8話 ナイトパレード3
魔石地帯の中心、グリッターを飲み干したアンゼリカを見て、ルシエラが悲鳴にも似た叫びをあげる。
「なんてことを!」
「情けなんて要らない、女王の座も要らない! 私が望むのは貴方に見てもらうことだけ! その夢が叶わないなら砕けてしまえばいい! このグリッターに溶かし込んだ極彩色のように一瞬だけ輝ければ! 目を背けられない輝きで貴方の瞳を焼き焦がすことができればそれでいい!」
「本当に……そっくりですわ」
──そこも昔のわたくしに。
苦々しい顔でルシエラが内心呟く。
かつての自分でもそうしただろう。あんな所で上から目線で語られて、手を差し出されてプライドが許すはずがなかった。回答を急ぎ過ぎてしまった。
「ならば見せつけてごらんなさい。そんな紛い物の輝きでわたくしの目を焼き焦がせるものならば!」
ルシエラは漆黒剣をもう一本引き抜き、二刀流でアンゼリカを迎え撃つ。
「言われなくても!」
グリッターを飲み干したアンゼリカの周囲に莫大な魔力が渦を巻き、空間をねじ切って一気に間合いが詰まる。
ルシエラは振り下ろされる杖を左手の漆黒剣で受け止め、右手の漆黒剣でアンゼリカの脇腹を斬りつけようとする。
「甘いですっ!」
アンゼリカが斥力場を展開してそれを弾き返し、
「甘いのはどちらですかしら!」
ルシエラがアンゼリカの居る空間を炸裂させ、斥力場諸共に吹き飛ばす。
「っ!」
しかし、アンゼリカは空中で重力を制御し直してひらりと着地してしまう。
プリズムストーンは通した魔力の分だけ魔力を増幅させる。それを原料としているグリッターも同じ特性を持つらしく、アンゼリカの最大魔力は目に見えて強化されている。
──まさか、わたくしが魔力切れを危惧することになるなんて、夢にも思いませんでしたわ。
この攻防で消費した魔力が想像以上だったことにルシエラは僅かに焦る。
ここでの魔力切れは即座にネガティブビースト化を招く。プリズムストーンを完全修復をさせないためにも、ルシエラがこの黒い嵐に取り込まれることだけは絶対に許されない。
「……どうして、どうして私は届かないんですか。ここまでしても届かないんですか!?」
「決まっていますわ、こんな小細工に頼っているからですの。正々堂々研鑽しなさい」
再度アンゼリカが踏み込んで杖を振るい、ルシエラが漆黒剣を交差させてそれを受け止める。
「その研鑽した努力で私は届かなかった!」
動きが止まったのをこれ好機と、鍔迫り合いをするルシエラに向けて八方向から魔法弾が撃ち込まれる。
「ならばそれが足りなかっただけのこと!」
しかし、対するルシエラも同じ魔法を打ち込んでそれを相殺。
「シャルロッテさんだけでなく、貴方までそんな簡単に! 私の五年を足りないの一言で否定しないでください!」
「否定しているのは貴方自身ですわ! 貴方はこんな小細工を選んだことで、己の努力をコケにしていますの! 誤っていたならば軌道修正しなさい、足りないなら積み重ねなさい、瓦礫を足場にして更にその上に!」
そのままアンゼリカの杖を押し返し、魔法で受け身を取ろうとするアンゼリカを対抗魔法で妨害する。
「それはルシエラさんが天才だからですっ! 私はそんな簡単に積み上げられない、そんな風になんてなれないんですっ!」
アンゼリカは草むらを転がりながらも体勢を立て直し、魔力の矢を連打していく。
「笑止、そこで諦めることなど許しません! なれない訳がないですわ、貴方は昔のわたくしにそっくりですもの! 見ていて恥ずかしいほどに!」
ルシエラはその矢を切り裂きながら猛突進。
右手の漆黒剣を虚空へ投げ捨て、両手で漆黒剣を握って一気に振り下ろす。
「っ!」
「ならば、今のわたくしと同じように貴方だって変われるはず! だからわたくしは貴方に今のわたくしの姿を見せますわ! 貴方が迷いなく追いかけられるように、変わる為の目標足りえるように! それがわたくしの覚悟ですの!」
そして、受け止めようとしたアンゼリカの杖を力ずくで両断した。
