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プロローグ3

 見渡す限りの海と青空、青々とした風景を切り裂くように漆黒の大樹が伸びていく。

 その根元、学校のグラウントほどの小島には二人の魔法少女と一人の少女が囚われていた。


「ふふん、さしものアルカステラも籠の鳥ですわね。宿命のライバルとの因縁もどうやらここで終わりのようですわ」


 それを見下ろす大樹の頂でダークプリンセスが勝利を確信して悦に入る。


「……ど、どうするんだよ。このままじゃボク達全滅だよ」

「あはは、どうしようもない、かな。くーちゃんは手詰まりで、私はこの結界を後一度しか破れないもん」


 苦笑いするミアを見て、赤い髪の少女が不安気な顔をする。


「だから……タマちゃん、魔法少女に変身して私達と一緒に戦って。タマちゃんの力があればダークプリンセスをぎゃふんと言わせられるから」


 ミアは赤い髪の少女の方を向くと真剣な目をして言う。


「でも、ボクは失敗するかもしれないし、間違えるかもしれない。そう思うとミアちゃんみたいに勇気を持てないよ……」

「大丈夫、失敗は誰か一人じゃなく皆の失敗。間違えたら私が殴ってでも正しい道に戻してあげる。だから……大丈夫、勇気を出して私を信じて」


 ミアが手を差し出し、赤い髪の少女が恐る恐るその手を取る。

 それは少女の心にいまだ焼き付いた星の煌めき、憧憬の約束。



   プロローグ



 ビルひしめき人々が忙しなく行き交う街並み、それが魔法の国グランマギアの街並みだ。

 それだけを切り取れば近隣異界である地球の都市部とよく似た街並みに見える。だが地球と似ているのは地上だけの話、試しに空を見上げてみれば飛行魔法用の空路標識が点在し、幾つもの浮遊島がビル街を見下ろしている。

 魔法で浮かんだそれは当然王都にもあり、その中でもとりわけ大きな浮遊島に女王の居城である大宮殿はある。

 そこは五年前に失われた天空城に代り、新たなる女王の居城兼王都シンボルとすべく急ピッチで建造されたもの。

 しかし、そこに座するべき女王はいまだ不在のまま。故に御三家をはじめとする魔法の国の名門は日夜その座に就くための争いを繰り広げているのだ。

 ──少なくとも、表向きは。


「うーん、この前は本当に酷い目に遭ったねぇ、アンジェ」


 そんな大宮殿の真新しい廊下、疲れた様子で肩を落とすシャルロッテは隣を歩くアンゼリカにそう語りかける。


「…………」


 だが、アンゼリカはシャルロッテに返答しない。


「どしたの、アンジェ。何か機嫌悪いね、怒ってる? 変なもの食べた?」

「別に怒ってませんし機嫌も悪くはないですよ。むしろいいぐらいです。でも、シャルロッテさんは私の全力ダッシュパンチで顔面陥没させられても文句言えないことしてますからね」

「わあ、怖い怖い。顔にエアバッグつけとかないとだね」


 全く悪びれる風もなく、明るくおどけるシャルロッテを見て、アンゼリカは軽くため息をつく。

 正直呆れはするが、彼女がこう言う生き物であることは百も承知なので気にしない。逐一気にかけていてはこちらの気が病むだけだ。

 よくもまあこんな友達甲斐のない相手と友人だなと我ながら思う。少なくとも彼女がこうなった理由を知らなければ距離を置いていたのは間違いない。


 ──他人事ながら損な性分ですよねぇ、本当に。


「でさでさ、アンジェ。私思ったんだけど、女王候補にルシエラのこと言いふらして、皆でぺしゃんこにしちゃった方がいいと思うんだよね」

「真っ向勝負したら女王候補全員まとめて叩き潰されるだけだと思いますけど。プリズムストーンの破片込みで手も足も出なかったじゃないですか」

「それもそっか……じゃあさ、御三家の私兵とかもまとめて使っちゃお☆ 皆ルシエラ帰って来たら困るから多分特別ルール通るよ!」


 二人はそんな企み事を話しながら、眼下のビル街を見下ろせるテラスまでやって来ると、既にティーセットが用意されているテーブルへとついた。


「……まあ通るでしょうね。本当に魔法の国の女王だと証明できれば」


 アンゼリカはティーカップに口をつけて小さく頷く。

 ルシエラは言うなればこの魔法の国の正統後継者。幼少から公務もこなし、建国の祖アルマの血筋であり、比類なき魔法の才をも持っている。

 それよりも何よりも、上層部の言いなりだった魔法協会員達を鼓舞して事態を解決したあの時の煌めき。アンゼリカはそれを最も高く評価している。


 本人曰くダークプリンセスなどと言う恥ずかしい黒歴史があるらしいが、それでも女王争いに参戦すればぶっちぎりで独走するのは間違いない。そもそも御三家が清廉潔白かと問われれば、御三家の次期当主であるアンゼリカですら言葉に詰まってしまう。

