9話 バニーハザード1
第一話 バニーハザード
海沿いの街から少しだけ離れた小島を目指し、一隻の船が白波をかき分け進んでいる。
船が港に着くと、制服姿の少女達が続々と小島に上陸していく。その中にはルシエラとミアの姿もあった。
青空で海鳥達が鳴く中、ルシエラとミアは島の規模には不釣り合いなほど整備された港降り立つと、光を浴びてキラキラと輝く水面を暫し眺める。
それに満足すると、次は島の中心にある小高い丘にある建物、これまた島には不釣り合いなほど大きい魔法学校旧校舎を見上げた。
「魔法学校の旧校舎がこんな離れ小島にあるなんて不思議ですわねぇ」
「そうだね」
「入学時の歓迎列車でも言ってたじゃない、昔は魔法使いの卵を狙う誘拐とかが多かったって、その名残みたいよ。橋も架かってない島なら誘拐犯も簡単には入りこめないでしょ」
船から降りる学生達の最後尾、特待生と書かれた腕章をつけたフローレンスとセリカが降りてくる。
入学して早三か月、ルシエラの所属する初級クラスもここから本格的に魔法の実技を始めていくのだと言う。
そして、これから魔法使いとして踏み出す第一歩を伝統と格式あるこの旧校舎で行う。それがこの学校の恒例行事となっている、らしい。
「貸し切りの列車と言い、この魔法実習と言い、この学校割と行事にお金をかけておりますわよね」
入学時の列車を思い出し、ルシエラが感心しながら周囲を見回す。
かつてローズがこの国は優秀な魔法使いを多く欲していると言っていた。これほどの資金をかけているのならその言葉が本気であると納得せざるを得ない。きっとこの国は魔法によってさらに発展していくことだろう。
「おめーは既に凄すぎて全くわかってねーと思うですけど、この学校の生徒は初級クラス含めて将来を期待された才能ある生え抜きですからね。惜しみなく支援して、その分将来に活躍してもらうのを期待されてるです」
「有能な人材に対する先行投資ということですのね。それでも、初級クラスの魔法実習にこれほど手間とお金をかけているのは驚きですわ。荷車換算でお芋がどれぐらい買えるのですかしら」
「お芋換算は知らないけど、アンタ達のクラスは魔法の加減もできない初心者の集まりだしね。魔法を暴発させて街を吹き飛ばすより、案外この島の方が安上がりになるかもしれないわよ」
フローレンスが悪戯っぽく笑って言う。
「ん。島が吹き飛ぶこと、よくあるの?」
「まさか、一度もねーに決まってるじゃねーですか。少し歩けば魔法に触れるこの時代です、そんなヤベー魔力の持ち主、この年齢になるまでにどっかで見つかって、制御できるように無理やり訓練させられるですよ」
小首を傾げるミアに、ないないとセリカが手を横に振った。
「そうそう、そんな奴が居たらとっくに特待生になってるわよ。初心者クラスのやる特別魔法実習はあくまで形式的な奴、ようこそ魔法の世界へってセレモニーよ。逆に卒業間近になるといつもここで訓練してる魔法総省所属の軍人と実践訓練をするんだけど、そっちは結構荒れるんだって姉さんが言ってたわ」
「それをまだ二年生のナスターシャさんが知っているのは不思議な話ですけれど……」
フローレンスの言葉にルシエラは港の建物を窓越しに覗き込む。
かつては商店だったであろう間取りをした建物の机には島の地図が広げられており、その横には外部と連絡するための通信機、奥には長杖や魔法書などの入った箱が魔法で厳重に施錠されている。
さっきの話からすると、これらのものは学校の備品ではなく、魔法総省が平時に使っているものなのだろう。
「ま、チキンなフローレンスがわざわざ志願して来てる時点で安全だって察しろってことです」
「ふっふっふっ。当り前じゃない、こう言う努力は大切なのよ。安全な時に苦労を買って教師の評価を稼いでおけば、土壇場の窮地での手心に繋がるって寸法よ」
「ん、そこは土壇場にならない努力の方がいいと思う」
余裕綽々で笑うフローレンスに、ミアが的確なツッコミを入れた。
