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11話 痴女を止めるな4

 その頃、フローレンス達を保護したアンゼリカは二階の教室に隠れ忍んでいた。

 幸いにも付近に二人を探すバニーガールや怪異の気配はない。ピョコミン達はフローレンス達を特段の脅威と思っていないらしく、そのリソースを全てルシエラ達へと割いているようだ。


「姉さん、大丈夫かしら……」

「言ってることと行動がチグハグですねぇ。心配だったら逃げずにお姉さんを援護してあげればよかったのに」


 教室の窓から不安気に世界樹を眺めているフローレンスとセリカを見て、机に腰掛けたアンゼリカが少し呆れたように言う。


「仕方ないわよ。あの場に私達が居ても足を引っ張るだけだもの」

「そうですか、定番の逃げ口上をどうも。シャルさんが意外と根性あるって言ってたので期待してましたけど、お姉さんに対しては甘えん坊さんなんですねぇ」


 窓から振り返ったフローレンスの反論を聞き、アンゼリカは興味を失ったようにそっぽを向くが、


「っと、いけません、それはいけませんよ、アンゼリカ。ルシエラさんなら、煮ても焼いても食えないこの凡愚生物達を見捨てず教え導こうとするはず。ならば私もそうしないとあの人のライバル足りえない、そう学んだじゃないですか」


 そう独り言を呟いて両頬を軽く叩く。

 そして、真剣な表情で再びフローレンス達へと向き直った。


「はい、お二人さん注目。今から私は少しキツイ事いいますからね」


 アンゼリカは立ち上がってぴっと人差し指を立てると、ぽかんとした二人の眼前に杖をビシビシと突きつける。


「お二人は足を引っ張るだけの自分って立ち位置に甘えてます。ずっとルシエラさんを追いかけてた私に言わせてもらえば必死さが足りないです」

「そうは言うけれど、必死になってもどうしようもないじゃない。実際問題足引っ張ってるんだから」


 むっと不愉快そうな顔をしてフローレンスが言い返す。


「ほら、そうやってやらなくていい理由だけ一生懸命探す。少なくとも、貴方のお姉さんは勝ち目がなくても頑張って貴方達を逃がしましたよ。そこの所わかってないなんてことないですよね?」

「そりゃあ……じゃあどうしろって言うですか。まさかセリカ達が根性出して踏ん張って、あそこで全滅するのが正しいってんじゃねーですよね?」

「そうですねぇ……」


 アンゼリカは下唇に人差し指を当てて考えるふりをすると、


「私があの場に居たのなら、貴方達の傍に落ちていたお玉とおしゃもじを拾い上げて投げ込んだ後、寸胴鍋を拾い上げて手近なものを詰め込んで打ち出します。多分これで作れる隙が三秒ぐらい、貴方達が寸胴鍋に怪異を詰め込められれば五秒。魔法戦における秒の単位は大きいですよ、それだけあれば痴女の人も逃げられたんじゃないですか」


 スラスラと自信を持ってそう答えた。


「う……」

「この返答ですら想定外だったんじゃ、もはやどうしようもないじゃないですか。何も試さず知恵も使ってない証拠です」


 反論できず押し黙る二人。

 それを見たアンゼリカは小さく息を吐き言葉を続ける。


「そもそも二人とも考え方の順序が逆なんです。強くて戦力になるから戦うんじゃなくって、戦わないといけない場で戦力外になるのが嫌だから強くなるんです。……もしも、ルシエラさんに戦力外だから時間を稼いでるうちに逃げろなんて言われたら、私だったら悔しくて悔しくて自分を許せません。だから私は努力します」