 それ故にルシエラの生存が明るみに出たとすれば、身内から女王を輩出したい御三家他魔法の国の貴族達は捨て置かない。結託し特例での総攻撃を仕掛けることだろう。

 ルシエラを再び女王の座に就けたいと考えるアンゼリカにとって、そうなる事態だけはなんとしても阻止したい。


 ──ルシエラさんを女王に据えるお膳立てをして、アズブラウの秘術を使ってルシエラさんに×××××して×××して! そのまま私は国母! 完璧で綿密なラブプラン! がっつりパワー系で権力もなく、権謀術数に長けていないあの淫乱ピンクにはできないことでしょう! 正妻の座を奪われて悔しがる様が目に浮かびますねぇ! でゅへへへへ!


 ぐふふと妄想が漏れ出しそうになったアンゼリカは慌てて表情を引き締め、こっそりとシャルロッテの表情を窺う。

 幸いにもシャルロッテは気がついていないようだ。


「そこだねっ。ルシエラって正体隠すために普段もこそこそ生きてるもんね。記録魔石でも女王っぽい姿取れないから困っちゃう。なんとかして引きずり出せないかな」

「迂闊に手を出すと、またコテンパンにやられて今度こそ特大の汚点になりますよ」

「うーん、そこが悩みの種。ルシエラもアルカステラも人類が戦っていい強さじゃないもんね。真っ向勝負は避けないと」


 うんうんとうなりながら悪巧みのプランを練りだすシャルロッテ。


 ──私が場を整える前にシャルさんに動き回られると困るんですけどねぇ。彼女、場を荒らすのは大得意ですから。


 ルシエラを女王争いの舞台に引きずり出すためには、魔法の国側から刺激を与えてやらなければならないだろう。

 だが、迂闊な干渉はルシエラと言う最大の脅威に対する団結を招いてしまう。そこが目下最大の悩みであり、万全と慎重を期さないといけない所だ。


「おやおや、女王の有力候補二人が揃って密談とは。密談するにはここは開かれ過ぎているのですが」


 そう思案する中、二人に声を掛けて来たのは仮面を着けた全身黒ずくめの女性だった。


「あらま珍しいですねぇ。こんな時間にクロエ様が居るなんて」


 アンゼリカは柔和な口調でそう言いつつも、思わぬ来訪者である仮面の女に警戒の眼差しを向ける。

 クロエ。黒い髪に黒い服、全身黒ずくめに仮面までつけた彼女こそが魔法の国の宰相であり、女王無き魔法の国の実質的な支配者。アンゼリカ達に女王争いを提案したのも彼女だ。

 魔法の国の宰相は代々クロエを名乗り仮面をつける習わしがあり、その声音すら魔法で隠蔽している歴代クロエは代々正体不明。生きながら魔法の国の七不思議のひとつにも数えられている。


