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8話 ナイトパレード4

「え、あ……うぎゃぎゃっ!?」


 その衝撃でシャルロッテが尻餅をつき、人柱となっていたアンゼリカが解放されて地面に倒れ「うぐ」と鈍いうめきをあげる。

 地面に散った紅石の欠片がみるみる黒く染まり、それを呼び水として大地から黒い魔力が吹き上がる。


「始まりましたわね!」


 魔石地帯の魔石が次々と黒く染まり、噴き出す闇が無数の龍の如く暴れ回る。

 闇の龍は更にその勢力を強めるべくその首を振り回す、その大部分はシャルロッテに向かっていた。


「わわっ、なんでぇ! なんで私ばっかり狙うの!? 酷いっ!」


 何匹もの龍の顎に捕らえられ、結界の核から吹き出す闇に飲みこまれながらシャルロッテが叫ぶ。


「その闇の中に何人も溶かしているからでしょう! その怨嗟が集合意思となり、貴方だけは自らと同じ闇に落そうとしているのですわ!」


 散発的に襲ってくる闇の触手を躱しながらルシエラが駆ける。


「でもそれを直接やったのは魔法協会の幹部さんだよっ!?」

「そんな理屈が通るかの回答が現状ですの!」


 もがくことすら許されず、雁字搦めになって闇に飲まれていくシャルロッテ。

 助けてやりたいのだが、ああも雁字搦めになってしまっては残存魔力がない状態では助けようがない。

 ここで無理して魔法を使い、ルシエラまでネガティブビースト化してしまえば状況は間違いなく悪化してしまう。


「シャルロッテさん、後で必ず助けますわ! 今は安心して取り込まれていてくださいまし!」


 今は助けられる相手を助けておくしかない。ルシエラは後でシャルロッテを助けることを決意しつつ、倒れていたアンゼリカを抱き上げる。


「ルシエラさん、どうして助けるんですか……」


 お姫様抱っこの状態になったアンゼリカが不思議そうな顔でルシエラをまじまじと見つめる。


「どうしてもなにも、わたくしは初めから言っているはずですわ。わたくしは貴方達を打ち倒したいのではなく、女王候補に女王たるに相応しい者になって欲しいのだと」


 闇の龍はシャルロッテを飲み込み、次はアンゼリカが飲み込んだグリッターの破片に狙いを定め、ルシエラ達へと襲い掛かる。

 ルシエラはそれを次々と躱していくが、地面から不意打ちで伸びた一本がルシエラの足を掠める。


「っ!」


 ルシエラは態勢を崩しそうになるが、辛うじて耐えきり、アンゼリカを抱きかかえたまま再び走り出す。


「ルシエラさん、無茶です! 私との戦闘時点で魔力は空っぽだったじゃないですか!?」

「それが貴方を助けない理由になどなりませんわ。貴方がわたくしの何を見て追いかけようと思ったのかはわかりません、けれどこれが今のわたくしですの。

 落胆したのなら諦めてくださいまし、もしそれでも追いかけようとするのなら……わたくしは常に追いかける貴方の前を進み続けますわ。常に貴方の正しき道標となれるように、それがわたくしの覚悟ですの」


 ルシエラはアンゼリカを右手で抱いたまま凛然と言い放ち、左手に顕現させた漆黒剣で迫り来る闇の龍を切り裂く。


「そうなんですか……それがルシエラさんなんですね。私、貴方のこと、何も知ろうとしていませんでした。だから、私は貴方のライバルになれないんですね」


 振り落とされないように首に回した手に力を入れ、アンゼリカが悔しげに表情を曇らせる。


「そこで諦めてしまうのなら、わたくしのライバルには相応しくありませんわね。でも、諦めなければなれますわよ」

「え……」

「もう一度言いまわすわ。己の過ちに気がついたのならば変わってみせなさい、アンゼリカ・アズブラウ。わたくしが貴方を追いかけねばいられないような貴方に。それがわたくしが貴方に求める好敵手たる条件ですの」


