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7話 黄昏は巨人の国7

時を遡ること少し前。ルシエラを投げ飛ばしたミアは、アンゼリカの猛攻から逃げていた。


「心底苛立ちました。この肉欲大怪獣! 確かにお邪魔虫の存在自体は認めてあげましたよ、ええ。でも、ここで邪魔するのはなしじゃないですか!?」


 怒りに震えた声音でアンゼリカが無数の氷の矢を放つ。


「悪いとは思ってる、よ。でも、私はルシエラさんのライバルだから」


 ミアはまるでワルツでも踊るかのように優雅にそれを躱す。

 見た目こそ優雅だが、吹き荒れる黒の嵐はミアを闇の底に落そうと纏わりつき、徐々に体力と魔力を奪っていく。アンゼリカの猛攻を受け流せる時間はそう長くない。


「忌々しいっ! よりにもよって私の前でその言葉を言いますか!? 嫌味ですか! 嫌味なんですね!?」


 アンゼリカは魔力で強化された踏み込みから、杖を大きく振りかぶって振り下ろす。


「そうじゃない」


 ミアは最小限の動きでそれを躱す。ミアが余裕を持って対処できているのは彼女が冷静さを欠いているからに他ならない。

 彼女が冷静に立ち回ったのなら、魔法の使えないミアはたちまち詰んでしまうことだろう。


「じゃあなんだって言うんですか! ルシエラさんにライバルと思われている貴方に、私の気持ちは分からないんですっ!」


 体勢を崩しながらもミアを睨みつけるアンゼリカ。向けられるその一途な敵意にミアは懐かしさを覚える。

 かつてのルシエラもこんな敵意を向けて来ていた。ならば、彼女にとってこの阿鼻叫喚の惨状はルシエラの視界に入るためのチャンスでしかないのだろう。

 対峙して改めて思う。やはりアンゼリカはかつてのルシエラに似ている。だとすれば、ルシエラはどのようにして今のルシエラになったのだろうか。


「そうだね。私じゃアンゼリカさんの気持ちは分からない。でも、それじゃ永遠にルシエラさんのライバルになれないこともわかるよ」


 きっとルシエラは誰かに手を差し伸べられ、自らも手を差し伸べて変わっていったはずだ。かつて心折れていた自分にしてくれたように。

 それはただ相手を打ち倒していた自分はしてこなかったこと、できなかったこと、ほんの最近まで忘れていたこと。だからミアにとってルシエラは理想のご主人様であり目指すべきライバルでもあるのだ。


「っ! 口数少ないのにぶっとい言葉のナイフで心臓一刺しするの止めてくれません? あれですか一撃必殺なんですか、アサシンギルドの刺客かなんかなんですか貴方!」


 アンゼリカは露骨に表情を歪ませながらも杖を構えなおす。


「もどかしいね」


 才がある故に純粋で愚直なまま歪むことができてしまったアンゼリカも、そんな彼女を説得できない自分も。

 だからこそミアは時間稼ぎにしかならない劣勢でアンゼリカと堂々正対する。

 好敵手とは共に高めあうもの。相手を追いかけ、相手に追いかけたいと思わせる自分でなければならない。それがルシエラの好敵手であり続けようとするミアの覚悟。アンゼリカに足りないのはその覚悟なのだ。


「嫌味ですかっ! 努力しても追いつけなかった私に対する!」


 叫ぶアンゼリカは胸に渦巻く憤りをぶつける様に、ミアに向かって杖を思い切り叩きつける。

 ミアはそれを軽く後ろに飛び退いて躱す。先程よりも僅かに体が軽い、外の戦闘の影響かこの黒い嵐の勢力が弱まっている。

 見れば外にいるシャルロッテがこの魔法陣の一部を吸い込んでいるようだ。打開のための博打を打つのならば今しかない。


「違うよ。アンゼリカさんはルシエラさんに愛される努力、してないから」

「そうですよ、私は努力の方向を間違いましたとも! だから! こうして! 視界に入る事だけを考えているんですっ!」


 アンゼリカは目に涙をためてミアへと突進する。


「違う、私が言ってるのはそうじゃない。間に合う間に合わないの前だから。アンゼリカさんの愛は一方的、貴方はルシエラさんに何をあげられるのか考えたこと、ある?」

「えっ……」


 ミアの問いにアンゼリカが一瞬動きを止め、その隙を衝いてミアは彼女の後ろへと回り込む。


「ごめんね、でも止まると思った」


 ミアがアンゼリカを気に掛けるのはルシエラのライバルとしてだけではない。ミアとアンゼリカは同じ人(ルシエラ)を愛するライバルでもある。だから、この言葉で止まる確信があった。

