10話 ウサミミランド4
翌日、港の倉庫の上に陣取ったルシエラとナスターシャは、丘の上に見える時計塔へと魔法攻撃を仕掛ける準備をしていた。
魔法少女アルカソルことタマキが監査と称して時計塔を防衛している以上、観測魔法の核はあの大鐘の近辺にあると見てほぼ間違いない。
例え違ったとしても、少女達のバニーガールスイッチを司るあの大鐘を無力化できれば、ルシエラ達の行動制限はかなり緩くなるはずだ。
「ナスターシャさん、狙えそうですの?」
「流石にこの距離では五分五分じゃの、本来なら遠見の魔法やらで狙いを補正していく距離じゃ」
倉庫の屋根に増幅の魔法陣を書き込みつつ、渋い顔のナスターシャが答える。
この倉庫から丘の上の時計塔まではかなりの距離がある。完全に狙撃の世界であり、スコープ代わりの補助魔法を使わねば精密な攻撃は難しい距離だ。
特に今回の場合は観測魔法を破壊するための解呪術式を直に飛ばす予定、放てばそのまま飛んでいく魔法の矢などよりも難易度は高い。
「補正魔法を使ってしまえば、観測魔法でこちらの動きが察知されてしまいますわ」
「ほ、アルカソルとやらはそれほどの難物か」
「うん。タマちゃんならこの距離は絶対に外さない、かな」
ナスターシャの皮肉を、双眼鏡で時計塔の様子を窺っているミアが首肯する。
わざわざリスクを冒してまで狙撃を行う理由、それは時計塔に常駐しているであろうタマキの反撃を恐れてのこと。
何しろ向こうは観測魔法による制限がない。観測魔法で魔法反応を捕捉されれば、反撃で手痛いダメージを追うのは間違いない。
「ふん、こちらにばかり制限を課されるのは面白くないのう」
ナスターシャは文句を言いながら、増幅の魔法陣を入念に描いていく。
「うむ、こちらの準備は終わったぞ」
「それではの合図と同時に発動をお願いしますの。そうしたら、成否を確認する前にこの場を離脱しますわ」
ルシエラは倉庫の下に居るフローレンス達に手で合図をし、フローレンス達が撤収の準備を始める。
「ん、今の所はタマちゃんの気配はないよ」
「ナスターシャさん、お願いしますわ!」
ルシエラとミアはナスターシャに合図をすると同時に倉庫の屋根から飛び降りる。
ナスターシャも魔法を発動すると同時に屋根から飛び降り、フローレンス達と揃って港を駆け抜けていく。
直後、倉庫の屋根に紅い閃光が走り、倉庫が真っ二つに両断された。
「うおお、やべぇ! 倉庫が真っ二つにされたです!」
「これだけの距離を取ってたのも納得ね! 姉さん、観測魔法は破壊できたの!?」
「……いや、失敗じゃ」
物陰に隠れて事の成り行きを見守っていたフローレンス達に、合流したナスターシャが不機嫌な顔で首を横に振る。
「姉さん、まさか狙いを外しちゃったの!?」
「心外じゃな。妾の狙いは完璧じゃが」
「それでも、シャルロッテさんの読みが上回っていただけのことですわ」
忌々しげにそう言って、ルシエラが空を見上げる。
丁度、倉庫と時計塔の間辺りの空には、紅い魔法陣が展開されていた。
時計塔の大鐘を狙えて、逃げるための遮蔽物がある場所は多くない。ここから攻撃を仕掛けてくるのは向こうも想定内だったということらしい。
──だとすると、タマキさんの反撃で終わりとは考えにくいですわ。
「急ぎこの場から離れましょう。シャルロッテさんが何かを仕掛けてくる恐れがありますわ」
ルシエラの予想通り、港に取り付けられたスピーカーから、シャルロッテの声が聞こえてくる。
『生徒の皆さん、生徒の皆さん、特別実習のお時間です。港に居るウサミミを着けない不良さんを捕まえましょう。見事捕まえた子には花丸と単位をあげちゃいます』
放送が流れて間もなく、辺りが騒然とし始める。
「居たわ、不良よ!」
「うーさー! 捕まえろー!」
「単位だ、単位をよこせー!」
