6話 そのライバルは窓に張り付く9
「ぐえぇっ……」
「嘘! なんて馬鹿なことしたのようっ!」
フローレンスが悲痛な叫びをあげ終える間もなく、他の少女達もそれに続いて懐から取り出したグリッターを次々飲み干していく。
「んっ!」
「何て愚かな! 集団自殺にも等しいですわ!」
驚く三人に対し、シルミィ達は揃って邪悪な笑みを浮かべると、
「これで……私の、勝ちだ。変身っ!」
欠けた変身用ペンダントを手にして次々とそう叫んだ。
途端、彼女達の制服が光の粒子となり、その粒子に照らされるようにその姿が眩く輝く。制服だった光の粒子がアイドルのようなフリルの衣装に組みなおされ、最後にその手にパステルカラーの武器が顕現した。
「魔法少女ですの!」
「マジカルペットなしで変身……できるんだ」
「可能ですわ。プリズムストーンの破片を飲みこみ、無事にと言う必須の前提を取り除けば」
驚くミアにルシエラがそう補足して憤る。
莫大な魔力を自由に行使できる者、あるいは魔力調律で極限まで己の魔力を効率化した者が変身用ペンダントを使って変身する。それが正しい魔法少女への変身手順。
だが、プリズムストーンの破片を魔力制御用の溶液と共に飲み込み、元々魔法を使える者が一時的に本人の限界を超える魔力を取り込んだのならば、多少魔力制御が甘くても力任せで変身することは可能だ。
されど、それはネガティブビースト化と言う特大の副作用を抜きとしても、先人達が禁術などと呼び使わぬよう戒めた技術そのもの。何の手柄にもならない。普通の人間が前提としている"無事に"と言う要素を無視しているだけの話だ。
「……魔法協会が、シャルロッテさんがどういう方かよく分かりましたわ。わたくしにとって、貴方達が看過できない存在であることも」
自らの影から漆黒剣を引き抜き、ルシエラは怒りに声を震わせながらシルミィ達に切っ先を向ける。
どうして誰も彼もプリズムストーンをろくでもない悪事にしか使わないのだろうか。本当に人々の幸せを願っての行動ならルシエラだってプリズムストーンもペンダントも託すことができるだろうに。
その力故に願いを曇らせる。それがプリズムストーンと言う絶大な力が持つ魔性とでも言うのだろうか。
「……会長、こいつをボコってペンダントとやらを手に入れたら、私達一派を多少なりとも優遇してくれるんだろうな?」
ドレスを手で押さえながらシルミィが最終確認する。粗悪なペンダント片で変身したため、彼女達のドレスは既に自壊が始まっていた。
『約束しよう。もっとも、数少ない変身可能なペンダント片を使っているのだ。手に入れてくれねば困るのだがね』
「……わかった。なら見せてやる、私達の覚悟を! やるぞっ!」
シルミィが叫ぶと同時、魔法少女達が一斉にルシエラへ向かって跳ねた。
「ルシエラ、気をつけてっ!」
「心配ご無用、フローレンスさんは自分の身を守っていてくださいまし! ミアさん、行きますわよ! ただしフクロウのぬいぐるみだけは気を付けて!」
「んっ! 分かった」
ルシエラとミアは背中合わせに構えを取ると、迫り来る魔法少女達を迎え撃つ。
振り降ろされる大槌を漆黒剣で受け止め、それによって体勢が崩れた魔法少女をミアが回し蹴りで吹き飛ばす。
相手も負けじとその隙を衝いてくる。ミアに狙いを定めた魔法少女が力任せに槍を薙ぐ。
それをルシエラが刃で受け流し、地面に手をついたミアが魔法少女の顎を下から蹴りあげた。
「ミアさん、来ますわ!」
「分かってる」
遠距離からの雷撃魔法に気が付いたルシエラが指示を出し、ミアとルシエラが瞬時に散開する。
直後、二人の居た場所に斬りかかっていた魔法少女が、行き場を失った雷撃の直撃を受けてのた打ち回った。
「こいつ! 魔法もまともに使えない癖にっ!! 私達がどれだけのリスク背負ってると思ってるのよ!!」
