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6話 そのライバルは窓に張り付く12

「さっきのネガティブビースト! 一体だけではなかったのですわね!?」


 ──油断しましたわ。目くらましをされたのはわたくし達の方だったのですわね!?


 ルシエラはアンゼリカに剣を突きつけるのも忘れ、驚きに目を見開いて鋼の巨人を見上げる。


「はいはい、そこまでー。動いたら建物の上にズドンしちゃうからね、そしたら中身の人間がトマトカーニバルになっちゃうね☆」


 そしてルシエラの背後から聞こえる先程よりも鮮明なシャルロッテの声。


「卑怯な!」


 悔しさに唇を噛みしめ振り返るルシエラ。

 そこに居たのは紅い髪とスタールビーのようにキラキラと輝く瞳が印象的な少女。

 ミアに勝るとも劣らないその豊かな胸元には金糸で刺繍された紋章。その紋章はフクロウ、つまり彼女も魔法の国(グランマギア)の御三家が一人。赤のヴェルトロンだ。


「そのシイタケみたいな瞳にフクロウの紋章……やはり貴方はシャルロッテ、シャルロッテ・ヴェルトロンでしたのね!」


 フクロウと言うよりバニーの方が似合いそうな見た目の少女。

 その姿にルシエラは昔見たヴェルトロン次期当主の顔と名をはっきりと思い出す。彼女がヴェルトロンの次期当主シャルロッテ・ヴェルトロンで間違いない。


「やっほー☆ おひさだねっ! ほんとに生きていたなんて驚きだねぇ」


 シャルロッテはとびきり明るく無邪気な笑顔をルシエラに向ける。


 ──まさか青と赤が結託していただなんて。しかも、それがよりにもよってシャルロッテさんとは……記憶通りの方なら厄介ですわ。


 一方、ルシエラの表情はより一層険しくなっていた。

 かつての記憶通りならば、あの少女はアンゼリカとは別の性質で厄介な相手。平気で外道の所業ができるタイプだ。


「アンジェ、アンジェ。助けたの貸し一個だからねっ☆」

「……私、そんなの頼んでませんっ!」

「えー。でもさ、私から見ても完敗だったよ? アンジェ、現実はちゃんと直視しないとだねぇ」

「っう!」


 人懐っこい笑顔のまま容赦ない言葉を浴びせるシャルロッテ。

 アンゼリカは悔しさで押し黙りながらも、殺気の漏れ出たような表情でシャルロッテを睨みつけた。


「うん、じゃあ、次は私の番だから。アンジェはそこで反省会してていいよっ」

「慰めの言葉一つもなくそれですの。……ああ、やっぱり。貴方、昔からそう言う方でしたわね」


 彼女は見た目通り明るく気さくな性格ではあるが、己の利害が絡めば目をキラキラと輝かせたまま情け容赦なく人の心を踏みにじる。

 彼女ならばシルミィ達にこんな仕打ちができるのも納得。かつてのルシエラも、自分が女王の座に就いている間は大人しく座敷牢に幽閉されていてくれないかな、と内心思っていたほどだ。