 大地から絶え間なく闇が吹き上がり、魔石地帯と外を隔てる黒い隔壁からも腕のような闇が襲いかかる中、ルシエラは僅かも諦めずに毅然と言う。


「間接的にこの世界の人達に迷惑をかけた私でも、ですか?」

「勿論。一度の瑕疵(かし)で全てが終わりならば、わたくしは今この場に立つ権利すらありませんもの」


 そう言ってルシエラは優しく微笑んで見せる。


「…………」

「…………あの、アンゼリカさん?」


 顔を赤くして無言になるアンゼリカ。

 ルシエラはそれに気がついて首を傾げる。


「すいません、確信しました! こんな状況下ですけれど言わせてください!」


 はおおおっと謎の歓声をあげてアンゼリカが身悶えする。


「な、なにをですの?」

「すみません! 発情しました! やっぱり私の内に渦巻くこれ愛でした! 純然たるラブです、ふっほおおおっ! らぶぅぅっ!!」


 ──怖いですわ。この正念場で急に奇声を発するのは本当にご遠慮願いたいですの。


 密着状態で「はーっはーっ」と急に荒い息遣いを始めたアンゼリカに怯え、ルシエラはちょっぴり涙目になる。

 凛然と決めていたつもりの表情は既に完全に台無しになってしまった。

 だが、そんなことしている間にも噴き出す闇は勢いを増し、刻一刻とその包囲網を狭めてくる。


「っ……。このままではミアさんが駆け付けるまで持ちませんわね。なんとか結界の核を壊して暴走を止めなければ」


 突き出してくる闇の龍を飛び退いて躱し、後ろから迫る腕のような触手を漆黒剣で斬り落とす。

 しかし、襲い来る黒い嵐には際限がない。プリズムストーン由来の魔力を取り込んだ魔脈なのだ、それも当然のことだろう。


「ルシエラさん、なら私の魔力を使ってください」

「そうは言いますけれど、貴方だって人柱にされて魔力を吸い上げられているではありませんの。わたくしの腕の中でネガティブビースト化されては逆に困りますわ」

「大丈夫です。一人分には足りなくても二人で力を合わせればいけますよね? それに……私、グリッターを、プリズムストーンの欠片飲んでますから」

「……ですが」


 足元から生え出でる闇を霧散させながらルシエラがうなる。

 確かにルシエラならば粉々になったプリズムストーンの破片からでも正しい形で魔力を取り出せるだろう。

 だが、流石に他人の体内にある破片を魔力解放させたことはない。果たして魔力残量がないこの状況下でアンゼリカが無事のまま魔力を引き出せるだろうか。


「ルシエラさんの言い分通りなら、貴方が同じ立場になった時、今の私と同じことをすると思います。違いますか?」

「それは……しますわね」


 もしもミアと自分が同じ状況になったとしたら、間違いなくルシエラはアンゼリカと同じことを言う。それは確かだ。


「なら私もそれをします。貴方を追いかけるってそう言うことですよね? 間近で見せてください、ルシエラさんが見せたかった女王の姿を。信じてますから」

「あら、お上手ですわね。そこまで言われて退ける訳がありませんわ」


 ルシエラはアンゼリカを抱きかかえる腕に力を入れ、眼前で集結しつつある闇の奔流を鋭く睨みつける。


「行きますわよ、アンゼリカさん。覚悟はいいですかしら?」


 ルシエラは闇の奔流に立ち向かうように進路を変え、結界の核である紅石があった場所へと突き進む。


「ええ、どんと来ちゃってください。私の残り魔力、コンバートに回しますね」


 アンゼリカが小さく頷き、ルシエラがアンゼリカの体内を巡る破片に慎重に魔力を通していく。


「っく……!」


 痛々しいうめき声をあげるアンゼリカ。

 ルシエラは慌てて魔力解放を中断しようとするが、アンゼリカが小さく首を横に振って制止する。

 周囲に満ちていく魔力に圧され、ルシエラ達を取り込もうと這い寄っていた闇の龍達が霧散していく。

 莫大な魔力が渦巻く中、アンゼリカがけほりと小さく咳きこみ、ルシエラの目の前にほんの砂粒ほどの結晶が浮かび上がった。


「感謝しますわ、アンゼリカさん。この一撃で……終わりですわ!」


 ルシエラはそれを左手に浮かべると、力強く握りしめてありったけの魔力を漆黒の奔流へと撃ち放つ。

 漆黒の奔流が根元から白く染まり、全体が一瞬だけ極彩色に輝いた後、核となっていた破片が粉々に砕け散った。

 魔法陣の核が砕けたことにより、魔法陣が、漆黒の障壁が、次々と霧散していく。


「これで……」


 終わった。そう油断しかけたルシエラに、魔法陣から切り離された闇の龍が悪あがきのように襲い来る。


 だが、それは天から降り注ぐ黄金の羽根が打ち払った。


「ミアさん」

「ん、ルシエラさんなら大丈夫だって信じてた。でも……」


 遅れて駆けつけたミアはルシエラの前にひらりと舞い降りると、


「でも……?」

「アンゼリカさんのそれはNG」


 ルシエラに抱きかかえられたアンゼリカと睨みつけ、バチバチと視線で火花を散らすのだった。

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