エピローグ3
エピローグ
夜空を覆っていた枝葉は掻き消え、今は月と星だけが瞬き、あれだけ騒がしかった島も今は潮騒だけが聞こえている。
猛威を振るった漆黒の世界樹は既に跡形もなく、残ったのは派手に崩れた校舎と、バニー姿から制服姿に戻って気を失っている少女達だけだ。
「あはは、盛大にやっちゃったなぁ……。流石にこれ、ミアちゃんと二人で平謝りするだけじゃダメだだよね」
ボロボロになった校舎を眺め、同じくボロボロになったタマキが苦笑いする。
「大丈夫でしょ。姉さん曰く、魔法総省と上級生の実践訓練で毎回これぐらいにはなるみたいだから。実際に壊したのも私と姉さんだしね」
魔法少女の格好から制服姿に戻りながらフローレンスが言う。
「まあ、最悪私とルシエラさんが直しますよ。でもピンクの人に貸し一つですから」
「ん、ありがとう。フローレンスさん、アンゼリカさん」
感謝の言葉を述べるミアに、アンゼリカは照れくさそうに視線を逸らす。
「淫乱ピンクの癖にこういう時は正々堂々感謝するなんて、本当にあざとくていやらしい。コホン、そこはいいです。それでコレット……タマキさんでしたっけ? これからどうするんです?」
「……一度ヴェルトロンの家に戻るよ。それでボクの本当の両親と両親だった人に、こんな手段を使ってまで女王争いには参加しないって言うつもり」
「うん」
「それで家を追い出されちゃったら……。どうしようかなミアちゃんと魔法学校に通うのもいいかな。昔のボクはミアちゃん達と一緒に高校に通うものだって思ってたし」
「そうだね」
タマキが少しだけ遠い目をして言い、ミアが懐かしむような顔をする。
「赤のお家は大慌てでしょうねぇ。あれやこれや言われますよ、絶対」
「まあ、そうだよね……でも大丈夫。壊れたボクの世界はミアちゃん達で蘇ったから、ちゃんと立っていられるよ」
「タマちゃん、いつでも来てね」
「そこの人、簡単に言いますけど連れて来るのは私ですよね」
「えと、アンゼリカさんよろしく」
「はーっ、本当に困った恋敵ですねぇ」
ミアがこくと頷き、アンゼリカがわざとらしくため息をついた。
「……ねえ、フローレンスさん。ミアちゃんとアンゼリカさんのお相手って、本当にダークプリンセスなの?」
そんな二人の様子を見て、タマキがフローレンスに近づいて小声で尋ねる。
「他にいないでしょ。アイツ、厄介さんにホントもてるわよねぇ」
「うーん。ボクの中だと、ダークプリンセスの方がミアちゃんに付きまとう厄介さんなんだけどなあ。何があったのか今度ミアちゃんに聞いてみようかな」
「聞き方には気をつけときなさいよ。変な燃やし方はしないでちょうだい」
「えぇ……。今ミアちゃん、そんなになの?」
アンゼリカと話し込んでいるミアを眺め、タマキは困ったような顔で小首を傾げるのだった。
「うんうん、コレちゃん本当によかったねぇ」
「……シャルロッテさん、そんな所に隠れて何をしていますの」
そんなミア達の姿を校舎の陰に隠れて見守るシャルロッテだったが、ルシエラに声を掛けられ振り返る。
「わ、見つかっちゃった。ルシエラ、お疲れー」
いつも通りの明るい調子で労うシャルロッテに、ルシエラは瓦礫に腰掛けながらため息をつく。
「タマキさん……貴方の妹、もう帰ってしまいますわよ」
「うん、だから隠れてるんだよ」
「どういうことですの?」
シャルロッテの言葉にルシエラが不思議そうな顔をする。
「私のおかーさま、すっごく性格悪いから。私とコレちゃんが一緒に戻ったら、コレちゃんが冷遇されちゃうと思うんだよね」
「つまり……貴方は帰らないおつもりですのね?」
言って、表情を渋くするルシエラの隣にシャルロッテも腰掛ける。
「そうだよ。そうすればおかーさまもコレちゃんを冷遇できないから」
「でも、貴方はこの世界で行く当てもないでしょう」
「そこは仕方ないねぇ。コレちゃんが地球に送られている間、私はぬくぬくしてたんだから。そろそろ立場、変わってあげないと! これでハッピーエンド、ルシエラのおかげだねっ☆」
「それでは貴方がハッピーエンドでないでしょう!」
思わず立ち上がり、声を大にしてルシエラが憤慨する。
「わ、わ、しーっ! ルシエラ、静かに! コレちゃん気づいちゃう!」
