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12話 ふたりのステラ3

 一方、時を遡ること少し前。

 ナスターシャと戦うフローレンス達は苦戦を強いられていた。

 杖を構えて校舎の壁を走るフローレンスは、次々と飛来する魔法弾を避けながら跳躍。そのまま魔力の銀翼で羽ばたき、地上で自らを見上げるナスターシャを空襲する。


「なんじゃ、威勢よく啖呵を切った割にその程度かの?」


 しかし、ナスターシャは逆手に持った杖でそれを受け止め、そのまま振り抜いてフローレンスを弾き飛ばすと、生成した光剣をフローレンス目掛けて滑らせる。

 その着弾を待たず、更に炎弾、風刃、雷撃と、容赦なく追撃を重ねていく。


「っう!」


 フローレンスは銀翼を魔法障壁代わりにして光剣を迎撃。残りの魔法を弾き飛ばしながら一気に加速し、反転攻勢に打って出る。

 銀翼で目くらましをしつつ、大きく踏み込んで横薙ぎ一閃。


「ほ、見え透いておるぞ。せっかく借り物の力を得ても、肝心要のお主がワンパータンではどうしようもないのう」


 だが、その反撃もナスターシャの魔法障壁によって阻まれてしまう。


「仕方ないでしょ。私だって好きでこんな戦法取ってる訳じゃないのよ! 本当なら遠距離魔法戦主体で行きたいに決まってるじゃない、チキンなんだから!」


 杖と魔法障壁が衝突して激しい光を発する中、フローレンスが苛立ち混じりにそう言い返す。

 漆黒の世界樹に同じ魔法は通用しない。いくら魔法少女に変身できたとは言え、その縛りからは逃れられない。

 必然的に戦闘の主体は繰り返し使える有効打である物理攻撃、つまり魔力で強化した杖での打撃中心となる。フローレンスにとってあまりに重いハンディキャップだ。


「まあよい、お主がそう戦いたいなら止めはせぬ。ただし、妾は好き放題にやらせてもらうがの」


 ナスターシャはぴこんと自らのウサミミを動かし、手にした杖の両端に光の刃を展開。双刃剣となった杖でフローレンスへと斬りかかる。


「このっ……! 加減しなさいよ、バカ痴女!」


 自分の力量では受けられないと悟り、フローレンスが一気に飛び退く。

 それに合わせて銀翼から舞い落ちる羽根を無数の銀槍として発射、鍔迫り合いとなる前にナスターシャを迎撃する。


「おおっと! なんじゃ、まともな魔法攻撃もできるではないか」


 全方位から飛来する銀槍に太ももの網タイツを切り裂かれながらも、ナスターシャは空中を蹴りつけて難なく態勢を立て直す。


「また魔法を使わされた……! 後、何種類いけるかしら!」


 咄嗟の反撃を平然と捌く姉を睨みつけ、フローレンスは頭の中でまだ無効化されていない魔法のレパートリーを数え上げる。

 互いに魔力調律済みならば魔力量と魔法の威力はフローレンスが僅かに勝る。しかし、フローレンスが使える魔法のレパートリーは少なく、実践経験と勝負勘はナスターシャの方が遥に上。