そして右から左から押し寄せるバニー津波。
「ルシエラ、こっちにはバニーが居るわ!」
「こっちの道にも迫ってきてるです!」
ルシエラ達は時計塔から見えぬよう隠れつつ、次々と襲い来るバニーガール達から必死に逃げる。
「これでは場所を変えてもう一度魔法攻撃をする暇もありませんわ」
「どうする、一度魔法でバニーガールを蹴散らすかの?」
「えと、そうすると魔法の耐性持たれちゃう。あのウサミミ、漆黒の世界樹の一部だから」
「本当に難儀な魔法を作ってくれたのう!」
それでもルシエラ達は何とかバニーガールを撒き、逃げ込んだ建物の中で一先ず安堵する。
その時、再び放送が流れた。
『うーさー! 不良ども、不良ども! こちら風紀委員! ウサミミを着けない悪童を風紀委員は絶対に許しません。よって、これよりグラウンドで不良どもの私物の処分を執り行う! お前達が着れる服はバニースーツ以外ありません!』
「……な、なんですと!?」
スピーカーから聞こえてきた謎の宣言にルシエラは目を丸くする。
「私物の処分だって」
「た、確かにわたくしの荷物は部屋に置きっぱなしでしたけれど!」
嫌な予感をひしひしと感じたルシエラ達は、グラウンド付近まで急行し、器具庫の影に隠れて様子を窺う。
そこには多数のバニーガールが集合し、バニーガールの輪の中心にはルシエラ達の荷物が入ったトランクがあった。
「あ、あれは紛れもなくわたくしの荷物!」
「待って、私のトランクもあるんだけど!?」
「セリカ愛用のぬいぐるみもあるですよ!」
動揺する一同の前、ルシエラ達が隠れていることを見越したバニーガールが口を開く。
「うーさー! どこかで隠れているか、不良ども! これよりお前達の荷物を順次処分していくっ!」
「うーさー!」
クラス委員長の宣言と同時、周囲を取り囲むバニーガール達が胸を揺らしてバンザイジャンプする。
「まずは……パーンツ!」
「うーさー!」
「ぎゃああああ!? あれわたくしのっ……!」
思わずルシエラがが絶叫しかけ、ミアが慌てて口を塞ぐ。
赤面するルシエラの目の前、ルシエラのパンツがロケット花火に括りつけられ、パシュっと音を立てて天高く飛翔。パンツが空に大輪の花を咲かせた。
「邪悪ですの、悪逆ですの、悪辣ですのっ……!」
平然と行われる非道な辱めにルシエラが涙目になる。
「お次は、ブラジャー!」
「ちーさー!」
「う、うっさいわね! ちゃんとうさうさ言いなさいよ! 胸の大きさなんて人それぞ……!」
「フローレンス、落ち着けです!」
顔を真っ赤にして反論しかけるフローレンス。その口をセリカが慌てて塞ぐ。
その目の前、フローレンスのブラがロケット花火によって打ち上げられ、またも空に大輪の花を描いた。
そして、ルシエラ達の荷物が次々と空に打ち上げられていく。
──思っていた以上に精神的にダメージを受けますわね。
挑発交じりの私物公開処刑に歯噛みする一同。
そして、
「次はぬいーぐるみ!」
「うーさー!」
次のターゲットにクマのぬいぐるみが選ばれた時、セリカの頬に一筋の涙が伝った。
「せ、セリカさん?」
「あれ、思い出いっぱい詰まった大事な奴です。あれも打ち上げられて爆破されるですか、こんなお別れですか……」
セリカはこの世の終わりのような顔で打ち震える。
「……まだ間に合いますわ。取り返しましょう」
その絶望的な顔を見て、ルシエラは反撃を決意する。
こんな所まで持ってきているぬいぐるみなのだ。セリカにとっては余程大事なものなのだろう。
それに我慢の限界なのはルシエラも同じだ。
「ルシエラ、いいですか」
「ここまで好き放題されて見過ごせるほど人間ができていません、バニー達には少し痛い目見てもらいますの。ミアさん、セリカさんのフォローをお願いしますわ」
「ん、わかった」
ミアが頷いたのを確認し、器具庫からボールを取り出したルシエラが先陣を切って走り出す。