シャルロッテは慌ててルシエラの口を押さえ、体重をかけて押し倒すように瓦礫に座らせた。
「……シャルロッテさん。わたくし、貴方に言われた通り誰かを信じて見せましたわ」
「そうなんだ。じゃあ文句なしのハッピーエンドだね☆ ルシエラ頑張った! おめでとう!」
「いいえ、文句はありますの! ハッピーエンドなら、貴方も幸せにならなければならないでしょう!?」
「ふぅん、変なルシエラ。悪役はちゃんと酷い目に遭うのがハッピーエンドの条件だと思うけどねぇ。大丈夫、それで私は幸せだよっ☆」
シャルロッテは少しだけ不思議そうな顔をすると、屈託のない笑顔でそう言った。
「わたくしが幸せでなくなるんですの! そんな結末許せませんの!」
その痛々しい笑顔にルシエラが歯噛みする。
ルシエラはシャルロッテは他人の心を解さない外道なのだとずっと思っていた。
だが、今なら違うとわかる。この少女は罪の意識で壊れているだけだ。他の誰よりも自分自身を一番踏みにじっている。
「あのね、ルシエラ。この前は同類って言ったけどね、私は贖罪のために他人を傷つけて、ルシエラは贖罪のために他人を助けてる。似てるけど、それは全然違うことだからね。あんまり私の口車を真に受けちゃダメだよ」
憤るルシエラを見て、仕方ないと困り顔をしたシャルロッテが言う。
「違いますの、そんな言葉が聞きたいのではありませんわ! わたくしはただ貴方を捨て置けないだけですの。来なさい、わたくしの村で貴方を立派な芋農家にして差し上げますわ!」
それを見て余計に捨て置けないと、ルシエラが手を差し伸べる。
だが、シャルロッテは首を横に振った。
「うーん、でもいいかなっ。私はコレちゃんだけでなく叔母さんまで酷い目に遭わせてるから。それを忘れてぬるま湯に浸れないよ」
──なんて自罰的な、シャルロッテさんがこんなに拗らせているなんて知りませんでしたわ。どうすればいいんですの。
ルシエラは途方に暮れる。年月を経てより拗れ煮詰まった厄介さ、それを他ならぬ自分自身の体験として知っているからこそ、彼女をどうにかできる手段が思い浮かばない。
それこそタマキだけでなく、叔母であるエズメを探して彼女の目の前に並べでもしないと動かないだろう。
「……わかりましたわ。わたくしが貴方の叔母さんとやらも見つけて引っ張って来ますわ。それでよろしいですかしら」
「その必要はないよ。私は既にここに居る」
鳥の羽ばたきが小さく聞こえ、ルシエラが声のした方に顔を向けると、そこには肩にフクロウを乗せた少女が立っていた。
「そのフクロウの紋章、その姿……まさか本物のエズメ・ヴェルトロンですの」
「いかにも、まずは謝罪をさせて貰おう。君の善良さに甘えて迷惑をかけてしまったようだ、すまない」
幼年学校の生徒にしか思えないあどけない少女は皮肉っぽくそう笑うと、少女らしからぬ貫禄を持った立ち振る舞いで頭を下げる。
その所作にルシエラは彼女が本物のエズメであると確信する。
「叔母ちゃん……」
その確信は当たっていたようで、シャルロッテはエズメを見たまま暫し呆然としていたが、
「ごめんね、ずっと謝りたかったんだ。叔母ちゃんが追放されたの、私がおかーさまに女王様が家に来たよって言っちゃったからなんだよ」
ほろほろと涙を流してそう謝った。
「シャルロッテ、君が謝る必要はないよ。君の行動に落ち度はない。赤のヴェルトロンとしては己の都合を優先した私の行動こそ非難されるべきなのだからね」
エズメは柔らかい表情でそれを慰める。
「うん、でも無事で良かった、本当に良かったねぇ」
ぐしぐしと涙を拭いながらシャルロッテが言う。
はじめて見るシャルロッテの弱い姿。その涙は彼女がどれだけタマキやエズメのことを悔いていたかの証であり、彼女が自らを罰し続けていた証でもあった。
──見つけると言いましたけれど、まさかこんなに早く向こうから出てくるだなんて……。
ようやく内心を吐き出したシャルロッテに少しだけ安堵するものの、ルシエラはその隣に居るエズメに警戒の眼差しを向ける。
正直な所、ルシエラはエズメをあまり快く思っていない。何しろ、彼女が魔法の国を追放された理由が理由なのだ。