 結果、形勢を立て直そうと魔法を使う度、有効な魔法が減ってじりじりと追い詰められていく。そんな真綿で首を締められるような戦いが続いていた。


「ああ、もう、逃げたいんだけど! ほんっと逃げたい!」


 いつものフローレンスならば迷いなく逃亡を選択したことだろう。だが、今は自分が頑張ってナスターシャを助けなければならない。

 フローレンスは歯を食いしばって杖を構え直し、ナスターシャへと突撃する。


「本当にお主はワンパターンじゃの。流石に覚えるのじゃが」


 しかし、それを予期していたナスターシャは片手で杖を受け止めると、そのまま杖を引っ張ってフローレンスの体勢を崩す。

 前のめりになったフローレンスの腹部にすかさず手を当て、魔法弾を容赦なく連打した。


「げほっ!?」


 響く爆音、ゼロ距離での魔法直撃。銀翼はおろか魔法障壁を展開することもできず、フローレンスは勢いよく地面を跳ね転がる。

 転がる衝撃で道路を剥ぎ取り、瓦礫に埋まってようやく停止。フローレンスは苦悶の表情で腹部を押さえながらも、杖を支えにしてなんとか根性で立ち上がった。


「ほほう、耐えるか。じゃが、これは流石に効いたとみえる。勝負ありじゃな」


 震える足で立ち上がるフローレンスの前、勝利を確信したナスターシャがドヤ顔で腕を組む。


「ふん、それはこっちのセリフよ。他人を気にしないのは姉さんの悪癖よね」


 だが、フローレンスの顔に絶望はなく、逆に勝利を確信した笑みを浮かべていた。


「なんじゃと……?」

「確かに私じゃ変身しても姉さんに勝てないわ。……でも、私"達"は最初から二対一でやってるのよ!」


 フローレンスがそう叫ぶと同時、ナスターシャの後頭部に魔力の付与されたボールが勢いよく命中した。


「ほ、なんじゃ!? なにごとじゃ!」


 不意の一撃に態勢を崩しながら、ナスターシャは視線で後ろを確認する。

 そこに居たのは寸胴鍋を構えたセリカだった。


「へっ、フローレンスにかまけてセリカのことは眼中になかったですね! おかげで上手く存在感を消せたですよ!」


 セリカはニヤリと小生意気な笑みを浮かべると、お玉やしゃもじやらを手当たり次第に投げつける。


「小癪な! 邪魔極まりないのう!」


 日用品が多彩な魔法を伴って花火のように炸裂し、ナスターシャが堪らず後ろへと向き直る。

 だが、日用品を投げつけるセリカを止めるよりも早く、今度は背後から杖で殴打されて校舎の壁面に打ち込まれた。


「ぬがっ!?」

「ふん、確かに三秒の隙があれば実力差は埋められるわね。何から何までアンゼリカの奴が言った通りだわ……悔しいけど!」


 背後から殴り飛ばしたフローレンスは、ふんと鼻を鳴らして杖の先端をナスターシャに向ける。

 瓦礫に埋まって目を丸くするナスターシャの頬に冷や汗が流れた。


「やったれ、フローレンス!」

「うあああああっ! いけええええっ!」

「おおおうううっ!?」


 凍り付いた校舎の壁面に電流が走り、風によって切り分けられた校舎の残骸が獄炎によって炭になる。

 歯を食いしばって手に入れた千載一遇の好機。フローレンスはまだ使える魔法を出し惜しみなくナスターシャへと打ち込んでいく。


「はあっ、はあっ……。流石にこれはやった……わよね?」


 辺り一面が土煙に覆われる中、自らのレパートリーを使い果たしたフローレンスが不安気に呟く。

 だが土煙が収まると、崩れた校舎の瓦礫の前には満身創痍のナスターシャが立っていた。


「嘘……! あんなに攻撃したのに……!」

「うむ、本当に紙一重じゃったよ。我が愚妹は本当に加減を知らぬのう……! こんなに派手な姉妹喧嘩をする日が来るとは思わなんだわ」


 纏ったバニースーツはボロ切れ同然、ウサミミにも切れ込みが入っている。

 しかし、ナスターシャは間違いなく立っていた。


「マズい、マズいわ……! もう使える魔法ないんだけどっ!?」

「落ち着きなさい! どう見てもあの痴女は満身創痍! ここまで踏ん張った自分達を信じなさい!」


 崩れた校舎の上から現れたアンゼリカがそう鼓舞し、手にした猫飾りの杖をフローレンスに向けて投げ渡す。


「アンゼリカ!」

「その杖を使えば魔法障壁ぐらい打ち破れます! セリカさん、ラストチャンスを作ってあげてください!」

「お、おう!」


 激励と共にナスターシャを指差すアンゼリカ。

 セリカが最後に残った武器であるピーラーを投げつけ、フローレンスがアンゼリカの杖を振りかぶる。

 彼女の言う通り、間違いなくナスターシャは大ダメージを受けている。ならば後少しで決定打を与えられるはず、そう信じて。


「さっさと倒れなさいよ……! 痴女っ!」

「この愚妹共めっ!」


 杖と魔法障壁が衝突し、魔法障壁がガラスのように砕け散る。


「これで、たおれてえええええええっ!」


 そのまま振り抜かれた杖が腹部に命中し、轟音と共にナスターシャを再び瓦礫の中へと押しこんだ。


「…………はあっ、はあっ」


 フローレンスは瓦礫の前で杖を振りかぶったまま警戒していたが、ナスターシャが倒れたままであることを確認し、大きく息を吐いた。


「ふぅ……。今度こそ、やったわ。セリカ」

「おう、もう二度とごめんですよ」


 二人は顔を見合わせて苦笑いする。

 だが、それも長くは続かない。


「……セリカ、姉さんを頼んだわ。私は行ってくる。アンタが言ってた通り、たまにはルシエラ達を助けてあげないと」


 フローレンスは乱れた呼吸を整えると、アンゼリカの杖を握りしめて世界樹を見上げる。


「おう、頼むです。いつも世話になってる分、助けてやってくれです」


 セリカの言葉にフローレンスが頷き、銀翼を舞わせて空を駆け飛んだ。

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