10話 ウサミミランド1
第二話 ウサミミランド
格式高いホールに照明魔石が蛍のように飛び交う中、イブニングドレスを着たアンゼリカは余所行きの笑顔で有力者達と談笑を繰り返していた。
「流石はアズブラウのご令嬢。宰相殿が女王代理に推したと言う噂も真実なのではと思ってしまいますわ」
「口がお上手ですこと、私の如き若輩者が女王なんてとてもとても。……ただクロムウェル家には我がアズブラウと共に、魔法の国の要としての活躍を期待しております。その時が来たのならば是非ご助力を」
「勿論、喜んで」
気品ある令嬢はたおやかに微笑み、アンゼリカと握手をして立ち去っていく。
「やれやれ、地球の諺で言えば狐と狸の化かし合いですかねぇ。あるいはこの会場自体が魔法の国の魑魅魍魎巣くう百鬼夜行って所でしょうか」
今夜のパーティで会うべき相手との会話を一通り終え、アンゼリカは会場の隅でノンアルコールカクテルを片手にひとりごちる。
気疲れはしたが収穫はあった。動かれると厄介な相手に釘を刺すことができたし、今繰り広げられている王位継承戦が一部の者以外には噂の領域を出ないものだと再確認できた。
それは恐らく仮面宰相が自由に横槍を入れるため、自らの手が行き届く範囲で秘密裏に行っているのだろう。
──そもそも、タイミングも勝利条件も怪しいんですよね、この争い。
他の女王候補達に認められた者が次の女王として即位する。それがクロエが告げたこの女王争いのルール。その認められたと言う部分が曲者なのだ。
プリズムストーンと女王が持つペンダント、王座のシンボルであるこの二つを揃えれば他の候補は押し黙って認めざるを得ないだろう。故にシャルロッテはそれを求めている。
逆にその二つが揃わない限りプライドの高い御三家が同格以下である他家の即位を認めるとは思えない。つまり、失われたプリズムストーンとペンダントを回収する。最初からそれ以外に女王となる道が存在しないのではないだろうか。
だとすれば、この王位継承戦の目的はプリズムストーンとペンダントの回収。つまり、クロエは女王の座よりもその二つの方が大事だと考えていることになる。
──まあいいです。私のゴールはルシエラさんとバージンロードですからね。会いたくないお客様に会う前に帰るとしましょうか。
壁の花になって考えていても答えが出る話ではない。
空になったグラスを物体転移で返却し、アンゼリカはパーティホールを後にする。
「あら、久しぶりねアンゼリカ」
ホールを出たアンゼリカが中庭に差し掛かった頃、背後から陽気な声が聞こえ、唐突に魔力の刃が振り下ろされる。
アンゼリカは右足を軸にして素早く振り返ると、虚空から引き抜いた杖でその刃を弾き飛ばした。
「はぁ。カミナさん、出会い頭に不意打ちしてくるの止めてくれませんか」
アンゼリカはため息混じりに振り返ると、レタス色の髪をした少女を睨みつける。
月夜に日傘を差して愉快そうに笑っている彼女こそ、アンゼリカが今日会いたくなかった相手。
カミナ・グリュンベルデ。御三家の緑グリュンベルデの次期当主である彼女は、シャルロッテとは別方向に厄介で面倒な人物なのだ。
「まあ、不思議。不意打ちにならないよう挨拶から入ったはずなのだけれど」
「挨拶前に攻撃態勢入ってましたよね。わかりますからね、私。加えて、カミナさんの不意打ちは戯れでなく普通に人が死ぬ軌道通ってますよ」
「うふふ、神童様にはお見通しね。でも、私もそんなアンゼリカだから不意打ちするのよ。 弱い子に後ろから斬りつけて真っ二つにしちゃっても可哀想なだけ、お互い不幸な事故になってしまうでしょう」
カミナは日傘をくるりと回して悪戯っぽく笑ってみせる。
「私、一応青の次期当主ですからね。そんな不意打ちで万が一死んだり大怪我したら大問題ですよ、アズブラウの私兵が大挙して報復に行っちゃいます」
「それは困るわ。弱い者虐めは趣味ではないし、何よりその程度でアンゼリカが死んでしまうのなら失望でしょう?」
わざとらしく首を横に振ってため息をつくカミナ。
「女王争いの最中だって言うの相変わらずですねぇ。緑のお家の人が泣きますよ」
アンゼリカはそれを見て心底呆れ果てる。
彼女に会いたくない理由がこれだ。魔法の国でも屈指の戦闘力を持つ彼女は、アンゼリカを全力遊んでも壊れない相手としていたく気に入っている。
