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7話 黄昏は巨人の国4

 大巨人を迎え撃つべく、ルシエラ達は魔法協会支部からほど近い丘へと急ぎ向かう。

 そこには既にシルミィの呼びかけに応じた近隣魔法協会の魔法使い達が陣取っていた。


「遅いぞ! 急ぎって言うから大至急で呼び出して、こっちは炊き出しまで始まってるんだが」

「申し訳ありませんわ。……でも急な呼びかけに思ったよりも人数が集まりましたわね」


 ルシエラはちゃっかり炊き出しの料理を受け取りつつ、ぐるりと周囲を見回し感心する。丘には大勢の魔法協会員が集まり、協力して迎撃準備をしていた。

 観測魔法を打ち上げる魔法使い、防御障壁の準備手伝いをする魔法学校の生徒、魔力補給用の魔石を準備しているのは魔法に関する商店の店主だろうか。


「ふん、幹部連中の人徳って奴だ。魔法協会存続のため、連中をボコボコにするぞって呼び掛けたら皆喜び勇んでやって来たからな」

「なるほど……。積み重ねた不信感と言うのはかくも恐ろしいものなのですわね」


 もしもルシエラがミアに負けず、わがままで愚かな女王のまま魔法の国(グランマギア)に残っていたら、いつかこんな風に反旗を翻されていたのだろうか。

 使い魔越しに見た魔法協会幹部の姿に、あまり想像したくないもしもの自分を重ね合わせてルシエラは身震いした。


「それで出来得る限りの準備はしてるが、具体的にどうやって止めるつもりなんだ? あのパワー有り余ってるピンクにキックで倒してもらうか?」

「ん、大きさ次第でやるけど」

「……ミア。いくらアンタでも流石にそれは無理だわ。あれを転ばせるとかそう言うの無理、絶対無理だから!」


 双眼鏡で平原の様子を確認していたフローレンスが、愕然とした表情でそう呟く。


「おい、フローレンス! 件の奴が見えたのか!?」

「ええ、もう見えるわ! でも……ほんとに大きいんだけど、あれ!」


 フローレンスは興奮した様子でそう叫ぶと、シルミィやルシエラ達にも双眼鏡を渡していく。


「おいぃぃ!? 本当にヤバいっていうかヤバすぎるだろ! スケール感が迷子の異常事態なんだが!?」

「……本当に。予想よりも大きいですわね」


 ルシエラは手渡された双眼鏡を覗き込み、想像以上の巨体に生唾を飲む。

 ナスターシャが言っていた言葉に一切の誇張はなく、大巨人の姿は天を貫くほどの超弩級。小高い丘など膝下にすら届かない。

 そんな巨体が夕闇の空を貫いてゆっくり侵攻する姿は、世界に終末が訪れたと錯覚するほど異様な光景だった。


 ──あれほどの巨体、原料に何体のネガティブビーストを使っているのですかしら?


 ナスターシャが言うには魔法協会は先んじてアルマテニアの陸軍基地を襲撃していたはず。その襲撃には魔力の高い魔法使いを多数ネガティブビーストとして取り込む意図が有ったのかもしれない。


「街から見えたら混乱、起きそうだね」

「間違いなく見えたら大混乱よっ! 魔法協会も戦力になる一部を除いて避難させた方がいいんじゃないかしら!?」


 フローレンスが準備をしている魔法協会員達を指さす。

 巨人の姿を直に確認していないため、協会員達はまだのん気にしているが、目視で確認すればパニックで統率が取れなくなってしまう可能性は十分にある。あれはそれだけの巨体だ。


「……むむぅ、アレの相手じゃ並みの魔法使いは戦力にならんだろうし、後方支援に回ってもらった方がいいか。って言うかナスターシャ、本当に止める手立てがあるんだろうな? そもそもアレ人類の力で止められるのか?」