エズメ・ヴェルトロンが魔法の国を追放された理由、それは自らの母である先代女王システィナから魔法の国の王座を簒奪しようとしたことに起因する。
「ふむ、君は顔に出るタイプのようだ。それは悪癖だ、改めたまえ。しかし、君視点ならば敵意を抱く理由もよくわかる。シャルロッテ、少しルシエラと話をさせてもらうよ」
ルシエラの向ける視線に気づいたエズメは、その敵意も警戒心も合わせて笑い飛ばすと、拾い上げた瓦礫を宙に浮かべて悠然と腰掛ける。
「ここに居る理由は二つ、一つ目はシャルロッテを迎えに来た。私は今現在魔法協会の特別顧問をしていてね。そこにローズの娘からシャルロッテの教員免許について問い合わせがあった。故に急ぎここにやって来たわけだ」
エズメが壊れた校舎を指さす。
そこにはナスターシャとセリカを無理やり引き連れ、壊れた校舎を半泣きで修繕しているローズの姿があった。
「シャルロッテさんのために?」
「無論。王位継承戦の事は既に聞いている。とすれば、私の行動がシャルロッテに重荷を背負わせたことは容易に想像できた」
エズメは足を組むと、憂いを含んだ表情でシャルロッテを一瞥する。
「だが、ここまでの重荷を背負わせていたのは少々想定外だった、顔汗の至りだよ。故にシャルロッテの処遇は私に一任して貰いたい」
まだエズメを信頼しきれないルシエラは、後ろで働くローズの姿を見て思案し、
「……わかりましたわ」
その提案を受けることにする。
ルシエラが提案できる処遇は田舎で芋農家か羊飼いしかない。
ローズとエズメはどうやら親しい様子、魔法総省長官であるローズの助力があれば、よりシャルロッテのためになる選択肢を提示できるだろう。
「賢明だ。三つ子の魂百までと言うが、システィナの教えは君の根底に息づいているようだ」
「お母様の……先代女王から王座の簒奪を目論んだ貴方が言いますのね」
「弁明はしまい。だが、私はシスティナをいまだ親友だと思っている。故にこの世界に流れ着いた君の様子を見に来たのが理由のもう一つ」
「っ……」
「そして、君がいまだシスティナを慕っていることはよくわかった。……だから忠告しよう。気を付けたまえ、魔法の国の女王である君と、この世界には因縁がある」
「魔法の国建国の祖アルマと、このアルマテニアの白き神アルマが同一の存在、だからですかしら」
先程ピョコミンの言っていた言葉を思い出し、それが理由であろうとルシエラは推察する。
その推察は正しかったようで、エズメは小さく首肯した。
「そう。君とアルマの因縁、それは君自身が思うよりも深い」
「迂遠な言い回しですわね。もっとハッキリといってくださらないと伝わりませんわ」
「直接言えば君の目を曇らせる、そんな内容である裏返しだよ。少なくとも私にその眼差しを向けている間は知らないでおきなさい」
エズメはそれだけ言って立ち上がり、シャルロッテを伴ってローズの方へと歩いていく。
ルシエラはその後ろ姿を見送りながら、まだペンダントの無い自らの胸元を掴む。
──確かに、わたくし冷静ではなかったですわ。エズメさんに大人げない態度を取ってしまいましたわね。
一人残ったルシエラが自省していると、ウサミミを持ったミアとアンゼリカがやって来る。
「ルシエラさん、お話終わりましたか」
「お二人とも……それにミアさん、そのウサミミはどうしましたの?」
珍しく足並みを揃えた二人をみて小首を傾げるルシエラ。
「うん、大事なこと終わってないって気づいたから」
「大事なことですの? まさか、漆黒の世界樹にまだなにか……」
「違う。ルシエラさんのバニー姿、まだ見てないから」
「えぇ……」
きりっとした顔で言い放つミアに、ルシエラは渋面を作った。
「私、終わるまで、ずっと我慢してたから」
言って、ミアがルシエラの左腕を抱きかかえ、
「そうですよ。私だけこんな格好させるのはアンフェアですよね」
アンゼリカがルシエラの右腕を抱きかかえる。
「そ、それはアンゼリカさんが自主的に……」
「問答無用です!」
「大丈夫、私も着るから」
その表情に身の危険を感じたルシエラは、必死に足をバタバタとさせて脱出しようとするが、二人の力は強く割と本気で抵抗してもびくともしない。
──し、しまったですの! 今のミアさんは魔力調律した後でしたの! このままでは成すがままですわ!