「なんだかお二人とも余裕ですけれど、今回に限っては制御できていない強大な魔力の持ち主が参加していますから、安全面には重々注意してくださいまし」
ルシエラはツッコミを入れたミアの肩を掴んでそのまま二人の前に出す。
途端、二人の表情がひくりと引きつった。
「い、いや……。先輩、まさかアルカステラの威力で暴発なんてしねーですよね?」
「って言うか、したら注意しようがしまいが止められないんだけど」
余裕の表情から一転、一瞬で真顔になる二人。
「えと、吹きとばしたらごめん、ね?」
「ミアっ! さっきのツッコミそのまま返すわよぅ! 吹き飛ばさない努力をしてちょうだい! お願いだからっ! ルシエラ面倒見てあげて、ご主人様でしょ!」
ルシエラの制服の裾を掴んだフローレンスが、ミアを指差しちゃんと面倒見ろと主張する。
「そうだね。私はルシエラさんの性的愛玩動物だね」
「ミアさん、どさくさに紛れて卑猥な台詞を口走るのは止めてくださいましっ! わたくし、クラスメイトに聞かれたら身の破滅ですのっ!」
手にした鞄を放り投げ、ルシエラは大慌てでフローレンスとミアの口を塞ぐ。
ご主人様も、性的愛玩動物も、聞かれたら一発アウトの発言だ。是非とも慎んでほしい。
「いや、おめーも大概に大声ですからね」
「全くじゃのう。海の上まで聞こえたのじゃが」
潮騒をかき分け、トラベルバッグを吊るした箒に跨ったナスターシャが呆れ顔で飛んでくる。
「まだ港に生徒が残っておるかと思えばお主達かよ。街の大時計を見た時点で結構な時間だったはずじゃが、丘の上にある旧校舎まで歩くのはそれなりに手間なのを理解しておるかの?」
「それはいいけど姉さん! 街の大時計って、まさかその恰好で街中飛んで来たんじゃないでしょうね!」
「学校から直接飛んで来た故当然この格好じゃが、何か問題があるかの?」
ルシエラの手を退けて詰め寄るフローレンスに、ナスターシャが不思議そうな顔をして小首を傾げた。
「問題大ありなのよ! 服着ずに街中出歩かないでっていつも言ってるでしょ! 未成年の健全な成長に支障がでるじゃない!」
「おおう、反抗期じゃのう、別にそこまで怒る必要もあるまいに。そも、お主等も制服じゃろう」
「それを制服と認識してるのは姉さんだけなの! 自分がセンシティブなコンテンツだってことを大前提として理解してちょうだい!」
フローレンスがナスターシャが体に巻き付けている紐を引っ張り、ナスターシャが箒の上でその身を傾ける。
「まあまあ、フローレンスさん。一応、貴方のお姉さまなのですからそこまで邪険に扱わなくとも」
フローレンスが一歩的にヒートアップする姉妹喧嘩。それをなんとか仲裁しようとルシエラがなだめすかす。
「じゃあ、アンタは全裸で首輪つけたミアをリードで引っ張って街中歩ける?」
だが、フローレンスは頬を膨らめながら腕組みすると、キッと睨みつけてそう言い返した。
「そ、それは……」
「余裕でできるよね」
「余裕で無理に決まってますの!」
「そうだね。私の痴態はルシエラさん専用だもんね、反省だね」
「本当に止めてくださいまし!」
しれっととんでもないことを付け加えられ、ルシエラが両手で念入りにミアの口を塞いだ。
「ルシエラ、それと同じなの。理解できた?」
「はい、ですの……」
それみたことかと鼻を鳴らすフローレンス。
ルシエラはミアの口を塞いだままがっくりとうな垂れる。反論できる余地など一切なかった。
「はぁ、おめーらお馴染みのネタ擦ってるのはいいですけど、いい加減学校行かねーと大目玉ですよ」
会話が一段落したのを見計らい、呆れ顔をしたセリカが丘の上の校舎を指差す。それが合図だったかのように、校舎の横に立つ時計塔の大鐘がりんごんと鳴り響いた。
「も、もうこんな時間ですの!? ミアさん急ぎましょう!」
「そうだね」
鐘の音を聞いたルシエラは鞄を拾い上げ、大急ぎで丘を駆け上っていく。
長い実習の始まりを告げるように鳴り響く大鐘。その下で一つの影が蠢いていたことを、この時ルシエラは知る由もなかった。




