表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/164

8話 ナイトパレード1


  第四話 ナイトパレード


 黒い嵐の吹き荒れる平原を一両編成の魔法列車が走っていた。

 一寸先は闇の中、魔法障壁を全方向に展開した魔法列車は闇を切り裂いて突き進んでいく。


「姉さん! 巨人までは!?」

「距離にして三十! そろそろじゃ、皆準備をせよ!」


 列車の窓から顔を出して状況を確認するフローレンスに、車体の上で巨人の双眸を見上げたナスターシャがそう告げる。


「ルシエラ、後少しですって! 本当にあの巨人の所にシャルロッテが居るのよね?」

「間違いなく居ますわ。プリズムストーンを紛失した経験から、わたくしのペンダントには失せ物探しの魔法がかけられていますの。そこにペンダントの反応が有る以上、シャルロッテさんが居るはずですわ」


 周辺の地図と睨めっこするフローレンスに、ミアと向かい合って座るルシエラが答える。

 あのペンダントはシャルロッテにとって王位継承戦を戦い抜くための切り札の一つ。王位継承戦では強力な対抗馬となるアンゼリカに預けるのは多大なリスクを伴う、一時的にでも渡すとは考えにくい。


「……なら間違いないわね。こっちは私達がなんとかしてみせるから、プリズムストーンの方は任せたわよ」

「ええ、この列車の魔法障壁はわたくし謹製、シャルロッテさんでも簡単には貫けないはず。戦闘時は盾代わりに使ってくださいまし」

「わかったわ」


 揺れが激しくなり始めた車内に若干よろめきながらも、フローレンスは神妙な面持ちで乗せて来た武器を準備しはじめる。


「……さて、そろそろわたくし達も準備をいたしましょう。ミアさん、皆さんをよろしくお願いしますわ」

「ん、任せて」


 ルシエラが立ち上がり、ミアも小さく頷いて追随する。

 乗降口まで歩いた二人は一度足を止め、そこでミアが心配そうに口を開く。


「でもね、ルシエラさん。気を付けて欲しいのはそっちの方だから、魔力足りなくなるんだよね?」

「お見通しですのね、重々承知しておりますわ」


 ルシエラとミアが分かれて行動する以上、ここで魔力調律をしてミアが変身可能な状態にしなければならない。

 しかし、魔力制御に特化した生物であるマジカルペットとは違い、ルシエラの行う魔力調律は変換効率がほぼ一対一。つまりミアの魔力量を超えた分しかルシエラの魔力は残らない。

 天空城の時はルシエラが戦える状態ではなかったため残存魔力など関係なかったが今は違う。この後に控えたアンゼリカとの勝負において大きなハンディキャップを背負うことになるだろう。


「自分の安全が最優先、約束。ルシエラさんは私にとってたった一人のご主人様だから、ね」


 ミアはそう言ってルシエラの胸にぴっとりと寄りかかる。


「このタイミングのそこはライバルと言って欲しいですわ……」

「どうせキスするならご主人様の方がムード、でるから」


 ミアは頬を赤らめると、潤んだ瞳をルシエラに向けてねだる様に言う。


「こ、これは如何わしい行為ではなく歴とした魔法行為ですのっ!」


 ミアに見つめられたルシエラは顔を赤くしながらそう言い訳すると、ミアの顎をくいと動かしてその唇を奪う。


「んっ!」


 身を委ねたミアを優しく抱きしめると、舌を絡めて魔力同調を開始。そのまま魔力の流れを調整していく。

 ルシエラがミアに魔力を流し込んで調整する度、ミアがその豊かな胸を押し付けながら身をよじる。

 それを何度か繰り返し、抱きしめているミアの体がほのかに熱を持つのを確認すると、二人は重ね合っていた唇を離して揃って甘い吐息を漏らした。


「んへへ、こっちはもう大丈夫。もう負ける気、しないね」


 ミアが余韻に浸るようにうっとりとした表情で言う。


「勿論ですわ。ミアさんが負けるだなんて、わたくし微塵も思っておりませんもの。ただし今のミアさんは魔力の加減ができない状態ですわ。ナスターシャさん達にも事前に伝えてありますけれど、変身までは戦わずに堪えてくださいまし」