彼女に出会う度、ストレス発散の玩具にされてしまっては面倒なことこの上ない。
「その点については心配ご無用。私はこの女王争いに不参加、それがグリュンベルデの意向よ」
「御三家が緑、グリュンベルデはアルマに仕える巫女を始まりとする。故に野心抱かず常に女王の影であり続ける、でしたっけ? 真面目ですねぇ」
「うふふ、そんな殊勝な心掛けではなくて単なる意固地なプライドよ。それに皆諦めているの、私が女王になれると思っている人間は我が家に居ないのではないかしら」
カミナは口元に手を当て、含みのある表情でくすくすと笑う。
「はぁ、コメントに困る発言は控えてくれません?」
「あら、失礼。でも大丈夫、私がアンゼリカに求めていることは、ストレス発散の遊び相手になってくれることだけ。気の利いたコメントは不要よ」
「全く大丈夫じゃないんですが。暴力の祭典がしたいなら未開の異世界で一生ピクニックでもしててください、きっとカミナさんなら大いにエンジョイできますよ」
「まあ愉快な提案ね。そんな素敵な場所があるのなら是非ともご招待願いたいわ、そこの会費は如何ほどかしら」
──御三家、本当にロクな人材が居ないですねぇ。
いつも通りかつ予想通りな彼女の様子に、アンゼリカは相手にしていられないと踵を返す。
「あら、つれないわねアンゼリカ。もう帰ってしまうなんて寂しいわ。せっかくだから私と一緒に一曲踊っていきましょう。曲は剣戟に任せる方向でいかがかしら」
「嫌です、相手にしてられません。カミナさんと一緒に居ても不利益しか被りませんし」
「うふふ、それは心外な物言いね。私でも貴方にとって有益な……まあ大変、アンゼリカにとって有益な話題なんて何かあったかしら」
カミナは顎に人差し指を当てて暫し考え込んでいたが、
「そうね、それならヴェルトロンが女王候補を変えようとしてるって噂はご存じ?」
「……どういう意味ですか」
アンゼリカが足を止めて振り返り、カミナが嬉しそうに微笑んだ。
「シャルロッテが何かの企みをしてたことが現当主の耳にも入ったらしいの。ヴェルトロンは元々の立場が微妙でしょう、だからこれ以上失点をしないうちに選手交代する心積もりではないかしら」
「でも変えると言っても誰が……」
言いかけてアンゼリカは即座に思い至る。
居るではないか、ヴェルトロンにはもう一人。誰よりも女王の座を求めているシャルロッテが、例外的に喜んで女王候補の座を明け渡すような相手が。
──マズい、これにクロエさんが一枚噛んでいるとすれば間違いなくマズいです。これを利用して最低の企みをしてくるはず。
アンゼリカの頬につうっと冷や汗が流れる。
ヴェルトロンの候補交代を先んじてクロエが承知していて、その上でルシエラを再起不能にするためにシャルロッテを捨て駒としていたのなら。
何より、シャルロッテがそれを承知しているとしたら。この条件下でのシャルロッテは付き合いの長いアンゼリカでさえ行動が読めない。
「そうそう、公正な王位継承戦のため、私は観測魔法の監視を頼まれているのだけれど、女王が作ったとされる失伝禁術が再現されていたわ。邪悪で面白いわよね、あの魔法」
「クロエさん、あんなものまで出しましたか! 感謝します、珍しく有益な情報でしたカミナさん。私、ちょっと急ぎの用事ができました」
とすればもたもたしている暇はない。急いでルシエラの所へ駆けつけなければならない。
アンゼリカは再びカミナに背を向けて駆け去ろうとする。
「お待ちなさい。私はアンゼリカの望み通り有益な情報をあげた、だからその対価は支払うのが筋と言うものよ。違って?」
だが、カミナがその行く手を遮った。
「戦えってことですね。ああ、もう、そう言う人ですよね、カミナさんは」
アンゼリカは小さく舌打ちして杖を構えると、ドレスとヒールが動きの邪魔にならないよう魔法で手直しする。
「ええ、私はそう言う人。嬉しいわ、やる気になったアンゼリカと遊べるなんていつ以来かしら。胸が高鳴るわね」
対するカミナは虚空に日傘を差しこんで、日傘の代わりに身の丈ほどもある大剣を引き抜いた。
「急ぎの時に貴重な時間割くんですから、この情報以外にも埋め合わせはしてくださいよ」
「勿論、緑のグリュンベルデの名において約束するわ。だから存分に愉しみましょう」
「嫌です。当然、瞬殺しますんで」
二人は揃って一足の間合いに踏み込み、杖と大剣が魔力を散らして交差した。




