12話 ふたりのステラ4
「んっ! タマちゃん、私を庇って……!」
漆黒の世界樹前、蜜塗れになってその場に倒れるタマキを見て、ミアが託されたペンダントを握りしめる。
「ミアさん、タマキさんが言う通り、この世界樹は二つの核を同時に破壊しなければ壊せませんわ。……タマキさん"だったもの"を倒す覚悟はできていまして」
「ん、勿論。これは私がやらなきゃいけないことだから、ね」
二人が表情を引き締める中、蜜に塗れたタマキが起き上がる。
無論言うまでもなく、それはタマキ本人ではなくピョコミンとして、だ。
「ったく、タマちゃんも困るよなぁ。この世界樹を壊すってことはピョコミンが失われるってことペコ、許されるはずがないんだペコ。あーあ、やっぱ信頼できるのは自分だけだよなぁ!」
「ふん、最初から信頼していない癖によく言いますわ。タマキさんのペンダント、反逆防止用の魔法がかかってますわよ」
ミアからペンダントを受け取ったルシエラは、仕掛けられた反逆防止用の魔法を解除する。
「そりゃあ単なるリスクヘッジペコォ。だって世界は二つにしか分けらんねぇだろぉ? ピョコミンと! それ以外とにしかよォ!」
瞬間、タマキの体を奪ったピョコミンの姿がバニーガールへと変化し、その両脇に巨大な影の怪異が出現した。
「だが安心するんだペコ。二つに分かたれた世界はもうすぐ一つに統合されるペコ。そう全てがピョコミンとして! その邪魔はさせねぇペコォ!」
ピョコミンが真紅の剣の切っ先をルシエラ達に向け、それを号令として二体の怪異が襲い掛かる。
「んっ! そんなことさせない。タマちゃんも、シャルロッテさん達も返して貰うから」
ルシエラが漆黒剣を構え、ミアは真っ赤に腫れたままの拳を力強く握りしめ、襲い来る怪異を粉砕する。
「遅い、遅い、遅いッ! スロウリィペコォ!」
ルシエラが怪異を両断した隙を見計らい、空中を疾走するピョコミンが真紅の剣を構えて斬りかかる。
「小癪ですの!」
ルシエラは右手でもう一本の漆黒剣を引き抜いて剣閃を受け止め、左手の漆黒剣を世界樹の幹へと投擲する。
「させるかぁ!」
地面から無数の影人間が這い出し、自ら漆黒剣に突き刺さることで威力を減衰させていく。
次々と影人間が刺し貫かれ、その度に漆黒剣の速度が落ちる。それでも漆黒剣は全ての影人間を貫いて幹へと到達するが、浅く突き刺さって僅かな傷をつけるにとどまった。
「ペーッコッコッ! 判断が鈍いなぁ! タマちゃんとミアちゃんが殴り合ってる隙に、その剣でさっさと幹をぶった切ればよかったのによォ!」
「本当に人の心を解さない生き物ですわね。そんな騙し討ちのような真似をして、タマキさんの信頼を取り戻せるものですか!」
「信頼なんてして何の意味があるペコ? 欲しいのは結果ペコ! 結果の伴わない信頼なんて契約書一枚ほどの価値もないんだペコォ!」
高笑いしながらピョコミンが剣を振り下ろし、漆黒剣を左手に持ち替えたルシエラがそれを受け止める。
「……だから貴方は読み違えるのですわね」
激しく魔力散らす鍔迫り合いの中、ルシエラが不敵な笑みを浮かべた。
「なんだと……?」
「わたくし、今回は信じ抜くと決めておりますの。世界樹と言う結界に風穴を開ける役目は既に任せてありますわ」
「何を言ってるんだペコ。ミアちゃんはまだ怪異の相手をしていて……」
ピョコミンは近くで怪異を相手取っているミアを再確認し、安堵しかけた所で気づく。
猛スピードで急接近する銀翼の流星、フローレンスの姿に。
「っあああ! どうして敵性魔法少女が居るんだよォ!!」
絶叫し、フローレンスを迎撃しようとするピョコミン。
「隙だらけですわ! もう間に合いませんのっ!」
そんなことはさせないとルシエラが真紅の剣を弾き飛ばし、足払いをかけてピョコミンの体勢を崩す。
「やめろ、やめろ、やめるペコォォ!」
「いけええええっ!」
フローレンスが猫飾りの杖を振り上げ、幹に向かって勢いよく振り下ろす。
漆黒の幹に無数の白い亀裂が入り、その一部が剥落して巨大な洞が作り上げられた。
「やった……!? ルシエラ、何か穴が開いたわ! これでいいんでしょ!?」
着地しながら漆黒の世界樹を睨みつけるフローレンスに、ルシエラが頷く。
──そうですわ! 結界の外ならばミアさんも変身させられる!