「最新式の魔導砲を搭載した軍用列車を走らせる手はずになっておる。セリカの奴が首尾よく借りられておれば、時間的にそろそろ到着するはずではある、のじゃが……」


 そこまで言って、ナスターシャがルシエラを一瞥する。

 魔導砲であの大巨人を止められるかルシエラに判断を仰ぎたいのだろう。視線を向けられたルシエラはそれを了承する意味を込めて小さく頷いた。


「そうか! 魔石地帯への線路は元々街と陸軍基地を繋げる目的で敷いたものだからな! 持つべき者は権力者のご家族様だなっ!」


 そんな懸念などつゆ知らず、魔導砲のことを聞いたシルミィは嬉々として戦力になりそうな魔法使い達をかき集め、丘の下を走る線路へと走っていく。

 程なくして、黒い車両に巨大な砲身を連結させた魔法列車が線路の彼方からやって来た。


「先輩達、列車持って来たですよ! ばっちゃを拝み倒して来たです!」

「あらま、本当に列車が来ましたわ。セリカさんって権力者の娘でしたのね」


 本当に魔法列車を伴って登場したセリカに驚きつつ、ルシエラはしげしげと魔法列車を眺める。勝手にこんな列車を走らせることができるなんて、セリカの実家は何者なのだろうか。


「知らなかったっけ? アイツの言ってる"ばっちゃ"って女王陛下よ」

「納得ですの。今後は敬語でお話した方がよいのですかしら」

「今更要らねーです。ってーか今自分が抱えてるトラブル、何に起因してるか思い出してみやがれです。おめーこそガチ女王じゃねーですか」


 丘を登って合流したセリカが思いっきりの呆れ顔をルシエラに向ける。


「セリカ、ご苦労じゃった。首尾よく借りれたようじゃな」

「おう、これで大事じゃなければ大目玉ですよ」

「ん、大丈夫。大事だから」


 ミアがセリカに双眼鏡を貸し与え、


「うおおおおっ!? なんですか、アレ! マジで大事じゃねーですか! 魔法協会なにしてやがるです!?」


 大巨人を確認したセリカが慄いた。


「……してルシエラ。あの魔導砲で大巨人の侵攻を止められるかの?」


 近くに魔法協会員達が居なくなったのを見計らい、ナスターシャがルシエラに尋ねる。


「無理ですわね。小動一つしないと思いますわ」


 手にした双眼鏡を少し下に向け、魔導砲を確認しながらルシエラが答える。


「セリカ無駄足だったですか?」

「無駄ではありませんけれど、少なくとも現状では決定打足りえませんわ。支部で戦った小さい鋼の巨人でさえ、わたくしが思ったより硬いと感じるほど頑強でしたの。それがあれだけの大型になったとすると、あの魔導砲では出力が足りませんわ」

「魔法の国とアルマテニアの技術水準にはそこまで差があるか……。じゃがペンダントがない以上、アルカステラも使えぬのじゃろ」


 ナスターシャが渋面を作り、ルシエラが重々しく頷いた。

 最悪ルシエラが正体露呈と引き換えに叩き斬ると言う手もある。

 しかし、アンゼリカだけでなくシャルロッテまで居るこの状況下、それをすればルシエラの存在が魔法の国に知れ渡る。その選択はルシエラにとっても、アルマテニアにとっても多大なリスクが伴う選択となるだろう。


「ならプリズムストーンの破片、使おう」


 妙案無く重々しい空気が流れ始めた時、ミアがそう提案する。


「ミアさん?」

「他に手ないなら。この前回収した奴、ナスターシャさんまだ持ってるよね?」

「うむ、まだ持ってはおる」

「確かにあれを使えば魔導砲の出力不足はどうとでもなりますけれど……」

「ルシエラさん、やっぱり不服?」


 言って、ミアがじっとルシエラを見つめる。どうやら自分でも気がつかないうちにルシエラは嫌そうな顔をしていたらしい。


「まあ……正直気分のいいものではありませんわね」


 それに気分だけの問題ではない。ルシエラが普段魔法を使わないよう心掛けているのは、正体露呈を防ぐためだけでないのだ。自らが好き放題に魔法を使うことでこの世界の魔法の発展が歪むのを懸念してのこと。だから、できることならばこの世界の水準に合わせた解決をしたい。