「プランは単純、真っすぐ荷物まで突き進んで、そのまま突っ切って離脱ですの!」
「出たぞー! 不良だー! ウサミミを着けて教育しろっ!」
それをウサミミを手にしたバニーガール達が迎え撃つ。
ルシエラはボールを投げつけ、手に持ったウサミミを弾き飛ばすと、タックルで道をこじ開ける。
「今ですの!」
跳ね返ったボールをキャッチして、別のバニーに投げつけつつルシエラが合図をし、その隙に走り込んだミア達が手早く荷物を回収する。
それを見届けたルシエラは、すかさず落ちていたロケット花火を拾い上げ、牽制として時計塔に向けて発射、残りのロケット花火も点火する。
時計塔に放ったロケット花火は丁度いい所に当たったらしく。大鐘がゴゥンと音を立てた。
暴発するロケット花火にバニーガール達は大混乱を起こし、その隙を衝いてルシエラ達は離脱。
なんとかタマキとシャルロッテが駆けつける前に逃げ切ることに成功する。
「はあっ、はあっ……。今回はなんとかなったけど、どうすんのよ。こんな嫌がらせ何度もされたら堪ったもんじゃないわよ」
かくして、最初に隠れ忍んでいた建物に逃げ戻り、荷物を抱えたまま息を切らせたフローレンスが言う。
「ほ、お主の場合は服が燃えただけじゃろ。妾のように脱げばいいだけの話じゃろ」
「姉さんはいいわよね、最初から裸なんだもの、荷物大公開の辱めなんてへっちゃらでしょ!」
「うむ、妾の度量を大いに見習うがよい」
自慢気に胸を張るナスターシャ。
「私は嫌味を言ってるの、お願いだから理解して!」
全く嫌みの通じないナスターシャの姿に、フローレンスは頭を抱えた。
「でも、このままだとマジでジリ貧ですよ。バニーどもの嫌がらせを受け続けるだけです」
無事回収したクマのぬいぐるみを抱きしめつつ、セリカが困り顔をする。
「そうですわね。こうなってしまった以上、直接時計塔に乗り込んで、観測魔法の核となっているものを破壊するしかありませんわ」
「直接乗り込むのはいいけど、魔法なしでも壊せるわけ?」
「ええ、観測魔法も漆黒の世界樹同様、何らかの物体を起点としているはずですの」
フローレンスの問いにルシエラが頷く。
核のないもの、核のあるもの、結界系の魔法は大きく二つに分類される。
核のないものは核を壊されて無力化される心配はないが、代わりに結界のどこからでも魔法で解除される恐れがある。
核のあるものは核が壊されればそれで瓦解するが、代わりに核さえ無事ならば結界自体を壊されてもすぐに修復できる。
タマキが時計塔に留まって観測魔法の警護をしている以上、観測魔法は核のあるタイプであり、時計塔近辺にその核があるのは間違いないのだ。
「でも、アルカソルと直接戦いたくないから、さっきは姉さんに攻撃してもらってたですよね。対処できるですか?」
「ん、そこは私が何とかする。どの道、私はタマちゃんと向き合わないといけないから」
ミアはルシエラを一瞥しながらそう言って、決意するように力強く自らの胸を叩いた。
「ふむ、時計塔に突入した後はそれでよいとして、問題はしいたけまなこ達の妨害を掻い潜って突入する方じゃろ」
「そちらは皆さんの協力が必要ですわね。幸い、今回の一件で突破口は見えていますわ」
「なんじゃ、あの流れでそんなものがあったかの?」
腕を組んで小首を傾げるナスターシャ。
「実はわたくし、さっきのどさくさに紛れてロケット花火を発射していましたの。そして、ロケット花火は見事時計塔の中で弾けましたわ」
「つまり……それがどうしたです?」
「それはつまり、物理攻撃ならば通じると言うこと! 今こそわたくしの工作スキルを活かす時ですわ!」
唖然とする一同の前、目をキラキラと輝かせたルシエラは、回収した荷物から取り出したトンカチを高らかに掲げるのだった。




