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9話 バニーハザード2

 旧校舎に到着すると既に他の生徒達は整列していた。

 ルシエラ達はさりげなくその中に混ざると教師の挨拶を聞き始める。そして、その終わり際に思わぬ人物が現れた。

 赤い髪の揺らして現れたその少女は、いつも通りキラキラ輝く瞳でルシエラにウィンクすると、何食わぬ顔で壇上へと上がっていく。


「はじめまして、今回特別講師として招かれたシャルロッテです。ようこそ魔法の世界へ、魔法を扱う以上今日から甘えは通用しません。常に魔法を使う者としての責任を自覚して立派なドーナツ職人になってください!」

「ぶふーっ!?」


 ──な、なんですとっ!? 特別講師? ドーナツ職人? やっぱりあれシャルロッテさん本人ですのっ!?


 予想だにしないシャルロッテの登場。ルシエラは青ざめた顔で視線だけをナスターシャ達の方へと移す。

 見ればナスターシャ達もあんぐりと口を開けてシャルロッテの挨拶を聞いていた。どうやら彼女も特別講師としてシャルロッテが来るとは知らなかったらしい。


 ──マズいですわ、アクシデントですわ、クライシスですわ。トラブルの予感しかしませんのっ!


 ルシエラは冷や汗混じりでシャルロッテがここに現れた理由を考える。どう考えても狙いは自分、あるいは王位継承戦にまつわる何か以外に考えられなかった。


「ルシエラさん。顔色悪いけれど大丈夫?」


 動揺するルシエラの様子を見て、心配したクラス委員の少女が小声で尋ねる。


「え、ええ。ちょっと、船に揺られたせいか調子が悪いんですの……」

「あー、山育ちって言ってたもんね、整列に遅れたのもそれが原因だったんだ。医務室は右の校舎の中にあるからね、管理してる魔法総省のお医者さんが居るはずだよ」

「あ、ありがとうございますわ。ミアさん、一人では心許ないので帯同してくださいまし」

「わかった。連れて行ってくる、ね」


 ルシエラは世話焼きな委員長にお礼を言うと、力ないふりをしてミアの肩を借り、列を後ろに抜けて医務室へと向かう。


「ナスターシャさん、何がどうなってますのっ!?」


 そして開口一番、ルシエラの様子に気がついてやって来たナスターシャにそう問い詰めた。


「妾が逆に聞きたいのじゃが。妾が打倒しいたけまなこに燃えておるのは知っておるじゃろ。あの悪辣なしいたけまなこが来ていると知っておったら、妾は完全武装した上で不意打ちを狙うに決まっておる。じゃのに現状装備が足りぬ、装備が!」


 しかし、対するナスターシャも焦りと怒りを滲ませた声音でルシエラにそう言い返した。


「えと、不意打ちはどうかと思うけど」

「やっほー盛り上がってるねぇ! ルシエラさんも体調不良の割りに元気だね、仮病かなっ? 見かけによらずワルだねっ☆」


 そんな三人を嘲笑うかのように、シャルロッテが軽やかに飛び跳ねながら医務室に入ってくる。


「な、シャルロッテさん! よくもまあいけしゃあしゃあと! 特別講師だと偽って何を企んでますの!」


 ルシエラはシャルロッテを睨みつけながらそう問いただす。


「わ、心外。偽ってなんてないよっ」


 一同がシャルロッテの動向を警戒する中、シャルロッテは人差し指をくるんと回して虚空から一枚の書状を取り出し、睨むルシエラに見せつけながら投げ渡す。

 ルシエラは受け取った書状を怪訝そうに読み進める。それはシャルロッテを特別講師として招く旨を(つづ)ったものだった。


「ナスターシャさん、これ本物だと思いますの?」


 一介の生徒であるルシエラにその真贋を見極めるられる由もない。

 だが生徒会長をしているナスターシャならばわかるかもしれない。そう考えてナスターシャへと書状を手渡す。


「む、むむむ……」

「信頼されなくて困っちゃう。それ本物だよ、この前魔法協会のおじさん達に貰ってあったんだ」


 うなるナスターシャの顔を覗き込むようにして、明るい顔のシャルロッテが手を振る。


「ナスターシャさん」

「……このしいたけまなこの言う通り、本物にしか見えぬ」


 穴が開くほど書状を確認していたナスターシャだったが、悔しさを滲ませながらもそう結論付けた。


「ねっ☆」


 シャルロッテはバンザイしながらぴょんと小さく跳ね、その大ぶりな胸を揺らしてみせた。


「むむぅ……! 貴方が正統な手順で特別講師として来たのは認めましょう、ですがその理由は何ですの。そこをはっきりしない限り信頼できませんわ」


 そうは言いつつも、ルシエラにはおおよその見当がついていた。

 ここにプリズムストーンに由来する物は何もない。ならば狙いはルシエラの持っているペンダントかルシエラ自身以外に有り得ない。


「勿論狙いはルシエラとペンダントだよっ。女王を決める争いに参戦しないよう、再起不能にしに来ましたっ☆」

「やっぱりですの! 先日も言いましたけれど、わたくしは女王の座に戻るつもりはありません。これだけ気ままに生きて今更戻れる訳がないでしょう、厚顔無恥にもほどがありますわ」


 予想通りの回答、いい加減にわかってくれとルシエラは胸に手を当てて力説する。


「でもねぇ。口ではそう言うけど、ルシエラって女王候補に対して注文の多い料理屋さんだよ。他人に任せる以上、全部思い通りになんて行くわけないのにあれもこれも女王に相応しくないって切り捨てちゃう。だから最後には自分が女王に戻るって言いだすと思うな」