 そんなミアと対照的に、照れ隠しでその表情を一層引き締めたルシエラが言う。


「わかった。もどかしいけど、ね」

「さあ、始めましょう!」


 掛け声と共にルシエラは乗降口の扉を開いて暗黒の嵐の中へと飛び降りる。

 そのまま隣の線路へと着地したルシエラは集めた魔力をサーフボードのようにして線路を滑っていく。

 車上に立つナスターシャに手をあげて挨拶し、瞬く間に魔法列車を追い抜くとそのまま線路を疾走、魔石地帯へと突き進む。

 程なくしてルシエラの視界に映ったのは黒い嵐の中心、魔法陣の核へと流れ込む魔力の奔流が障壁と化した漆黒の壁だった。


 ──見えてきましたわ、やはり魔石地帯がこの魔法陣の核ですわね。


 ルシエラはサーフボードのようにしていた魔力を攻勢魔法へと転換、漆黒の障壁に大穴をあけて魔石地帯への侵入を果たす。

 飛び込んだ魔石地帯は黒い嵐吹き荒れる平原とは一転、台風の目のように静かなものだった。

 埋蔵された魔石が莫大な魔力を溜めこんだ魔石地帯はその全体が淡く輝き、立ち上る魔力が月明りも要らないほど夜空を照らす幻想的な風景を作り出している。


 ──魔脈の魔力とそこに流れ込んだプリズムストーンの魔力、その両方がここに蓄積されるようになっておりますのね。シャルロッテさんの介入が無ければこれが魔法協会の切り札だったのでしょうね。


 シャルロッテも上手い計画に相乗りしたものだと感心しつつ、ルシエラは周囲を警戒しながら魔石地帯を進んでいく。

 新たなプリズムストーンの核となる破片が設置された場所の見当はついている。

 それはテストの時、アンゼリカと再会した場所。魔法協会があそこで何をしていたのか今ならわかる、あれはこの状況を作り出すための予行演習だったのだ。


「ルシエラさん、ようやく来てくれたんですね」

「ええ、お望み通りその悪行を止めて差し上げますわ」


 予想通りアンゼリカはそこに居た。妖しげに紅く輝くプリズムストーンの破片の前、それを守る様に彼女は立っていた。


「私、あのピンクに言われたんです。貴方はルシエラさんに何をあげられるのかって」


 アンゼリカは手にした杖でプリズムストーンの破片を絡めとる。


「だから貴方が来るまでずっと考えていました。私は貴方に何をあげられるのかを、何をあげれば貴方に相応しい私になれるのかを」


 紅く輝いていた破片が青く輝いてアンゼリカの杖へと吸い込まれていく。


「でもわからないんです。当然ですよね、私は貴方に何も貰ったことがないんですから。きっと私があげられるものは一つだけ……」


 アンゼリカは手にした杖を静かに構えると、


「だから! 受け取ってください! この胸の中で渦巻く私の想いの全てをっ!! 例え貴方が拒もうと、私は貴方に刻み付けますっ! それしか私には残らないっ!」


 心の内に渦巻く感情を吐き出すように魔力を爆発させて一気に襲い掛かった。


「そう来ると思いましたわ!」


 ルシエラは漆黒剣でそれを受け止める。

 ぶつかり合う魔力の奔流が渦を巻き、外に吹き荒れる黒い嵐よりも激しい嵐を巻き起こす。


「あまりに激しく渦巻きすぎて私はもうわからない。この胸に渦巻く感情が愛なのか、憎しみなのかさえ!」

「わかりますわ。貴方の内」


 わからないはずがない。その感情はかつてのルシエラがミアへと向けていたものに他ならないのだから。


「そんな高い所から眺めてわかるものですか! もっと間近でこの感情を確かめて欲しい! でも私は貴方の所まで上れないし、ルシエラさんに認められるようなことも何もできてない! だから堕ちてください、私と同じ地の底まで!」


 アンゼリカが力一杯杖を叩きつけ、ルシエラがそれを受け止める。


「この世界の人達がプリズムストーンに取り込まれて! 貴方が無力さを思い知って! 私は絶望に打ちひしがれる貴方を優しく抱きしめたい! それでも大好きだよって言ってあげたいっ!」