 ミアがアンゼリカを背後から突き飛ばし、アンゼリカがよろめいて体勢を崩す。

 直後、外から魔法陣の一部を吹き飛ばす強大な衝撃が襲い掛かった。


「っうううう!!」


 完全にミアに気を取られていた上、体勢が崩れていたアンゼリカはその対処が間に合わない。

 高速で魔法障壁を展開していくが、攻撃の余波が容赦なくアンゼリカにダメージを与えていく。


「シャルさんっ! いつもいつも本当に人のためになることしませんね、あの人っ!」


 アンゼリカは愛用の杖を地面にさして辛うじて立ち、自らを盾にして無傷でやり過ごしたミアを忌々しげに睨みつけて悪態をつく。


「アンゼリカさん、この場は退いて欲しい」

「言われなくてもそうしますっ! どうでもいい貴方を倒すために捨て鉢になるつもりなんてありませんから!」


 転移間際に放たれた魔弾をミアが躱すと、そこにはアンゼリカの姿はなかった。


「……ん。結局、倒すための戦い方だった」


 アンゼリカが退いたことを確認し、ミアは少しだけ自己嫌悪して目を閉じる。


「ミアさん! 無事ですの!?」


 そこに魔法陣を切り裂いたルシエラが心配しながら駆け寄ってくる。


「ん、大丈夫。ちょっと疲れたけど」

「当たり前ですわ! いくら魔力が高いとはいえ、ノーガードでネガティブビーストの嵐の中に居たのですもの! 今後は気を付けてくださいまし!」


 ふらつくミアの手を掴み、ルシエラが眉を吊り上げてそう窘める。

 普段はつれない態度をとる癖に、こんな時は馬鹿正直に心配してくれる彼女。正直言ってこの場で押し倒したい。


「動けない、抱っこ」


 ミアはそんな衝動を抑えつつそう甘えてみる。

 本当は動けるのだが彼女がそんな事をしてくれそうなチャンスを逃す手はない。


「え」

「動けないから、ね」

「そ、そうですわね……。わたくし、好敵手であることに甘え、ミアさんに負担を強いてしまいましたものね」


 ルシエラは迷う素振りを見せたが、予想通りミアを抱き上げお姫様抱っこをしてくれる。


「ミアさん、状況は悪化の一言ですわ。けれどまずは一刻も早くこの魔法陣の外に出ましょう」

「そうだね」


 照れ隠しにそう言うルシエラの首に手を回し、ミアはぴったりと体を寄り添わせる。


「ねえ、ルシエラさん。アンゼリカさんが昔のルシエラさんに似てるって言ったの覚えてる?」

「ええ、覚えておりますとも。ミアさんのおっしゃる通りでしたわ、傍目から見た昔のわたくしはあんなにもろくでなしでしたのね。汗顔の至りですわ」


 前を向いたままそう答えるルシエラ。

 その厳しい言葉にミアは思う。多分、ルシエラにはミアの言いたかったことが届いていない。


「あのね、ルシエラさん。私が言いたかったのはそうじゃないんだよ」

「ではどういう意味ですの?」


 ルシエラが不思議そうな顔をしてミアを見る。

 もしかするとそれは、今と昔両方のルシエラを知るミアだから分かることだったことで、当のルシエラ本人もそれに気がついていないことだったのかもしれない。


「アンゼリカさんが昔のルシエラさんに似ているってことは、アンゼリカさんも今のルシエラさんみたいに変われるってことだから」


 魔法陣の端を抜け、ルシエラが難しい表情をして歩む足を止める。


「だからルシエラさん、アンゼリカさんも変えてあげて欲しい」


 ルシエラは少し目を閉じて考える素振りをしていたが、


「わたくし、変わったと言われても自分で変われた訳ではありませんの。村の皆の優しさ、そして……常に誰かのために戦える貴方の姿に焦がれ追い続けた結果だと思いますの」

「なら、それをアンゼリカさんにしてあげればいい。追いかけるに相応しいルシエラさんの姿、見せてあげて」

「それは難題ですわね……」

「ううん、もうしてることだよ? 入学の時、列車に私に手を差し伸べてくれたよね。それで私も今の私に変われたから、私がライバルとして追いかけたいルシエラさんの姿はそれ」


 ミアがじっとルシエラを見つめ、ルシエラがその瞳から目を逸らさずに見つめ返す。


「……わかりましたわ。貴方が好敵手としてのわたくしにそれを求めると言うのなら、それから逃げる訳にはいきませんもの。ライバルたるに相応しい姿、アンゼリカさんに見せて見せますわ」


 そしてルシエラは照れくさそうに微笑んでそう答えた。


「んっ」


 その表情を見てついに辛抱堪らなくなったミアは、お姫様抱っこしているルシエラの腕からかろやかに飛び降りる。


「え、え? ミアさん、動けないんじゃ……」

「実はお姫様抱っこして欲しかっただけ、だから」

「酷いですの! わたくし、本当に心配しましたの!」

「知ってる。ありがとう」


 そして、これ以上の文句を封じるように、今度は自分からぎゅうっと抱きつくのだった。

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