 ルシエラは目を閉じて暫し思案していたが、


 ──それでも、いいえ、だからこそ。


「そうですわね、それでも使いましょう。ナスターシャさん、破片を貸してくださいまし」


 そう決断する。

 既にシャルロッテによって魔法の国の技術は持ち込まれてしまった。今ルシエラ達の目の前にある大巨人は本来の魔法体系では現れない歪みそのもの。

 あれを野放しにしてしまうよりも、プリズムストーンの破片を使ってでも破壊した方が今後の悪影響は間違いなく少ない。


「ルシエラ、でもプリズムストーンって特殊なケージに入れてないとネガティブビーストを産み出すでしょ。そんなものを魔導砲に組み込んでも大丈夫なの?」

「それはプリズムストーンの誤った使い方ですわ。無差別にネガティブビーストを産みだす危険物を女王のシンボルにする訳がないでしょう」


 ルシエラはナスターシャから受け取った破片を手に取ると、自らの魔力を通して魔石として活性化させる。

 キラキラと眩く輝きながら破片が回りだし、それに合わせて強大な魔力が渦を巻く。


「魔法の国の女王が魔石に蓄えた自らの魔力を通して石全体を活性化させる。これが正しいプリズムストーン魔力解放手順ですわ」


 ルシエラは手の上で花のように咲いた魔石の破片をふわりと舞わせ、セリカへと手渡した。


「セリカさん、魔導砲に持って行ってくださいまし。ただし、どうやって破片の魔力を解放したかは知らんぷりでお願いしますわ」

「お、おう。わかったです」


 セリカは恐る恐る破片を手に取ると、魔導砲に組み込むために急ぎ足で丘を下っていく。


「至極当然みたいに滅茶苦茶やるわねぇ……。私わかってきたんだけど、アンタって無自覚に才能で殴って人の心を折ってくタイプよね」

「え、別にセリカさんは心折れることはないですわよね」


 思わぬ言葉にルシエラは目をしばたたかせた。


「私達は魔法学の差とかでまだ言い訳できるから。でも、アンゼリカとか言う奴は自分が互角だと思ってたんでしょ? 多分、心へし折れてるわよ。私はダメ人間の劣等生だからそこら辺はよくわかるの」

「まさかですの。むしろわたくしはミアさんに幾度も心をへし折られた側ですの。わたくしからすれば、そんなので折れる心はただ弱いだけですわ!」


 しどろもどろになりながらルシエラはそう反論する。

 実力的には勝っているはずなのに今に至るまでミアには一度も勝てず、プリズムストーンまで持ち出してもなお勝てなかった。それがルシエラなのだ。

 いくら努力しても追いつけない自分に焦り絶望することもあった。だが、そんなものは本当に心折れる前の準備運動みたいなものだったと覚えている。


「うん、今の言葉で確信した。アンゼリカさんの心を折ったね」

「え、ええ。ミアさんまで!? 全く自慢ではないですけれど、わたくしの自尊心を粉々に破壊したミアさんにだけは言われたくない言葉ですの!」

「だからこそ、だよ」


 眉を僅かに吊り上げて断言するミア。


「う、ぐぐ……。少し前から思っておりましたけど、ミアさんは妙にアンゼリカさんの肩を持ちますわね」

「同じ人を好きになった恋敵だから、ね。親近感あるよ」

「ああ、そういうこと。なんか凄く腑に落ちたわ。厄介な愛の持ち主だってのもそっくりだもんね」


 その言葉に、フローレンスが納得して深々と頷いた。


「それにアンゼリカさん、昔のルシエラさんに似てるから。あの時、どうすればルシエラさんと戦うんじゃなく仲良くなれたのかなって、たまに考える。だから、今回は同じ轍を踏みたくない」

「ミアさん……でも、昔のわたくしに似ていると言うのも厄介な話ですわ。わたくし最初にミアさんに負けた後、やけっぱちになって邪魔の限りを尽くした記憶がありますもの」

「ん、そうだね。ネガティブビースト次々と送り込んで来たよね」

「ちょ、ちょっと、縁起でもない事言わないでちょうだい! だ、大丈夫よ。魔導砲も発射寸前だし今更妨害なんてしてこないでしょ!」


 フローレンスは自分に言い聞かせるようにそう言って、魔力を充填して砲身を白く輝かせた魔導砲を指さす。

 白く輝く魔力が砲身全体からその先端へと収束し、やがて先端で巨大な球体となり、光の帯となって撃ち出される。

 そして、既に目視で確認できる距離まで近づいていた巨人を見事打ち貫いた。

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