「……む、そこは反省致しますの。でも総合的に見て女王に相応しいと思える方が居ればちゃんと祝福するつもりですわ」


 シャルロッテの言葉に思い当たる節の有ったルシエラは、少し気勢を弱めつつそう言い返す。

 かつての自分が女王として至らなかった自覚があるからこそ、次の女王は立派な女王になって欲しい。しかしシャルロッテの言う通り、そんなルシエラの理想を押し付け過ぎていたかもしれない。


「ぶぶーっ、信頼できませーん。だからちゃんと戻ってこないって意思表示の為にそのペンダントを私にちょうだい、そしたら認めて帰るから。そんでルシエラはドーナツ職人にクラスチェンジしちゃお☆」


 ぴょんと飛び跳ねて紙袋から取り出したドーナツを掲げるシャルロッテ。


「シャルロッテさんがダメなのはその態度ですの! その態度でどうして任せられますの! と言うか、何故挨拶の時からドーナツ職人が指定されておりますの!? わたくし達魔法学校の生徒ですわよ!」

「最高にお洒落な上級職だよ。私も美味しいドーナツ屋さんが増えれば嬉しい一石二鳥の提案です」


 ルシエラを挑発するように、掲げたドーナツを食べ始めるシャルロッテ。


「な・り・ま・せ・ん・のっ!」

「もぎゅっ、もぐもぐ、ん、やっちゃう? もきゅっ、バトルしちゃう? ごくんっ私はそれでも構わないよっ☆」


 ルシエラがびしりとシャルロッテを指さし、シャルロッテがドーナツを咥えたままシュッシュとパンチをする真似をして挑発する。


「ん、ルシエラさん落ち着こう。それシャルロッテさんの思うつぼだから、ね」


 ルシエラが実力行使に踏み切りそうな雰囲気を察し、ミアが絶妙なタイミングで機先を制する。


「ミアさん……。そうですわね、少し頭に血が上っておりましたわ」


 シャルロッテとルシエラの実力差は歴然、プリズムストーンの欠片を使ったとしても勝負にならない程だ。

 それを心得ているシャルロッテがルシエラとの真っ向勝負をするはずがない。冷静に考えれば裏がある。


「ピンクの人、余計なこと言うんだから困っちゃう。このまま魔法使ってくれればルシエラが元女王だって証拠ができたのに」

「なるほど、島中に妙な観測魔法が張り巡らされているかと思えば、それで証拠を掴む算段じゃったか」

「あれ、痴女の人分かるんだ?」

「ふん、こと魔力感知に関しては妾も厚着をしておるお主達に引けを取らぬつもりじゃからの」


 キラキラまなこを少し見開いて感心するシャルロッテに、ナスターシャがふふんと自慢げに胸を張った。


「この観測魔法、授業用ではなかったんですの!? シャルロッテさん、そんな手間暇かけるよりも女王となるべく研鑽すべきでしょう!」

「嫌です、するよっ☆ クロエ宰相のお墨付きだもんね」

「っ!」


 ──クロエ……あの方まで一枚噛んでおりますのね。あの方、昔からわたくしを嫌っておりましたものね。


 クロエの名にルシエラの表情が渋くなる。自らが宰相クロエに嫌われているのは、魔法の国に居た頃から知っていた。

 もっとも、女王時代のルシエラはミアに成敗される程度に悪童だったので嫌われるのも無理はないのだが。


「しかも、この結界はマジカルペット並みの魔力観測能力を持つ大規模観測結界だよ。どうルシエラ、ピンチじゃない? ペンダント渡したくなった?」

「なりませんわ。わたくしが本気で魔法を使わない限りわたくしの魔力は測れませんもの。加えてマジカルペットに気取られぬ程度に魔力偽装していても、わたくしはある程度戦えますわよ」


 ルシエラは手近にあった椅子を持ち上げて振り回すと、シャルロッテの挑発を鼻で笑って迎え撃ってみせる。

 魔力偽装時の戦闘力は既に入学の際に証明済みだ。ルシエラはピョコミンにゴミと罵られる程度の魔力量を偽装し、ネガティブビーストを粉砕してみせた実績がある。


「わ、いいの? いくら私でも魔力偽装したまんまのルシエラには負ける気しないねっ☆」


 それを見たシャルロッテがバンザイするようなポーズで威嚇し返す。

 しかし、シャルロッテの戦闘力はネガティブビースト如きとは比べるべくもない。それもまた事実だった。


「ぐむむ……」

「……ふむ、話は分かった。安心せよ、妾がこのしいたけまなこを粉砕すればいいだけの話じゃろ」


 悔しげにシャルロッテを睨むルシエラに代り、ナスターシャが邪悪な笑みを浮かべてシャルロッテへとにじり寄る。


「わ、え、なになに痴女の人止めよう? 暴力反対、ぼうりょくはんたーい!」


 シャルロッテは冷や汗混じりに後退すると、一目散に廊下を駆けて逃げ出していく。


「簀巻きにしてサーフボードにしてくれるわ!」


 ナスターシャはこれ好機とすかさずそれを追いかけていく。


「……ナスターシャさんのおかげでこの場は何とかやり過ごせましたわね」

「ん、気を付けないといけないね」

「ええ、迂闊に魔法が使えない以上、後手に回ってはこちらが圧倒的に不利。早めに手を打つといたしましょう」


 シャルロッテの特別講師と言う立場が正当なものである以上、明日からの授業でも好き放題ちょっかいをかけてくるのだろう。

 ならば今日のうちにご退散してもらうしかない、ルシエラはそう考えながら医務室を後にするのだった。

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