や工作に一家言あるわたくしが……わざわざこんなデチューンをしなければならないんて、あまりにご無体な仕打ちですの」
手に持った魔石飾りを恨めしそうに睨みつけるルシエラ。
終わった後に今更全部やり直しというのは酷すぎやしないだろうか。そもそも、こんなゴテゴテとした魔石飾りをつけたら全体のバランスが崩れるのだ。
「えと、うん。よしよし」
ミアは悔しがるルシエラに寄り添うふりをして、どさくさに紛れて胸を撫でさすった。
「全く……アンタ達、外でそれは止めなさいよ。姉さんみたいに校外行事出禁になるわよ」
少女と入れ替わる様にやって来たフローレンスが、いつも通りの二人にいつも通りの苦言を呈する。
「聞いてくださいまし、フローレンスさん。わたくしの完璧な飾り付けが否定されましたの」
恨めしそうに街灯を睨みつけるルシエラ。
小首を傾げるフローレンスに、ミアがたどたどしく事のあらましを説明していく。
「ああ、アピールに燃えてるのね。今年はしょうがないわよ、例年ある警備手伝いとかが無くなって、学生達は飾り付けぐらいしかできないもんね」
話を聞いたフローレンスは納得したように苦笑した。
「何かがありましたの?」
「最近、変な活動家が活発らしくてね。このご時世に過激なアルマ信仰なんて始めてるそうなのよ」
「えと、アルマって誰?」
「この国に神託と魔法を授けた白き神、国名であるアルマテニアの由来であるアルマよ。このお祭りもアルマによる信託の再現ってお題目だしね」
アルマ。それは魔法の国グランマギア建国の祖アルマと同じ名を持つ白き神。エズメやピョコミン曰く、名前だけが同じなのではなく同一人物なのだと言う。
──魔法の国とこの世界には昔から何らかの縁があるのかもしれませんわね。
プリズムストーンで適当に異界の扉を開いた自分だけでなく、エズメまでこの世界に流れ着いていたことにルシエラはふとそう思う。
ロマンティックな表現をすれば、自らの先祖であるアルマの導きとかになるのかもしれない。
「そうなんだ」
「そ、アルマ信仰の連中がハッスルするのにぴったりなイベントでしょ。だから安全のために普通の生徒は飾り付けに専念ってわけ。後は一部の生徒が奉納舞とかするぐらいのもんよ」
「でも、どうして急にそんな方々が活発になりましたの? 世紀末には終末思想が蔓延るとは聞いたことがありますけれど、今は別に世紀末でもありませんし」
素朴な疑問を呈するルシエラに、明るかったフローレンスの声音が変わる。
「そりゃ終末を意識させる出来事が多すぎるからに決まってるでしょ。天空城に始まり、黒い嵐に黒い巨人、とどめに黒い大樹。直接見てなくても厄介事全部吹き飛ばしてくれって神様に願いたくもなるわよ」
じっとルシエラの顔を見ながら言うフローレンス。
その厳めしい表情はお前が事の発端だぞと暗に告げていた。
「あ……ごもっとも、お耳が痛い話ですの。責任を感じますわ」
耳を押さえて渋い顔をするルシエラ。
確かに事情を知らない人々から見れば、この世の終わりのような出来事に感じても不思議はない。
実際の所、それら全ては終末ではなくルシエラに関係するトラブルなのだが、他人がそれを知る由は無いだろう。むしろ知られては困る。
「アンタ、本当に責任感じてる?」
「も、勿論ですの。トラブル解決のために東奔西走する覚悟ですわ」
魔法の国の女王争いが終わるまで、今後もルシエラにトラブルが襲い掛かる可能性は高い。
そのトラブルをこの世界に飛び火させる訳にはいかない。その決意を持ってルシエラは断言する。
「……そう、良かった。アンタならそう言ってくれると信じてたわ」
厳めしい顔をしていたフローレンスだったが、その言葉を聞いて一気に顔をほころばせた。
「はい? フローレンスさん?」
「さっき言ったわよね。一部生徒は奉納舞なんてものをするって」
「あ、フローレンスさんのことだったんだ」
──なんだか筋書きが読めてきましたわ。
面倒な事を頼まれそうな雰囲気を察し、ルシエラは少しだけ顔に警戒の色をにじませる。
「そうなのよ! うちの家宝になってる魔石、お祭りの時だけ神殿で展示するんだけど、それを届けるついでに奉納舞も参加しろって言われたのよ!」
「ん、ナスターシャさんは?」
「姉さんは校外行事出禁。理由はわかるでしょ」
「まあ、外を出歩いていい格好ではないですものね」
本当は校内を歩くことも許されない格好なのだが、そこを突っ込むのは今更野暮と言うものだろう。
「こういう時はセリカも王家の行事に行っちゃうから特待生は私一人で心細いのよ。そこでアンタ達には奉納舞の警備を手伝って欲しいの。安心して、シルミィの奴を拝み倒して既に許可は取ってあるから!」
返答を待たず、フローレンスは警備と書かれた腕章を二人に押し付ける。
恐らくどんな会話の流れになっても、過激なアルマ信奉者の話題を出してルシエラ達に手伝わせる算段でやって来たのだろう。
「奉納舞、そんなに狙われそうなイベントなの?」
「そんなに大層なイベントじゃないわ。不慣れな学生がたどたどしくやるお遊戯みたいなもんよ。でも考えてみなさいよ、万が一アルマ信奉者の連中が襲ってきたら、特待生である私が対応を余儀なくされるじゃない」
「ん、まあそれはそう。だから特待生なんだし、ね」
「その期待が絶望へのファンファーレなのよぅ! ヘタクソな踊りを見せた上に、過激な連中にボコボコにされて土下座で命乞いなんて尊厳が死ぬッ! 公衆の面前で尊厳が秒で死ぬッ!」
ふぁああと情けない叫びをあげ、フローレンスが力説する。
「フローレンスさんも想像力豊かですわね。まあ、わたくしも気に入らない飾り付けをするよりもマシですからいいですけれど」
案の定な展開に半分呆れつつも、ルシエラは押し付けられた腕章を着ける。
フローレンスが語った理由で過激派とやらが活発活動しているのなら、ルシエラに原因があるのも実際事実。これ位の面倒ならば引き受けるのが筋と言うものだ。
「そうだね。私は最初から手伝っても良かったけど」
「本当に助かるわ。家宝の魔石に何かあったら大問題だけど、アンタ達が居れば安心ね。実はここに来るまで周囲の人間全員刺客に見えてたぐらいよ」
二人が承諾してくれたことに安堵したフローレンスは、気が変わらないうちにさあ急げと、二人の背中を押しながら歩き出す。
「フローレンスさんたら大袈裟ですわね。魔石一つで大問題なんて起こりませんわ」
「えと、ルシエラさんはプリズムストーンで大問題、起こってるから、ね」
「せ、正論の暴力は止めてくださいまし」
かくして、三人は街の北部にある大神殿へと歩いていくのだった。




