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8話 ナイトパレード5

「とりあえずは一段落、と言ったところですかしら」


 闇が晴れ白んだ空の下、ルシエラは周囲を見回して安堵する。

 結界の核が破壊された魔石地帯には、取り込まれた人間である黒い粘液が辺り一面に広がっている。

 平原をくまなく捜索し、粘液になった人間を漏れなく救出するのは少しだけ手間だが、事件の後始末としては楽な方だろう。


 ──となると、後はこちらの方ですわよね。


「アンゼリカさん、貴方もよろしいですかしら」


 ルシエラは一人小さく頷いて、先程からミアとにらみ合いを続けているアンゼリカへと向き直る。


「はい」


 アンゼリカがミアと火花を散らしたまま呼びかけに応じ、ミアがアンゼリカへの意趣返しを兼ねてなのかルシエラに抱きついて密着した。


「貴方は今回の行いは女王候補として相応しくありませんでした。ですから、大いに反省して魔法の国(グランマギア)の次期女王候補に相応しくなるよう……」

「はい、勿論反省してますよ。でも……私、もう女王にならなくてもいいかなとも思ってます」

「え、そ、それは逆に困りますわ。わたくし、決してアンゼリカさんに脱落して欲しい訳ではありませんの」


 晴れやかな顔でそう言うアンゼリカに、ルシエラはぎょっと驚き慌てふためく。

 ルシエラが望むのはアンゼリカ達が女王候補に相応しくなることであって、決して女王失格の烙印を押して脱落させることではないのだ。


「私が女王になりたかったのはルシエラさんに見てもらうためでした。でも女王になることが貴方と並ぶことじゃないってわかりましたから」

「アンゼリカさん……。それはそうですわ」


 アンゼリカの言葉にルシエラが小さく頷く。

 シャルロッテのように女王になるべく手段を選ばず努力するのは邪道。

 好敵手に負けないように努力した結果、自然と女王候補に相応しい者となっている。確かにそちらの方が正しい在り方であり、ルシエラが自らの好敵手に求めるのもそちらだ。


 ──それにしては何か妙な言い回しな気もいたしますけれど。


「それと、そこの淫乱ピンク」

「ん」

「今回は貴方に借りができました。貴方のおかげで私、ルシエラさんに何をあげるべきか決めることができましたから。……少し癪ですけれど、恋のライバルだって認めてあげます」


 アンゼリカが眉を吊り上げてミアを睨み、一歩踏み出して手を差し出す。


「それはこっちの台詞」


 ミアもきりりと眉を吊り上げてアンゼリカを見据え、差し出された手を握った。


「でも、絶対、ぜーったい正妻の座は譲りませんからねっ!」

「それもこっちの台詞」


 お互いを恋の好敵手と認めあってがっちりと握手を交わす二人。


「ではルシエラさん、私もここで失礼します。また、近いうちに会いに来ます!」


 唖然とするルシエラのツッコミも待たず、次元の狭間を作り出して魔法の国へと戻っていくアンゼリカ。

 あれよあれよと進んでいった話にルシエラは目をしばたたかせていたが、


「正妻の座って……。わたくしが二人とも娶るのは既に確定のお話なんですの?」

「そうだよ」


 至極当然の疑問を口にし、ミアがその問いを実にあっさりと肯定した。


「ええ……え、ええと、ミアさんもそれでいいんですの?」

「ん、本当は独り占めがいいに決まってるよ。でも、絶対についてくるなら、ちゃんと監視下の方がベターだから、ね」

「あ、ああ、そうですの、クレバーですのね、ミアさん。つまるところ、お二人とも絶対に相手がついてくると言う認識なんですのね」


 諦め半分の表情で白んだ空を見上げ、ルシエラは魔法の国の王位継承戦と自らの将来に思いを馳せるのだった。



  ***



「全く、なんということだ。我々の大巨人が敗れ去るとは!」

「まさに! まさに! あの小娘の術式などを信頼したのが愚かでしたな!」

「所詮は小娘の浅知恵、我々のような魔法使いとしての機微を理解できぬようだ」


 粘液から戻った魔法協会幹部達は、ルシエラと直接の面識がなかったのをこれ幸いと逃げ出し、魔石地帯の森の中で毒づいていた。


「仕方あるまい。次は我々の本当の実力をもって……」

「あっはっはっ、面白いこと言うねぇ。懲りずにまだ企んでいられるのは賞賛に値するけどさぁ」


 懲りずに悪巧みの算段をし始めた幹部達の後ろ、あっけらかんとした笑い声が聞こえ、幹部達が表情を強張らせる。

 そこには戦闘服を身につけたローズが立っていた。


「ローズ・ブランヴァイス……!」

「やあやあ、お久しぶりご歴々。私が出張らずに事件が解決して本当に良かったよ。私が出張ると厳格なお裁きがセットになっちゃうからね」


 ローズは全く笑っていない目を細めて愉快そうにそう笑うと、


「何しろ……責任を取るべきは君達だけで十分だからさ」


 身を強張らせる幹部達にそう告げた。


「わ、私達はあの小娘共に騙されたんだ。被害者なんだ」


 その鋭い眼力に一同が慄く中、魔法協会の会長である男がそう弁明する。


「なるほどねぇ、そう言うことかぁ……なんて子供騙しの言い訳ができるのは、せめて魔石地帯と線路の魔法陣が無かった場合だよね。随分遠大な計画をしてくれてたじゃないの」


 ローズは手にした魔石をぽんと放り投げ、空中に周辺地図と線路図を映し出す。

 線路はこの魔石地帯を中心にして狂いなく魔法陣を描いている、言い逃れなどできようはずもなかった。


「ほんと好き放題魔法協会を私物化したよねぇ。正直、ここまでふてぶてしくやれるのは才能だよ?」

「ま、魔法協会はこれからの組織なんだ。こんな所で(つまづ)いてられない、わかるだろ!?」

「いやいや、全く同感。だから君達は責任を取らないといけない、後進が迷いなく進んで行けるようにね。君達が魔法協会幹部としてできる最後のお仕事だよ」

「違う! 私達が魔法協会なのだ! 私達が居なければそれは魔法協会ではなく、逆に私達が居ればそこが魔法協会になる!」


 言いながら、ローズに向けて魔法弾を放つ魔法協会の会長。

 それに続いて魔法弾を撃ち込んでいく他の幹部達。

 ローズは冷めた眼差しをすると、瞬く間に全ての魔法弾を霧散させてみせた。


「ば、馬鹿な……! 我等の魔法が通用しない!?」

「悲しいなぁ。君達だってかつては優秀な魔法使いと呼ばれ、今に至るまでに変われる可能性はいくらでもあったはず……なのに成れの果てはこれかぁ」


 ローズは愕然とする魔法協会幹部達を心底残念がると、


「これ以上君達の無様な姿を見るのは流石に心苦しいね。仕方ないから私が引導を渡してあげるよ。大丈夫、後始末含めて命までは取らないようにしてあげるからさ」


 まるで笑っていない笑顔でそう宣告する。

 朝焼けの森に絶叫がこだました。

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