「負けて、努力しても届かない。ルシエラさんはそれでも私に追いかけ続けろって言うんですか? 残酷じゃありませんか」
アンゼリカは折れた杖を手にしたまま暫し茫然とすると、その場にぺたんと座り込む。今の彼女にこれ以上戦う気力はないようだった。
「ええ、酷な話だと思いますわ。ですから……わたくしはそれができると思う相手にしか言いません」
「……その言い方、意地悪です。私分からなくなっちゃいました、ルシエラさんも、自分の気持ちも」
呟くように言うアンゼリカを、ルシエラは無言で見守る。
そんなに簡単に気持ちの整理はできないだろう。自分もミアを素直に認められるまでには長い時間を要したのだから。
──それでも、例え時間がかかっても、貴方ならばその想いを正しい形に昇華できると信じておりますわ。
後はアンゼリカが時間をかけて向き合っていくしかない。ルシエラが今できるのはここまでだ。
そう思いルシエラが背を向けようとしたその時、極彩色の輝きがアンゼリカを刺し貫き、その輝きがアンゼリカを取り込み、紅い柱となって夜空にそびえ立つ。
「アンゼリカさん!」
アンゼリカを人柱として輝きを増した柱の核、紅く輝くプリズムストーンを手に取ったのは、服がボロボロになったシャルロッテだった。
「うーん、アンジェがグリッター飲んでたなんてラッキー! アンジェが人柱になってくれれば威力底上げ、時間短縮、女王候補のライバルも減ってお得が一杯だねっ☆」
シャルロッテは満面の笑みでぱちりとウィンクする。
「……シャルロッテさん、アンゼリカさんとは一応の協力関係ではありませんでしたの?」
「うん、そうだよ。それで培った信頼ってリソースを使うには最高のタイミングだよね」
全く悪びれないシャルロッテに、ルシエラは嫌悪の眼差しを向ける。
「それが魔法の国の女王たるに相応しい振る舞いだと思いますの」
「もちろん、相応しくないと思うよ」
「ならどうして改めませんのっ!」
威圧感を含んだ言葉と共にルシエラの周囲に黒い魔力が渦を巻く。
「私はその評価軸じゃ戦えないから。女王に相応しいかどうかで決めるなら、私は私自身を女王に選べなくなっちゃう」
対するシャルロッテはぴょんと後ろに飛び退くと、紅に輝くプリズムストーンをその手に構える。
途端、圧倒的な魔力の奔流がシャルロッテの前で形作られる。
「なるほど、石が紅くなっていると思えば、貴方が使いやすいようチューニングも兼ねておりましたのね」
「そうだよっ☆ でも、まだちょっとあの魔法少女に勝てる自信はないから……ルシエラも飲み込まれて欲しいな」
シャルロッテが言うと同時、紅い柱を中心に魔石地帯が激しく揺れ動き、構えた紅石から魔力のレーザーが撃ち出される。
ルシエラはそれを躱さず、自らは微動だにせず霧散させる。
「アンゼリカさんは努力の方向を間違えました、ですが貴方は初手から間違っていますわ」
「わーお、ルシエラ言うねぇ。でもね……私が間違ってることなんて織り込み済みなんだよ」
「ならば猛反省し、ゼロからやり直しなさい。シャルロッテ・ヴェルトロン!」
ルシエラは弧を描くように黒い魔力の刃を三方向から撃ち出し、シャルロッテが指揮者のような動きで飛来する刃を魔力へと紐解いていく。
「わわ、あぶなーいっ!」
「あら、終わっておりませんわよ。このわたくしにそんな児戯が通じると思いまして?」
しかし、紐解いたはずの魔力の刃はシャルロッテが分解に使った魔力までをも飲み込み、より強大な刃となってシャルロッテへと襲い掛かった。
「え、なにそれっ!?」
シャルロッテは慌てて紅石を輝かせて魔法障壁を展開するが、迫る三つの刃は受け止められると同時に獣の口のように姿を変えて障壁を噛み砕き、そのままシャルロッテを右へ左へときりもみさせながら跳ね飛ばす。
「わ、へ、ぎゃっ!?」
紅石に僅かなヒビが入り、情けない声をあげてごろごろと転がったシャルロッテは、信じられないと言った表情でルシエラを見上げる。
「同じ舞台に躍り出ればこの有様ですわね。己の研鑽を忘れ、他者を陥れて事を成そうとした者の末路ですわ」
