10話 ウサミミランド7
「うぉぉぉぉ! 全身が、脳が、脳が痛てぇペコォ!!」
時計塔の大鐘の下、ピョコミンは遠吠えのような絶叫をあげ、大鐘の影の縁をなぞるようにカサカサと這いまわっていた。
「ふーっ、ふーっ! 溶ける、ピョコミンが溶け消えるぅぅ……! 早く、早く漆黒の世界樹本体に接続しねぇと!」
頭部の排熱板のスリットから蒸気と黒い影を噴出したピョコミンは、ジョッキに入った氷と錠剤を勢いよく頭部に詰め込んでいく。
「カァアァ民生品は効くペコォ! タマちゃん、氷とお薬なくなっちゃったからお代わり持って来て!」
ジョッキを掲げてタマキに催促するピョコミン。
だがタマキは屋上の柱の方を向いて自分の世界に入っていた。
「うわああああ! ボクやっちゃった! そりゃあミアちゃんに対しては思う所も言いたいことも沢山あるさ、でもさもう少しマイルドな言い方とかあるよねぇ! あれ完全にただの嫌な奴じゃんボクぅぅう!」
真っ赤な顔をしたタマキは柱に張りつくと、奇声をあげながら柱をポカポカと叩く。
「あーあ、あいつまたネガティブ入ってるペコ。昔っからその場では威勢のいいこと言うくせに、すぐ引きずって何度も脳内反省会おっぱじめるんだよなぁ」
「どうしよ、どうしよ! あああああああ、ヘルプミー! ヘルプミー! 時間よ巻き戻れ! どうして人生にはリセットボタンがついてないのさ! 不条理だよ!」
「たーまちゃん、二日前の事なんて忘れてそろそろ正気に戻ろう。寝て起きたら失敗なんて全部忘れるんだペコ」
「なんでボクは昔っからそうなんだよぉ。だからダークプリンセスと戦う時も毎回最後はミアちゃん頼りになっちゃってたんだよ。それなのに昨日みたいに調子乗ったこと言う? まるでジャイアントチワワじゃん! あー、やだやだ、やんなっちゃったヘルプミーヘルプミー!」
「はーっ、ピョコミンに残された時間はすくねぇってのに相変わらずしっかたねぇ奴ペコ」
ピョコミンは足元のジョッキを蹴り飛ばすと、チューブを影に差し込み、背負ったバックパックのボタンを押す。
途端、階段を上って来たバニーガールの一団がタマキを取り囲んだ。
「え、なになに。この人達なにしにきたのさ」
突然取り囲まれたタマキは、目をぱちぱちさせてバニーガール達を見回す。
「大丈夫、タマキさんは間違ってないよ」
「へ?」
「そうそう、悪いのはミアちゃんなんだからあれ位言わないと。むしろ毅然と言えて偉い」
「こんなことしてる理由は聞いてるよ。頑張ってるね、偉い」
「え、えへへ。そ、そうかな、リップサービス見え透いてるんじゃないかな」
口ではそう言いつつも、タマキは投げつけられる肯定の言葉に情けなく表情を緩ませる。
「ここまでは計画通りに進んでる! 大丈夫だよ、偉い」
「うううううっ!」
取り囲んだ少女達から次々と投げかけられる賞賛の言葉に体をゾクゾクとさせ、タマキはだらしない顔で身震いする。
「タマキちゃんがナンバーワン! タマキちゃんがやれば一番よくなるよ!」
「うーーっ! わかった、ボク……やる、やるうぅ!」
体を抱きかかえるようにしたタマキが、ゾクゾクとした自己肯定感に身悶えしながら叫ぶ。
「はーっ。タマちゃん、元気出たペコ?」
それを確認したピョコミンが大鐘の影の縁に張り付くようにして声を掛ける。
「あ、ピョコミン居たんだ」
「ピョコミンはいつもここに居るハメになってんだよォ! あの糞オブ糞な雇用主である仮面女のせいでなァ! ブラック企業もここまでじゃねえペコォ!」
「あはは……クロエさんが今のピョコミンは異常だから昔みたいに信用するなって言ってたけど、確かにこれは信頼できないぐらい周波数高いなぁ」
絶叫しながらブリッジのポーズをするピョコミンを見て、いつもの調子に戻ったタマキが苦笑いする。
「うっせ……ごぺええええ!」
それを見て憤ったピョコミンはタマキに体当たりしようとするが、その前に青い電流を放ってその場でのたうち回った。
「気持ち悪いうさちゃん、暴力はいけません。暴力はんたーい!」
懲罰用と書かれたケースに収納されたボタンを押しながら、両手でバツの字を作ったシャルロッテがやってくる。