「ミアさん、一緒にこちらへ!」
「んっ!」
ルシエラがミアの手を引いて洞へと急ぐ。
ミアの手元にはタマキに託されたペンダントがある。結界の綻びである洞に入って魔力調律をすれば、ミアを変身させることができるはずだ。
「フローレンスさん、もう少しだけ時間を稼いでくださいまし!」
「行かせるかってんだペコォ! プロミネンスレイで消し炭にしてやるペコォ!」
真紅の剣を拾い上げようとするピョコミン。
「アンタの相手は私よ、オバケウサギ! 私と姉さんの恨みつらみを受け取りなさい!」
それを阻止すべく、フローレンスが突進しながら杖を振り下ろす。
「小癪ゥ!」
フローレンスとピョコミンが衝突する中、洞まで辿り着いたルシエラはミアを抱きよせる。
「フローレンスさんはナスターシャさんと戦った後で消耗しているはず……ミアさん、変身できますわよね?」
「任せて」
ミアが了承するのを確認し、ルシエラは迷いなく唇を奪う。
それを迎え入れるようにミアが手を回して抱きしめ、ルシエラが舌を絡めて魔力同調を開始。そのまま魔力の流れを調整していく。
ルシエラがミアに魔力を流し込んで調整する度、ルシエラを抱きしめるミアの手に力が入る。
それを何度か繰り返し、抱きしめているミアの体がほのかに熱を持つのを確認すると、ルシエラは重ね合わされていた唇を離す。
「害獣に乗っ取られたタマキさんの相手は任せましたわ。わたくしは果実の中に居るシャルロッテさんをここに叩き落とします」
「わかった」
ちゅるりと名残惜しそうに唇を舐めてミアが頷く。
結界内部では丁度フローレンスがピョコミンに打ち負けた所だった。
「はーっはーっ、驚かせやがってペコ。こいつ満身創痍じゃねぇか、わかり易いように額に死に体って入れ墨しとけペコ」
倒れたフローレンスを蹴り飛ばし、ルシエラ達に襲い掛かろうとするピョコミンだったが、ミアと目が合って足を止め、ぎくりと小さく身震いする。
「クソっ、クソっ、クソっ! ついに出てきやがったペコォ!」
「迷う心の宵闇に、きらり煌めく星一つ。心に宿ったほのかな光、照らして守る一番星」
洞の中、ミアがタマキに託されたペンダントを構え、ペンダントに仄かな輝きが灯る。
「こんな所で諦められるかぁ! 間に合え、間に合えペコォオォォ!」
ピョコミンは悲壮な顔で突撃し、ミアに向けてプロミネンスレイを放つ。
「変身」
それよりも早く、ミアが手にしたペンダントが眩く輝き、ミアから吹き出す莫大な魔力が黄金の翼となって周囲に渦巻く。
「ぺこるぁっ!?」
眩い光が黄金の羽根となり、ひびの入った世界樹の幹が引き裂かれるように砕け散る。
そして、黄金の翼をはためかせた真紅の天使が顕現した。
一歩。手にした杖を横薙ぎ一閃。衝撃が大気を走り、放たれた劫火の剣閃を消し飛ばす。
二歩。深い踏み込みからの正拳一打。うめきと爆音と共にピョコミンが大地に埋め込まれる。
三歩。夕闇を黄金の翼で塗り替え、杖をくるりと回して決めポーズ。
「願いの言葉を紡いで守る魔法少女アルカステラ。流星の如く只今推参」
──流石はミアさん、これなら負ける気がしませんわね。
アルカステラの雄姿に触発されたルシエラは、剥落したまま浮いている大樹の破片を足場代わりにして、果実のある上空へと駆け上っていく。
ミアはそれを守るため、結界の綻びである洞の前で杖を構えた。
「くっそぉ。相変わらずデタラメな暴力装置ペコォ! このままアイツを行かせるかよォ!」
ピョコミンが叫ぶと同時、ピンクの蜜が雨のように島中へと降り注ぐ。
「「「ペコハハハハハ! これでお前をぶっ殺すペコォ!」」」
程なくして、幹の前へと殺到するピョコミンの群れ。群れ。群れ。
「ミア! オバケウサギの奴、蜜をまき散らして島中全部自分にしちゃったわ!」
「ん、大丈夫。今までそうしなかったってことは、その分リスクのある行為のはずだから。それに……」
「それに……?」
「今日はアルカステラが二人だから」
きょとんとするフローレンス。
「信頼してるから、ね」
ミアはその胸にぎゅっと拳を押し付けた。
「え……ええ、わかったわ! どうせこの世界樹を解体しないと姉さんも元に戻らないんだものね! 盛大に壊しちゃいましょ!」
フローレンスが眉を吊り上げて杖を構え、それを見たミアが僅かに頬を緩める。
「ん、やろう」
並び立つ二人の魔法少女は魔力の翼をはためかせ、次々と押し寄せるピョコミンの群れを迎え撃った。