「ま、ま、ま、ま、待ってくださいまし!」
「うん、待つよ。邪魔の入らない所でしようね」
「ぐへへ、かわいいかわいいしましょうね~」
欲望混じりのだらしない顔を向ける二人は、そのままルシエラをずるずると引きずっていく。
「ひいっ!? あーれー!」
夜明けの島にルシエラの叫びがこだました。
***
それから数日後、ルシエラ達は魔法学校へと戻って来ていた。
日程の遅れこそ出てしまったものの、初級クラスの魔法実習は無事終了した。
しいて尾を引く問題があるとすれば、ナスターシャがシャルロッテに勝ち逃げされたと憤っていることぐらいだろうか。
「あのしいたけまなこに負けただけでなく、フローレンス達にまで不覚を取るとはのう。暫くウサミミのウの字も見たくはないの」
朝礼に向かう道中、ナスターシャがそう言ってふてくされる。
今日の朝礼では新任の教師が赴任の挨拶をするらしいのだが、ナスターシャはそれよりも先日シャルロッテに負けたことで頭が一杯のようだ。
「ナスターシャさん引きずり過ぎですわ。……金輪際ウサミミを見たくないのはわたくしもですけれど」
事件解決後を思い出し、ルシエラがげんなりとした顔をする。
「そう、私はバニーガール好きになったけど」
「お主達はなんやかんや行事の楽しい思い出じゃからのう。妾は悔しくて夜も眠れぬが」
ナスターシャは腕を組むと拗ねるように口を尖らせた。
「姉さん、だからって新任教師攻撃用の武器を用意するのは止めてちょうだい。相手に何の落ち度もないんだから」
「先日のしいたけまなこを想起せざるを得ない以上、万全を期すのは生徒会長として当然のことじゃろ」
「ええ……。ナスターシャさん、そんなことしておりましたの。八つ当たりもいい所ですわ」
フローレンスから告げられた事実にルシエラがドン引きする。
「ん。新任の人、自分が生徒会長に狙われてたなんて想像つかないだろうね」
「不条理過ぎるですよ。セリカだったら初日で登校拒否になるです」
「ふん、苦情があるのならば、しいたけまなこに言えと伝えればよかろう。あ奴、まだこの世界に居るのじゃろ?」
──そう言えば、シャルロッテさんはどうなったのですかしら?
フローレンス達と別れ、自らのクラスの列へと合流しながらルシエラはふと思う。
結局、あの後エズメとシャルロッテから連絡はなかった。校舎の修理の際、ローズにもそれとなく伝えてあるので悪い処遇にはならないと思いたいのだが。
「ん、ルシエラさん。新任の先生、来るって」
朝礼を上の空で聞いていたルシエラに、ミアが上着の裾を引っ張ってそう告げる。
慌てて壇上を向くルシエラ、目の前に現れた新任教師は思わぬ人物だった。
赤い髪の揺らして現れたその少女は、いつも通りキラキラ輝く瞳でルシエラにウィンクすると、何食わぬ顔で壇上へと上がっていく。
「はじめまして、今回特別講師として招かれたシャルロッテです」
生徒会長が新任教師に魔法攻撃を仕掛ける。そんな前代未聞の珍事が起こるのはそれから数秒後の出来事だった。
ここまで読んでいただきありがとうございます
今回で三章は完結となります