 アンゼリカはそこで口撃を止め、二人がどうするかをじっと静かに見守る。


「三人ともご無事……。なんですの、なんだか重い雰囲気が漂っていませんこと?」


 そこにルシエラとミアが合流し、その重い空気にルシエラがおよよと慄いた。


「すみません、私がちょっと空気を悪くしました」

「いや、おめーは正しいこと言ってるですよ。至らないセリカ達がダメだしされてただけです」


 お互いに苦笑いするアンゼリカとセリカに、事情を知らないルシエラとミアが揃って頭に疑問符を浮かべる。


「それでルシエラ……姉さんは」

「わたくし達が駆け付けた時には既に害獣に捕まっていて、漆黒の世界樹に放り込まれましたの。申し訳ありませんわ、フローレンスさん」

「……っ! そう、気にしないで。姉さんが捕まったのはアンタのせいじゃないから」


 頭を下げて謝罪するルシエラを見たフローレンスは、そう答えて教室の外へと歩き去って行く。


「フローレンスさん、どこに行きますの!」

「少し頭を冷やしてくるわ。大丈夫、状況が状況だからすぐに戻ってくるから」


 フローレンスを追いかけようとするルシエラ。

 だが、その腕をアンゼリカが掴んで制止した。


「少しそっとしておいてあげてください、自分の行動の報いをそのまま受けた訳ですから。……まあ、あの様子なら思ったより見込みはあるみたいですね」


 そのままどさくさに紛れてルシエラの腕に抱きつきつつ、アンゼリカが少し感心したように言う。


「ルシエラ、大変! 大変よ! 助けて!」


 と、そんな余韻に浸る間もなく、フローレンスが目をまんまるにして教室へと駆け戻って来た。


「すみません。私、今貴方を褒めてたんですけど。さっきまでの展開投げ捨てたようなテンションで即時帰宅するの止めてくれません? 出てく所からリテイクお願いします」

「仕方ないじゃない! 大変なのよ! 外がとんでもないことになってるのよ!」


 相変わらずの様子に苦言を呈するアンゼリカだが、フローレンスには再び慌てふためくだけの理由があるらしく、必死の形相で外を指差している。


「落ち着いてくださいまし、フローレンスさん。外がどうなっておりますの」

「影人間がおっきくなってて! 木にはなんか果実が成ってるの!」

「果実、ですの?」


 ルシエラが小首を傾げつつ窓から外の様子を窺おうとした丁度その時、バゴンと言う音と共に校舎が軋み、突如教室が真っ暗になった。


「んっ!」

「アイツ等早速攻めてきやがったですか!?」

「そのようですわ。窓に影の異形がべったりと張り付いておりますわ」


 ミアが魔石電灯のスイッチを入れ、窓の様子を確認したルシエラが窓から距離を取る。

 部屋が暗くなった理由は実に単純明快。窓を全て覆い隠すほどの異形がみっちりと張り付いていたのだ。


「ここ二階なんですけどねぇ。ここまで窓をみっちり埋め尽くせるとなると、確かに影人間の数が増えてますね。そこの人だと慌てるのも無理はないかもしれません」

「でしょう!? こんなの反省前に慌てふためくしかないわよぅ!」

「ルシエラ、どうするですか!?」

「……とりあえずは走って逃げましょう。出来る限り魔法は使いたくありませんわ」


 張りついた影の異形を散らすにはどうしても魔法が必要になり、迂闊な魔法の行使はピョコミン達に新たな力を与えることとなる。

 先程真似された魔法障壁だけでも厄介極まりないのだ。可能な限り向こうのレパートリーは増やしたくない。


「わ、わかったです」


 セリカ達がそれに頷き、揃って廊下へと飛び出すと、既に廊下の窓も張り付いた影人間で黒く染まっていた。


「怪異、本当に増えてるね」

「あの怪異達は世界樹の滓。それがこれだけ居ると言うことは、漆黒の世界樹に不自然な負荷が掛かっていると言うことですわ」


 ピョコミンの意識が入り込んだのも一因ではあろうが、最も大きな原因はフローレンスが言っていた果実だろう。

 以前ルシエラが作った漆黒の世界樹は果実を成らせる前に破壊されてしまっている。

 つまりこの先の正解はルシエラの脳内にしかなく、この世界樹を作り上げたクロエは想像によってここから先は作られている。

 結果、ルシエラが本来想定した構成と齟齬が生まれ、それによって生じた歪が綻びとなり、影人間を大量に生みだす原因となっているのだろう。