 ──最悪のタイミングでご登場です。シャルさん絶対にルシエラさんのこと喋っちゃいますよね。


 アンゼリカは内心で苦虫を噛んだ表情を作り、目を僅かに細めてシャルロッテの動向を窺う。


「宰相さん、宰相さん。もし女王のルシエラが生きてたら、女王争いってどうなるのかな? ルシエラが戻って終了しちゃう?」


 案の定、シャルロッテは予想通り余計なことを尋ねてくれた。


「そのような問いは杞憂と言うものです。このクロエは次の女王を貴方達女王候補の中から選ぶべきだと思っているのですから」

「じゃあ、ルシエラ戻って来ちゃったらどうする? 実はプリズムストーン探しに行ってたら、ルシエラが居たんだよねっ」


 きゃいきゃいと明るく無邪気に言うシャルロッテ。

 その言葉を聞いてクロエは一瞬沈黙し、


「……本人に戻るつもりがあるのならば、戻れぬように処するが適当かと考えます」

「だよねっ☆」


 その返答を聞いたシャルロッテが満面の笑みでぱちんと指を鳴らした。


 ──ああ、もう予想通り。余計な事をペラペラ喋ってくれますねぇ、本当にロクな事しないんですから。九官鳥の鳴き真似だってもう少し空気読みますよ。


 シャルロッテとは対照的にアンゼリカの表情が渋くなる。今の間を見るにこの仮面宰相はルシエラのことを快く思っていない、更に迂闊に動きにくくなってしまった。


「じゃさ、じゃさ。御三家で精鋭選りすぐって特例でルシエラ討伐部隊送っちゃおうよ!」

「嫌です」


 アンゼリカはクロエの返答よりも早く一言で拒絶し、心中を悟られぬよう平静を装って紅茶をすする。


「えー、アンジェどうしてー?」

「証拠がないじゃないですか。証拠も無しに御三家が私兵を動かしたら女王争いが血生臭くなっちゃいます。それに無関係な世界に戦闘員を送るのは不要な軋轢の原因になります。私女王になった初仕事がその尻拭いなんて嫌ですから」


 討伐部隊なんて差し向けられては堪らない。アンゼリカは理屈を捏ねてその正当性を否定していく。

 クロエは魔法の国の宰相を任せられる立場。個人的にルシエラを気に入らなかったとしても、証拠も無しに動かない程度の分別はあるはずだ。


「むむーっ」

「残念ながらアンゼリカさんの意見が正しいでしょう、根拠なく他世界に干渉するのは得策とは言えません」

「じゃさっ、証拠があれば皆で討伐できるかなっ?」


 わざとらしく頬を膨らめ、シャルロッテがそう提案する。


「そうですね……。もしもルシエラが本当に生きていて、高慢にもこの魔法の国の大地を踏もうと考えるのならば、それはこのクロエにとっても看破できぬ事柄となるでしょう」

「よーしわかった!」


 シャルロッテはぴょんと椅子から立ち上がると、テーブルの上に有ったお菓子をしこたま頬張り駆け去って行く。


「やれやれ、シャルさんは相変わらず好戦的ですねぇ」


 最悪の事態はなんとか避けることができたが、あの様子では間違いなくルシエラにちょっかいを出しに行くだろう。この後のことを考えるだけで憂鬱だ。

 アンゼリカは頬杖をつきながらその後ろ姿を見送ってため息を吐く。


「彼女の立ち位置からすればそれも無理からぬこと。ヴェルトロンは先代当主の反逆により御三家の中で最も立ち位置が危ういのです」

「ええ、知っています」


 紅茶を飲み干してアンゼリカも立ち上がる。

 ヴェルトロンの先代当主エズメが魔法の国に弓を引いた事件、一般には知られないよう処置されたその事件でヴェルトロンの立ち位置は非常に悪くなった。現当主が解決の立役者でなければ御三家の座を失っていたはず。

 そして、その折にシャルロッテは実の妹を他世界に放逐されてしまっている。彼女が女王になろうと必死になっているのは、自らの妹を再びヴェルトロン家の一員として呼び戻したいからなのだ。

 シャルロッテはそれを成すために他の全てを踏み台にする覚悟を決めている。それは実の妹がヴェルトロンに戻るその日まで変わることがないのだろう。


「貴方はルシエラの証拠を探さないのですか?」

「はい、地固めとかすること沢山ありますから。本物かどうかも怪しい女王を蹴落とす算段するよりも、そっちの方が女王争いで有益ですよね」


 そう言って、クロエに会釈をして立ち去っていくアンゼリカ。


 ──そう考えるのはルシエラさんを見てなければの話ですけれど。


 クロエから背を向けたアンゼリカは内心でそう付け足す。

 シャルロッテは性格に難があり過ぎるがあれで見る目は確かだ。アンゼリカが本気で女王になろうとしていたのなら、シャルロッテと同じことをしていたはず。

 ルシエラの煌めきはこの魔法の国の主役となるに相応しい煌めき、あれを見て捨て置けるのなら既に王座に就く資質を欠いている。


「なるほど、賢明です」


 クロエはそう頷いてアンゼリカを見送っていたが、


「……されどまだ若いのですね。見え透いているのですよ」


 手紙を一筆したためて自らの影から出て来た烏に手渡す。


「物の"ついで"です。御三家のうち二人が認める器、私もその器をはかるとしましょう。異界の片隅で生き朽ち果てるのならば見逃す程度の慈悲は与えましょう。されど、このクロエの邪魔をするのならば……」


 クロエが虚空から取り出した錫杖で床をつき、彼女背に一人の魔法少女と機械化したマジカルペットが姿を現した。

2023/12/03

指摘していただいた誤字箇所を修正しました。

ご指摘ありがとうございます。

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