魔法だけでは埋められない歴然たる戦闘経験の差。思うがままに手玉に取られ、そこにドレスとグリッターの時間制限も加わって、魔法少女達は徐々に苛立ちを隠せなくなっていく。
「落ち着け! 全員取り囲んで時間を稼げ! 私が詠唱付きの大魔法で焼き払う! 辺り一面全部焼けば命中も回避もないっ!」
シルミィが地面を思い切り踏みつけ、周囲の魔法少女に指示を出す。
「正に魔法協会。組織の末端まで見習いたくない薫陶を受けておりますわね」
とは言え、そんな事をされてはフローレンスの身が危ない。
狙いを定められないよう走り回っていたルシエラは、嫌味混じりにそう言って漆黒剣をシルミィに向けて投擲する。
「うほほぉぉいいぃ!?」
不意の一撃にシルミィは魔法の詠唱を中断し、咄嗟に武器を構えて尻餅をつく。
「フローレンスさん、今のうちに戦場から離れてくださいまし! わたくし達が森に潜んでのゲリラ戦で各個撃破していきますわ!」
「あ、アンタ達本当に戦い慣れしてるのね。ちょっと引くわ」
フローレンスは呆れたように呟くが、言われた通り踵を返して一目散にその場を逃げ出した。
「あいつだ! あいつを狙え! そうすれば厄介な二人もついでに釣れる!」
シルミィがフローレンスを指さし、魔法少女達がフローレンスを追いかける。
「釣ってるの、こっちだから」
その隙を衝いて、気配を消していたミアが木の枝に掴まりながら現れ、シルミィの首を太ももで挟んでブランコから靴を蹴り飛ばすようにして放り投げた。
「ぐえええっ!?」
「くっ! ちょこまかと!」
シルミィが盛大に地面を跳ね転がり、指揮官の異常に気がついた魔法少女が足を止め、サポートする為に向き直る。
「隙だらけですわ!」
足が止まったその一瞬をルシエラは見逃さない。再び漆黒剣を顕現させ、魔法少女が身に着けた変身用ペンダントを振り向き様に破壊する。
ペンダントが破壊された少女は魔力の衣を失って全裸となり、その一糸纏わぬ体から黒い影が噴き出した。
「なっ!」
突如の豹変に急停止するルシエラ。
「よし、相手の足が止まった! いまDAAAAAAAAAAA!』
それ好機とルシエラに魔法を打ち込もうとしていた魔法少女達からも次々と影が噴出し、仮面のないネガティブビーストが次々と誕生していく。
「フローレンスさん、状況が変わりました! こちらへ! 分散していては不利ですわ!」
「わ、わかったわ!」
フローレンスは周囲を忙しなく見回すと、ネガティブビーストを引き連れながら大慌てで駆け戻る。
敵の数は増えたがそれでいい。ネガティブビーストに対する決定打をルシエラしか持たない以上、分散して得られるメリットはなにもない。
──全く、魔法協会もわかりきった失敗をしてくれますわね。
当然の惨劇にルシエラが心の中で悪態をつく。
魔法協会が魔法総省に取って代わられるのも当然だ。誰が好き好んでこんな風に使い捨てにされたいと思うのだろうか。
『なるほど、実に素晴らしいセンスだ。しかし、それは魔法使いとしての強さではないがね。仕方あるまい、先達として未熟な魔法使い君にこの次を見せてあげよう』
「次の段階ですって?」
混乱の最中に聞こえた思わぬ言葉。ルシエラは声の主であるクマのぬいぐるみに視線を向け、漆黒剣を強く握りなおす。
──ネガティブビーストに次の段階があるなんて知りませんわ。
かつて自らが作り出したネガティブビーストには次の段階など存在しなかった。
だが、グリッターを飲んだ人間が変貌したネガティブビーストは、本来の弱点部位である仮面を持たず、宿主となる人間をそのまま取り込んでいる。異なる特性を得ている可能性は否定できない。
『さあ、刮目したまえ。これが我々の偉大なる研究の成果の一端! 憎き魔法総省の時代を終わらせる鋼の英雄だ!』
ルシエラが鋭い視線を向ける中、クマのぬいぐるみが高らかに宣言し、シルミィの足元に鈍く輝く真紅の魔法陣が出現した。




