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11話 痴女を止めるな6

 大昔、人は夜空の星を目印に旅をしたらしい。


「大丈夫、失敗は誰か一人じゃなく皆の失敗。間違えたら私が殴ってでも正しい道に戻してあげる。だから……大丈夫、勇気を出して私を信じて」


 そう言って差し出されたアルカステラの手。

 恥ずかしくて口に出したことはないけれど、ボクにとってアルカステラは、ミアちゃんは、親友であり、目標だった。

 赤坂環と言う旅人にとっての道標となる星だったのだ。


 けれど、夜空を見上げても星が見えなくなり、今立っている場所すらわからくなってしまった。

 迷子になってしまったボクは今も明かりを探して彷徨い歩いている。

 いつか雲が晴れて星が瞬くことを信じ、真っ暗な夜空を見上げながら──



  ***



 夕焼けに染まる教室、窓際の席に座ったタマキは人気のない教室を眺めながら深々とため息をつく。


「……あの頃はずっとミアちゃんやくーちゃんと一緒に居て、高校でもバカみたいにはしゃいでるって疑いなく信じてたのにな」


 タマキ達がこれ以上戦わなくても済むよう、魔法少女として異世界に旅立ったミア。

 実質それを強いた自らの後ろめたさもあり、それからのタマキの学校生活には常に僅かな心の棘、罪の意識と空虚さがあった。

 それでも、いつかミアが帰ってくればあの頃のように元通りになり、心に刺さったその棘が抜けると信じていたが、今度は自分の立っている場所まで崩れ去ってしまった。


「そうなんだよ、わかってるんだよ。そんなこと! ミアちゃんはボク達の代わりに戦い続けてたんだから、ボクが寛大な態度でお迎えしてあげるべきだったんだよ! 

 けどさ、ボクだって一杯一杯なんだよ、どうしろって言うんだよ! あーあー! また自分が嫌になっちゃった! ヘルプミー! ヘルプミー! どうして世界はあの頃みたいに楽しくいけないのさ!」


 ミアに冷たい態度を取ってしまった自分を思い出し、タマキは机に突っ伏して自省する。

 つい皮肉っぽい態度を取ってしまうのは悪癖だとわかってはいるのだが、頭の中でぐるぐると渦巻き続ける悔恨共々止められない。


「ふむ、何やら変な声が聞こえるかと思えば、しいたけまなこの妹か」


 そこにウサミミをぴょこぴょことさせながらナスターシャがやって来る。


「……キミはミアちゃんのお友達のお姉ちゃん、だっけ?」


 ほぼ初対面にもかかわらず、ずけずけと遠慮なくやって来るナスターシャ。

 シャルロッテの妹と雑にラベリングされたことと、その無遠慮さを不愉快に思ったタマキは、皮肉混じりに返答する。


「おおう、拗ねた顔をしておるのう。そんな暇があるならミアと仲直りしてウサミミを着けてやればよかろうに。お主はウサギもどきに言われて居残りと言う訳でもないのじゃろ?」

「ああああああ! 仲直りのウサミミとか下劣だよ! あれミアちゃんなら避けると思ったんだよぅ! ズルいよミアちゃん、ああいう不意打ちが効いたことなんて一度もなかったじゃん!」


 ナスターシャの言葉に封じ込めていた失敗が蘇り、タマキは再び机に突っ伏していやいやと首を横に振った。

 本当なら通じないことぐらい知っているのに、わざと受けて信頼しているアピールをしてくるのは反則だ。


「お主も大概に珍奇な生き物じゃのう」

「洗脳されてるお姉ちゃんは黙っててよ!」

「妾は洗脳なぞされておらぬが」

「いいから黙ってて!」

「おおう、にべもない。まるでフローレンスのような対応じゃの、どうして妹と言う生き物は姉の優しさをまるで理解できぬのじゃろうな」


 突っ伏したままナスターシャを指差して叫ぶタマキに、ナスターシャが不服そうに口を尖らせる。


「ふん、優しさなんて受けたことないね。少なくともボクはお姉ちゃんと椅子取りゲームをしただけだよ」


 ようやく落ち着きを取り戻し、タマキが机から顔をあげて言い返す。


「ほう、中々小粋な言い回しをしよるのう」

「お姉ちゃんがそう言ったのさ。だからボクはそれを意趣返ししただけだよ、皮肉だよね」

「ほれみよ、姉の心妹知らずじゃの」


 吐き捨てるように言ったタマキの言葉に、ナスターシャが見た事かとドヤ顔を作った。


「……それ、どういう意味さ」


 その態度にタマキの表情が歪む。


「あのしいたけまなこはお主が後ろめたくないよう、そう言ったんじゃろ。何しろ、あ奴はそのためにわざと……」


 ナスターシャはそこまで言って首を傾げる。


「わざと……?」

「うむ、わざと……はて、ウサミミを着けて漆黒の世界樹に取り込まれて、その何が問題じゃろうかの。別に当然のことじゃしのう」


 そして、そのままむむむと考えこむナスターシャ。

 ウサミミを着けられて常識改変されている彼女には、そこから先の異常性が理解できないのだ。


「……もういいよ。大体わかったから」

「ほう、ならばよいが。あの様子だとその内ミアの奴等もここら辺に来るじゃろ。妾があ奴にもウサミミを着けて、お主と仲直りする手助けをしてやろうかの」


 外を闊歩する巨大な異形を眺めてそう言うと、ナスターシャは再びウサミミをぴょこぴょこさせて立ち去っていく。


「…………なんだよ。つまりボクが後ろめたくないよう、わざと悪ぶって蹴落とされたんだ。皆ズルいよ。結局、やさぐれて自分勝手にしてたのはボクだけじゃないか。ミアちゃん、ボクが間違ってるんならちゃんとそう言ってよ。約束したじゃないか」


 ナスターシャが立ち去った後、教室に独り残されたタマキは悔しそうに呟くのだった。

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