9話 バニーハザード3
その日の夜の校舎、消灯時間を待って部屋を抜け出したルシエラは壁に張りつきながら息を潜めていた。
「皆さんが寝静まっているうちに急ぎ観測魔法の発生源を見つけ出すといたしましょう」
「そうだね」
ルシエラは軽く頬を叩いて気合を入れると、眠気覚ましに村から送られてきたミントを食む。
シャルロッテの悪巧みを未然防ぐには観測魔法の発生源を破壊するのが最善。魔法を使える状態になって実力行使でお帰りいただくのが一番手っ取り早い。
「ただ見回りの方々はまだ起きているはず。くれぐれも見つからないように気をつけましょう」
「不純同性交友疑われちゃうからね」
「……それはミアさんの立ち振る舞いによる所も大きいのではありませんこと?」
「性欲は人間の三大欲求の一つだから、ね」
呆れ顔をするルシエラなどどこ吹く風、ミアは挑発するように自らの胸元のボタンを外して胸とブラを露出させてきた。どうやら完全に言い逃れができない形をご所望のようだ。
「…………」
──あえてはツッコみませんわ。他の方に見つからなければいいだけの話ですもの。
果たすべきミッションの内容は何も変わらない。
ルシエラはそれをスルーして真面目な表情を作ると、くっついたミアを引きずるようにして夜の校舎を探索していく。
と、遠くの方からこつこつと足音が聞こえ、辺りを探るように三筋の光がちらちらと揺らめいた。
「しっ。ミアさん、見回りが来ましたわ」
ルシエラは小声でそう言うと、ミアを抱きかかえるようにして物陰へと隠れる。
足音は徐々にルシエラ達へと近づき、それに伴って話し声も聞こえてきた。
「あーあ、嫌だなぁ。夜の学校ってどうしてこんなに雰囲気あるんだろ、後どこを回らないといけないんだっけ?」
「この後は時計塔の周りと、外にある器具庫の点検だね」
「外もぉ? せめて実習中は夜も灯りつけておいてほしかったなぁ」
──あの声、やはりクラスの委員長さん達ですのね。
聞き覚えのある声にルシエラは物陰から廊下の様子を窺う。
そこに居たのはやはりクラスの正副委員長と風紀委員の三人。彼女達は頭につけたウサミミをぴょこぴょこと可愛らしく揺らしながら、魔石の懐中電灯片手に見回りをしていた。
──…………うさみみ?
ルシエラは点になった目をゴシゴシと擦って再び廊下の様子を確認する。
やはり委員長達三人の格好は頭にウサミミ、黒いエナメルのバニースーツ、網タイツにハンドカフスとハイヒール。どこからどう見てもバニーガールだった。
「……ほああっ!? その恰好はなんですの!?」
──あっ! しまったですの!
慌てて口を押さえるが時既に遅し、叫び声に気がついた三人が一斉に懐中電灯を向けなおし、
「あ、ルシエラさん! こんな時間に何してるの!」
声の主がルシエラであると確認すると鬼の形相で一気に詰め寄った。
「こ、こ、こ、こんばんはですのっ! 夜のお散歩楽しいですわね、ミアさん!」
「そうだね」
逃げ場を失わぬよう慌てて物陰から飛び出したルシエラは、上ずった声でミアに同意を求め、ミアがいつも通りマイペースに同意する。
「そんな露骨な言い訳は通用しません! それにその恰好!」
──ぎくぅ!
そこでルシエラはミアのはだけた胸元を思い出す。こんな姿では隠れて淫行していたようにしか見えない。
痛恨、ルシエラあまりに痛恨のミス。ここからの対処を誤れば、明日からの自分は針の筵で踊り続けるクラスの道化になってしまう。
「こ、このミアさんの格好は……」
冷や汗をダラダラと流しがら、ルシエラは必死に会心の言い訳を探す。
「ミアさんも酷いけどもっと酷い格好なのは貴方の方でしょう!」
だが、委員長達の追及はルシエラの予想だにしていないものだった。
「はい?」
──この中では間違いなくわたくしが一番まともな格好では?
思いもよらぬ言葉にルシエラが小首を傾げる。何しろ他は大きく胸元のはだけた制服姿のミアに、残り三人はバニーガール。
対してルシエラはアレンジもなく制服を普通に着ているだけ、どう考えてもまともなのはルシエラの方だ。
「胸もおへそも見せてない、ヒップラインも分からない、それどころか鼠径部すら出ていない。貴方そんな服を着ていて恥ずかしくないの!?」
「えっ、えっ、えっ?」
だが、委員長達はそんなルシエラこそが間違いだとでも言うように、ルシエラをビシバシ指さしながらダメ出しをしていく。
「もう! こんなはしたない格好、クラスメイトどころか同性として許せない! 委員長権限でルシエラさんの服装を学生として適切なものに変更しますっ!」
「異議なーし!」
三人のバニーに取り囲まれるルシエラとミア。
「て、適切な格好って何ですの? まさか皆さんの着ているそれが適切だとでも……」
「当然適切ですっ! バニースーツこそ学生のあるべき姿! 健全な心が養えるよう、ルシエラさんのは特別にハイレグの角度も食い込みもキツめにします!」
「ひええっ!?」
とんでもない宣告をされ、飛び上がって驚くルシエラ。
──無理、無理、無理ですの! それは流石にインポッシブルですのっ! そんなのはナスターシャさんにお願いしてくださいましっ!
「ルシエラさんのハイレグバニー……凄く見たい」
はふと艶っぽい吐息を漏らし、うっとりとした顔で呟くミア。この場にルシエラの味方は居なかった。
そうこうしているうちにも、じりじりと間合いを詰めてくる三人。
半ばパニックとなり目をぐるぐると回しながらも、ルシエラは必死に脱出のタイミングを測る。
魔法の使えないこの状況下、離脱のタイミングを誤ればルシエラの尊厳はウサギ色に染められてしまう。
「さあ、生徒指導室に行きますよ! そこにウサミミもありますからね!」
「しょ、消灯時刻も過ぎているので次の機会にいたしますわ!」
捕まえられる寸前、三人の隙間を縫ってルシエラが脱兎の如く逃げ出し、それにくっついたミアも駆け去って行く。
「あっ! 待ちなさい!」
「断固拒否ですのっ!」
観測魔法の発生源を探すどころではなくなったルシエラは、バニー達を撒くため校舎中を縦横無尽に駆けずり回る。
しばし追いかけっこをした後、何とか自室に逃げ戻ることに成功すると、二人は入り口にバリケードを築き上げて夜を明かすのだった。