「ルシエラ様……あ、今は様要らないんだよね。ルシエラは昔と変ったよねぇ、そんな風に怒るキャラだった?」


 自らに鋭い視線を向けるルシエラに、シャルロッテは明るい笑顔のまま小首を傾げた。


「わたくしのことはどうでもいいですの! 貴方、今のアンゼリカさんの表情を見て何か思いませんの!?」

「んー。アンジェも意外と打たれ弱いなって思った。これなら私が女王になれそうかも」

「貴方と言う人はっ!」


 まるで悪びれないシャルロッテに憤慨し、漆黒剣を向けようとするルシエラ。

 だが、鋼の巨人が魔法協会の建物を軋ませたことで、その動きを止めざるを得なかった。


「わわっ。ルシエラ、危なかったね。人質さんが心配なら忘れちゃダメだよっ☆」

「本当に外道ですのね……!」

「んー、ルシエラがそう思うならそれでいいよ。それじゃ、外道ついでに変身用ペンダントも要求しちゃっていい?」


 シャルロッテは差し出した右手をにぎにぎと動かしてペンダントを寄こせと催促する。


「断りますわ。貴方のような人間にお母様の形見でもあるペンダントを渡せません」


 ルシエラはシャルロッテを鋭い視線で睨みつける。


「うーん、素直じゃなくって困っちゃう。じゃあ、人質使っちゃうしかないねぇ」


 シャルロッテはわざとらしく眉をひそめるとパチリと指を一鳴らし、建物に覆いかぶさっていた鋼の巨人が更に建物を大きく軋ませた。


「っう!」

「わ、顔色変わったね。ね、ね、渡す気になってくれた?」


 焦るルシエラの顔を見て、シャルロッテがぱあっと表情を明るくする。


「ルシエラがこれ以上動くと半分潰しちゃうよっ。あ、でも建物半分を潰しても人質もちゃんと半分潰せるかは分からないねっ☆」

「このクサレ外道……っ!」


 異世界で罪のない人々を殺めるなど、女王争いでの瑕疵(かし)もいい所だ。常識的に考えてこんなものブラフに決まっている。

 いるのだが、ルシエラはそれがブラフだと信じきれない。この少女ならばやりかねないと言う負の信頼がある。故に動きを止めざるを得なかった。


「後、そこのピンクの人も同じだよ。入り口から動かないでくださーい」


 シャルロッテは建物の入り口をピッと指さすと、物音を聞きつけて援護に入ろうとしていたミアにウィンクする。


「んっ……!」


 ミアは鋼の巨人を見上げると、悔しげに両手の拳を握って足を止めた。


 ──参りましたわ。人の心はまるで分からない癖に、こう言った所はまるで抜け目がないですの。


 ルシエラはシャルロッテに殺気をぶつけつつも周囲を見回して打開の可能性を探す。

 恐らく反撃のチャンスは来る。だが、抜け目ないシャルロッテが悠長な時間稼ぎを許してはくれるとは思えない。


「あれ、何か企んでる? じゃあ、カウントダウンするねっ☆ じゅーうっ、きゅーうっ、はーっち! はい、ここで休憩っ! 休んだ分は早送りっ! さーん、にーいっ! いーっち!」


 案の定、それを察したシャルロッテがカウントダウンを始め、巨人の下に展開されている魔法陣を紅く輝かせる。

 鋼の巨人が魔法協会の屋根を軋ませ、屋根の一部がガラガラと音を立てて崩れ落ちた。


「っ! ……分かりました、渡しますわ! ですが約束なさい、わたくしがペンダントを渡せば中の人達に手を出さないと!」


 それを見たルシエラが慌てて制止をかける。


「ほんと? ペンダントくれるならいいよっ!」


 巨人が魔法陣を輝かせたまま動きを止め、シャルロッテがキラキラとした目をより一層キラキラさせて指を鳴らす。

 ルシエラは怒りを吐き出すように大きく息を吐くと、胸に手を当てて変身を解除。


「ふん、この場だけは預けてさしあげますわ」


 悔しさ混じりにそう言って、母の形見であるペンダントをシャルロッテに投げ渡す。

 シャルロッテはそれを手に取ると魔力を通して本物であるかを確かめる。


「おっけー、確かに本物さんだねぇ」


 シャルロッテはそれが本物だと確認し終え、満足そうに頷くと、


「ありがと。ついでにルシエラはリタイアしててねっ☆」


 ルシエラに向けて紅い刃を打ち放った。


「こんのっ!」


 ルシエラは素早く魔法障壁を展開してそれを受け止めた。


「わわっ、こんな簡単に止めちゃうんだ。凄いねぇ。私としては女王になりたいから、そんなルシエラに参戦されると困っちゃう」


 シャルロッテはわざとらしく渋い顔をして、頬に指を当てて困ったアピールをしてくる。


「うーん。中の人達には手を出さないって約束しちゃったし、なんか次の交渉材料を考えないと。……ドーナツ一個あげるから魔法直撃してくれない?」

「嫌ですの」

「じゃあ一個半」

「嫌ですの! 悪行三昧した上に、人の命をディスカウント価格で買い叩こうとしないでくださいまし!」

「仕方ないねぇ、あんドーナツもつけちゃう」

「ドーナツ山積みされてもお断りですの! シャルロッテさん、貴方のやり方とくと拝見いたしました。交渉の余地などありませんわ」


 ルシエラがそう言うと同時、建物を覆っていた鉄巨人が轟音を立てて森の中へと吹き飛んだ。

 吹き飛んだ巨人の代わりに建物の上に居たのは箒に跨った痴女。ナスターシャだった。


「ルシエラ、邪魔な大物は退かしておいたぞ!」

「助かりましたわ、ナスターシャさん!」


 頷くと同時、ルシエラは影から漆黒剣を引き抜いてシャルロッテへと一気に斬りかかる。


「わ! わわっ! 変態さんのご登場だねっ、ちょっと欲張りすぎちゃったかな!?」


 シャルロッテはペンダントを懐にしまい込みながら後ろに飛び退くと、魔法障壁を三重展開。

 辛うじて斬撃を受け止めつつ、事前に用意してあったらしい転移用の魔法陣に魔力を通して転移を開始。


「私は用事が済んだから帰るねっ。アンジェ、おつかれっ☆」


 打ちひしがれたままのアンゼリカにそう告げて、空間転移で消え去った。


「っ、一歩遅かったですわ!」


 先程までシャルロッテが居た場所に刃を振り下ろしながらルシエラが忌々しげに吐き捨てる。


「……ルシエラさん」


 そこにアンゼリカが呟くように話しかけ、ルシエラは急ぎ身をよじらせて剣を構える。

 警戒するルシエラだったが、アンゼリカは暗い表情で俯いたままだった。


「ルシエラさんは努力した私より、卑劣な手を使うシャルさん相手の方が必死になってくれるんですね? 見てくれるんですね?」

「アンゼリカさん、何をおっしゃって……」


 ルシエラが思わぬ言葉に動揺する間もなく、


「私だって手段を選ばなければあれぐらいできます! 正攻法で振り向いてくれないなら、どんな手を使ってでもルシエラさんを振り向かせてみせます!」


 アンゼリカは震える声を絞り出してそう叫ぶと、シャルロッテの後を追うように空間転移で姿を消すのだった。

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