憤り、冷たい眼差しでシャロッテを見下ろすルシエラ。
「そうだね。つまりルシエラが求める女王像はその逆なんだ」
「ええ、その通りですわ」
「うん、私もそれが理想なんだろうなって思うよ。私だってそんなの最初からわかってる」
シャルロッテがぴょんと跳ね起きる。
「シャルロッテさん?」
「……それでも誰よりも女王になりたいのは私、女王にならないといけないのも私。だから私はその評価軸じゃ戦わない、勝てないから」
シャルロッテは一瞬だけ翳った顔でそう言うと、不意打ちで地面からルシエラの足元に向けて幾本もの光線を撃ち出した。
「っ! その顔をした直後にそんなことができますのねっ!?」
ルシエラは一気に踏み込み光線を避け、直撃する何本かの光線は魔力で空間ごと歪曲させる。
「わ、ルシエラよくわかったねっ!?」
ルシエラがお返しと言わんばかりに黒い斬撃を迷いなく振り下ろす。
シャルロッテは大きく後ろに飛び退いてそれを躱した。
「その紅石とアンゼリカさんは魔脈を通じて接続している。ならばその経路を利用することぐらい当然織り込みますわ!」
ルシエラは振り下ろした漆黒剣を地面に突き刺し、地面からシャルロッテに向けて無数の漆黒剣を打ち上げる。
「わわわーっ!?」
下からの襲い来る無数の漆黒剣。シャルロッテは大慌てで足元に魔力障壁を展開する。
漆黒剣は障壁を悠々と貫き、そのままシャルロッテの衣服を削り取り、紅石の一部を削り取ってシャルロッテを弾き飛ばしていく。
だがその最中、シャルロッテは笑みを浮かべ、ルシエラに向けて五枚の魔力の刃を撃ち放った。
「っ!」
ルシエラはそれを魔法障壁で受け止め、がくりと膝をついた。
「やっぱ魔力尽きかけてたんだ。猛攻、最後の悪あがきだって知ってたよ」
それと同時に漆黒剣の連撃が止み、満身創痍のシャルロッテが優雅に着地する。
「っ、抜け目ないですわね」
「でもさルシエラ、ほんと訳わかんないことするよね。魔力切れ寸前なのに全部致命傷にならないように加減してるんだもん。殺す気で来れば多分勝てたよ?」
シャルロッテは欠けた紅石を構えたまま、膝をついたルシエラを見下ろす。
「わたくし、ゼロからやり直せといったはずですの。貴方を殺めてしまってはやり直せないでしょう」
ルシエラは膝をついたままシャルロッテを見据えて言う。
「ふぅん。ねぇねぇ、ルシエラがそこまで頑なになる理由って罪の意識だよね? 義憤だけじゃそこまでできないもんね」
「……そうですわ」
「そっかぁ、なら今のルシエラはいい女王様になれると思うよ。うん……だからこそ、私は手を抜かない。ルシエラが女王争いに出てきたら私は自分自身を選べなくなっちゃいそうだから。引導、渡しちゃうね」
シャルロッテは翳った感情を笑顔に隠し、欠けた紅石に魔力を集める。
──マズいですわ。本当に最悪のタイミングで魔力が底をつきましたわ。
彼女の手の内にある紅石にヒビが入っていることに気がつき、ルシエラが冷や汗を流す。
ルシエラの猛攻はシャルロッテのみならず紅石に多大なダメージを与えた。加えてミアが外で大巨人を倒したのも影響しているのだろう、魔脈を使った魔法陣の魔力が乱れに乱れている。
恐らくこのままでは修復途中のプリズムストーンの破片、即ちシャルロッテの紅石が砕け、制御を失った魔力とネガティブビーストの集合体が暴走するだろう。
ルシエラは自らの残り魔力を確認する。流石にこの魔力残量ではプリズムストーンで増強された魔法障壁は砕けそうもない。
「……シャルロッテさん。その紅石、今すぐ放棄してくださいませんこと?」
「当然、嫌だよ。これを捨てたら私は本当に自分自身を女王に選ぶ根拠がなくなっちゃうから」
「そうですの。でも、その紅石……もう限界ですわ」
その言葉が真実であると証明するように紅石の亀裂が大きくなり、それを見たルシエラが横へと跳ね飛び、シャルロッテの手の中で限界を迎えた紅石が砕け散った。
2023/09/2
指摘して頂いた誤字を修正しました。
ありがとうございます。