 ──加えてシャルロッテさんとタマキさん、核が二つあるのも安定性を欠く一因ですかしら。


「ルシエラっ! なんか下の階からピンクの液体があふれ出てるっ! 下の階には戻れないわ!」


 ルシエラが現状を推察する猶予もなく、先んじて廊下に飛び出していたフローレンスが、必死に後ろを懐中電灯で照らしながら駆け戻ってくる。


「液体ですの!?」


 言われて耳をすませば、確かに異形のうめきに混ざってどぷんどぷんと粘度の高い水音が聞こえてくる。


「お、おおお、マジでピンクの液体が流れ込んできてるです」


 狼狽しながらセリカが魔石灯のスイッチを入れ、明らかになった廊下の様子に慄く。

 フローレンスの言う通り、下階へ通じる階段からはハチミツのように粘ついた濃いピンクの液体がごぽごぽとあふれ出していた。


「ルシエラさん、あれなに」

「ウサミミと同じ、あるいはそれ以上に強烈な効力を持つ魔力塊……例えるのなら漆黒の世界樹の蜜ですわね。触れば強力な洗脳魔法をしこたま刷り込まれますわ」

「じゃあ触らないようにして逃げねーと!」


 セリカが周囲を見回すが周囲の窓は異形に塞がれて全て真っ暗。液体あふれ出す階段の様子を見るに下階は全て液体に浸されていることだろう。流石に蜜のプールを泳いで逃げるのは現実的ではない。


「なるほど、窓にみっちり張り付いた異形はあの蜜が流れ出ないよう塞ぐためのもの。校舎を水槽にする為の壁にするなんて中々の発想ですわ」


 異形の意外な使い方に思わずルシエラが感心する。

 同時に思う、このダイナミックなやり口はタマキやピョコミンのものではないと。


「何感心してるのよ、ピンク押し寄せてくる! ピンク押し寄せてくるぅ!!」

「ヤベー! ヤベーですよっ!」


 フローレンスとセリカがその場でぐるぐる回りながら逃げ惑う。

 その間にも下階を満たしたピンクの蜜が今いる廊下を浸し始めていた。


「ルシエラさん。これタマちゃんのやり方じゃない、よ」

「無論、承知しておりますわ」


 ルシエラは逃げ惑うフローレンスを一瞥し、視線を上に向ける。


「……上に向かいましょう」

「あれ、いいんですか。この強烈な上への誘導、罠ですよ?」


 アンゼリカが意外そうな顔をする。確かにその意見は正しい。

 壁を塞がれ下階は既に蜜によって浸水しきっている。これを仕掛けた相手はルシエラ達を上階へと強烈に誘導し、その終着点である屋上で待ち構えているはずだ。

 ならば相手の思惑を超えるのならば、最低限の影響で済む魔法を使って異形を蹴散らし窓から逃げるのが上策だろう。そう本来ならば。


「覚悟の上ですの。どの道向き合わないとならないことならば、あえて懐に飛び込むしかありませんわ」

「ん、そうだね。ルシエラさんはそう言うと思った」


 だが、待ち構えるのが思う通りの人物ならば、ここで確かめておかないと思わぬ所で足元を掬われかねない。

 ルシエラが思惑を承知の上で上階に向かうことを選び、それを予期していたミアが頷く。


「なるほど、それがルシエラさんのやり方なんですね。じゃあこれ以上私は何も言いません。また隠れてルシエラさんの雄姿を見ていますね」

「アンゼリカさん、助かりましたわ。フローレンスさん達のことも含め」

「いえいえ、貴方の嫁兼ライバルですから。それに相応しい行いをしたまでです」


 言って、アンゼリカはまたも手慣れた動きで天井裏に潜んでいく。


 ──アンゼリカさん、その隠れ方はわたくしに相応しいんですの? わたくし、それと相応しい感じなんですの?


「ん、私も負けていられないね」


 天井裏に消えていくキャットガールを見上げるルシエラの横、負けていられないとミアが発奮する。

 ツッコミたい所は山ほどあるが、今それをしている時間はない。ルシエラは天上を見上げていた視線を戻し、気持ちを引き締め直す。


「お二人共、この階が蜜浸しになる前に急ぎますわよ。……それとフローレンスさん」

「な、なによ……?」

「覚悟、決めてくださいまし」


 きょとんとするフローレンスの返答を待たず、ルシエラは蜜が流れ落ちていない前方の階段を駆け上り、迷いなくその扉を開いた。

分かり難い展開を読みやすく修正しました

2023/12/30

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