 ルシエラが反撃の体勢に移る前にアンゼリカが更に杖を叩きつけ、ルシエラがそれを辛うじて受け止める。


 ──マズいですわね。思ったよりも苦しい勝負ですわ。


 プリズムストーンの破片によって強化されたアンゼリカ、魔力調律によって万全ではないルシエラ。

 その攻防はほぼ互角であり、互角と言うことは残存魔力の少ないルシエラが大幅に不利と言う事に他ならない。


 ──小細工で挽回するのが妥当ではありますけれど。


 アンゼリカの連打を捌きつつルシエラは一瞬そう考え、その弱い考えを自省する。

 それはルシエラの目指すライバルの戦い方ではない。ミアは幾度もの苦境を堂々と乗り越えて見せた。それこそがルシエラが焦がれ、追いかけ、それでもなお届かないあの(ステラ)の煌めき。

 ならばルシエラも同じように堂々とこの不利を跳ね飛ばして勝ってみせなければならない。

 ルシエラの追いかけ続けたミアの背中はいつもそうであったし、ルシエラがアンゼリカに目標とさせるに相応しいと考える姿がそれなのだから。


「どうしたんですか、魔力まるで足りてないじゃないですか。また私のことを見ないで他の人の事ばかり気にかけるんですね!?」

「確かにわたくしは万全ではありませんわ。ですが、今回は間違いなく貴方を見て、貴方に勝つつもりでこの場に居ますわ。アンゼリカさん!」


 アンゼリカが破片を共振させ、辺り一帯の魔力を全て光の刃に転換。全方位からルシエラへと撃ち放つ。

 ルシエラはアンゼリカを見据えたまま漆黒剣を横に薙ぎ、吹き荒れる黒が光の刃を全て飲み込む。

 そうとも、アンゼリカから目を背けられるはずがない。彼女がかつての自分に似ていることをこれだけ自覚してしまっているのだから。


「そんなに弱体化した状態でここに居るってことが、私を見ていない何よりの証拠じゃないですか!」


 空中に舞い上がったアンゼリカの周囲に魔力を湛えた無数の光球が展開され、その全てが異なる魔法へと変じてルシエラへと襲い掛かる。


「見ていないのは貴方の方ですわ! 貴方は自分を見ろと言うばかり、わたくしのことなど何も見ていない。貴方、わたくしの何に焦がれ、貴方は何になろうとしていますの!?」


 光、闇、風、地、水、炎、虚空、次元斬、無数に輝き襲い来る魔法の銀河。

 ルシエラは毅然とそれを見据えると、その全てを切り裂きながらアンゼリカへと一気に宙を駆ける。


「──そんなのわからない! そんなに遠くにいたんじゃ見える訳がない! だから私は貴方に近づきたかったっ!」

「ならば、わかるように見せて差し上げますわ! 今ここで! 貴方が目を背けられないほどの眩い輝きを、あの天咲く星(ステラ)へ届くことを追い求め続けるその軌跡を!」


 その勢いにアンゼリカが堪らず杖を構えて魔法障壁を展開。


「そして、再び追いかけてきなさい。わたくしは止まりませんわ!」


 ルシエラが宙を駆ける勢いそのままに漆黒剣でそれを突き貫く。

 障壁を破壊され、たじろぐアンゼリカ。ルシエラはそのまま剣を大きく振り上げて、振り下ろす。


「うあっ!」


 ガゴンと鈍い音を響かせながらも杖で受け止めるアンゼリカ。ルシエラはそのまま剣を振り抜いてアンゼリカを地面まで弾き飛ばし、巨大なクレーターを作り上げる。

 アンゼリカは辛うじてそれを耐えきるも、クレーターの中心で膝をついた。


「アンゼリカさん、貴方はあの頃のわたくしに似ていますの。己の才を自分のためにしか、認められるためにしか使っていない」


 ルシエラはその前に降りると寂しげな瞳を向けて言う。


「……けれど、それでは貴方の心の隙間は埋まりませんわ。だからこちらへおいでなさい、そしてまずは眺めるところから始めなさい」


 そして、アンゼリカに向けてそう手を差し出す。


「ルシエラさん……」


 アンゼリカは差し出された手をまじまじと見つめるが、


「嫌だ……。嫌ですっ! そんな憐れむような目で私を見ないでくださいっ!」


 そう叫んでその手を払いのけると、


「かつて、昔、あの頃、そんなノスタルジックな思い出の言葉なんて要らない。私は過去を懐かしむためのアルバムになんてなりたくない! 未来永劫色褪せないぐらい私を刻み付けたい! 例えそれを貴方が望まなくっても!」


 懐から取り出した極彩色の薬液を、グリッターを飲み干した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