「監査の人、大丈夫だった? あの生き物に噛まれてない? 毒や病気持ってたら危ないからお医者様に見せて消毒しないとだね!」
シャルロッテはバチバチと音を立てて痙攣するピョコミンを一瞥もせず、タマキへと駆け寄って心配する。
「え、うん、ボクは大丈夫だけど」
「そう、良かったね。あと、ドーナツどうぞ。形変わってるけど美味しいよっ」
戸惑うタマキに満面の笑みを向け、シャルロッテが蓮根ドーナツを手渡す。
その拍子にボタンがうっかりまた押され、後ろでピョコミンがバチバチと青い火花を散らすがシャルロッテは一瞥もくれない。
「あ、ありがと」
タマキはその様子に若干引きつつもドーナツを受け取った。
「ねえねえ、監査の人。浮かない顔してるけど何か悩みとかあるの?」
ドーナツを頬張るタマキは警戒の視線を向けるが、キラキラした瞳でじっと見つめてくるシャルロッテに根負けして渋々口を開いた。
「……あのさ、ヴェルトロンのお姉ちゃん。結構酷いことしてるよね」
タマキは屋上の縁に腰掛け、シャルロッテがその横に並んで腰かけた。
「そう思う、私って酷いねっ」
「自覚あるのにそんなことしてるんだ。酷いことしてるなって後で後悔しない?」
シャルロッテは語るタマキの表情見て、少しの間真剣な顔で思案していたが、
「しないよっ☆」
いつも通りの笑顔で明るくそう言った。
「あ、あはは、割り切ってるなぁ。……ボクさ、今まで自分の居場所だと思ってた場所が急になくなっちゃったんだ。それで、新しい居場所に居続けるためには、自分的には卑怯だなって思うことを求めらてるんだよ」
「そっかー。監査の人はそう言うことしたくないんだ」
「そりゃあ、そうだよ。平気でできるなら浮かない顔してないよ。おまけに友達にも酷い態度取っちゃって自己嫌悪してる。でも、ヴェルトロンのお姉ちゃんならするんだよね?」
俯いてとつとつと語るタマキ。
シャルロッテはその姿に優しい眼差しを向けていたが、
「するよ。大事なものにだって優先順位があるから。自分の居場所、無くなったら迷子になって困っちゃうもんね」
パチンと指を鳴らし、満面の笑顔を作ってそう回答した。
「それで周りの人を蹴落としても?」
「気にしなーい、自分が幸せじゃないと他人に優しくなんてできないよ」
迷いなく言うシャルロッテ。
タマキは苦笑いを浮かべながらシャルロッテを見ていたが、
「優先順位、大事なもの、そっかそうだよね。……なら自業自得だよね」
再び俯き、反芻するようにそう呟いた。
「わかった。ありがとう、ヴェルトロンのお姉ちゃん。ボクも覚悟決めれそうだよ」
タマキは暗い決意を宿した顔で立ち上がり、胸につけた変身用ペンダントに手を当てようとする。
その時、外から勢いよく打ち込まれたボールがタマキを大きく吹きとばした。
「うぎゃっ!?」
タマキは情けない声をあげて尻餅をつくが、事前に魔力調律されていたのが幸いして尻餅だけで済んだ。
「わわっ、監査の人大丈夫!? 時計塔が急に最前線みたいになっちゃった」
シャルロッテが慌ててタマキを引きずって助け起こす。
その間にもボールやら、お玉やら、しゃもじやらが次々と塔目掛けて飛来する。シャルロッテはタマキを奥に避難させると、床を這うようにして下の様子を確認する。
「あーっ、ルシエラだーっ! 校内の備品で遊んでる! 悪い子! 私苦情言ってくるねっ!」
そして、その犯人がルシエラであることを突き止めると、眉尻を吊り上げて勢いよく時計塔の外壁を駆け下りていく。
その背中を見送るタマキ。そこにピョコミンがカサカサと近づいてくる。
「タマちゃん、ようやく覚悟決まったペコ?」
「…………うん、決まったよ。やろう」
冷たく暗い表情で頷くタマキ。
「そいつはよかったペコ。何しろタマちゃんがその気になってくれないと、ピョコミンは危うく死ぬところだったペコからねぇ」
そう言ってピョコミンが邪悪な笑みを浮かべる。
その体を繋げる金属板の隙間から黒い影が触手のように蠢いていた。
分かり難い展開を読みやすく修正しました
2023/12/30




