6話 そのライバルは窓に張り付く6
呼び出しを受けてから程なくして生徒指導室に着いたルシエラはノックをし、中からの声に促されて部屋へと入室する。
「失礼いたしますわ」
神妙な面持ちで指導室へと踏み入ったルシエラは部屋の様子に仰天する。
生徒指導室の中には鋼鉄の処女やら、三角木馬やら、怪しげな拷問器具が所狭しと並べられていた。
──何ですのこの部屋。むしろ風紀が乱れに乱れておりますわ!?
「うわあっはっはっはー!」
面食らうルシエラの後ろ、出口を塞ぐように馬鹿っぽい高笑いがこだまする。
「罠だと知らずにノコノコ来たみたいだなっ! これだから警戒心の薄い田舎者は困るなっ!」
「もしや、シルミィさんが呼び出したんですの?」
「そうだぞ、魔法協会所属の風紀委員に依頼したんだぞっ」
腰に手を当ててドヤ顔を作るシルミィ。
「まあ、そうでしたの」
──本当の呼び出しでなくて良かったですわ、本当に。
ルシエラはしつこいシルミィに辟易しつつもほっと胸を撫でおろす。
正当な指導ならしっかり説明して誤解を解かなければならないが、シルミィなら別に退ければいいだけの話だ。大分話が分かり易くなってありがたい。
「んんー? なんだお前、絶体絶命のピンチなんだぞ。もうちょっと恐怖しろ、シルミィ様はお前の情けない顔芸をご所望だぞー」
「恐怖もなにも、わたくし的にはむしろ危機が去った感じですわ。心底安堵しておりますの」
先程よりも表情を明るくしてルシエラが言う。
「はぁ、生意気なんだが? そんな事言えるのも今のうちなんだからな!」
対するシルミィは余裕を取り戻したルシエラの態度が気に入らないらしく、膨れっ面で眉を吊り上げた。
「出て来い! 拷問係っ!」
シルミィがそう叫ぶと同時、鋼鉄の処女が開き、中から鞭を手にした不審者が現れた。
その出で立ちは黒頭巾に裸サスペンダー、下半身は黒いタイツ。まさに不信感がオーバーキル、見た目で職務質問一発アウト確定な生物だった。
「ぐふふふっ、ようやくわたくしめをお呼びになられましたな。これ程の美少女を嬲っていいとは至極光栄でございますぞ」
「な、なんですのこの生き物。風紀委員どころか警察沙汰ですわ」
──よくこんな方を雇ってますわね。ちょっと正気を疑ってしまいますわ。
文句なしの不審者登場にルシエラは顔を引きつらせる。こんな生き物がこの世界に存在したことが驚きだ。
ルシエラの田舎も魔物が出るだの神秘の世界だのとよく馬鹿にされるが、流石にあんな生き物は生息していない。
「あっはっはっ! ようやくいい顔になったじゃないか! さあ、怯えろ、慄け! こいつは可愛い女の子を虐めるのが大好きな社会不適合者! 上からこいつを押し付けられた私も身の危険を感じる奴だぞー! うわっはっはー!」
慄くルシエラに機嫌を良くしたシルミィが馬鹿そうな高笑いをする。
「はぁ。一つ言っておきますけれど、これは魔法総省をライバル視する魔法協会としても、ナスターシャさんをライバル視する貴方としても、見るに堪えない行いですわよ」
「ふん、負け犬の遠吠えだなっ! こいつは美少女がそう言う生意気な態度を取るほど大興奮するんだからな。見ろ!」
「ふほほほ、大興奮ですぞ! エクスタシーですぞ! 拘束椅子、海老責め、亀甲縛り、三角木馬、苦悩の梨ぃぃぃぃぃ!」
喜悦の叫びをあげた拷問係は背中を仰け反らせると、ビシバシと手当たり次第に鞭を振り回す。
──想像以上に見苦しい生き物ですわね。ナスターシャさんではないですけれど、強烈な魔法で部屋諸共吹き飛ばしてしまいたくなりますわ。
こんなのを雇っている魔法協会はまともで穏健な組織ではないことを確信しつつ、ルシエラは大興奮する拷問係を暫し呆れ顔で睨みつける。
「痛い! 痛い! 鞭、当たってる! 私を巻き添えにするな!」
「ご安心くだされ、我々の世界ではご褒美ですぞー!」
「私にとってはご褒美じゃなぁい! さっさとやれ! そんでこっちくんな!」
身を縮こまらせたシルミィは涙目になりつつも、あっちだあっちだと力強くルシエラを指さす。
その指示に従い、拷問係がルシエラへと向き直る。
「かしこまっ!」
そして一気にダッシュ。俊足の魔の手がルシエラへと伸びる。
しかしその寸前、壁面を突き破り一本の手が現れた。
伸びた手はその細くしなやかな指からは想像できない力強さで拷問係の顔面を鷲掴みにすると、
「ぷぎゃっ!」
そのままくの字に腕を曲げて拷問係を壁へと叩きつける。
拷問係は潰された豚のような声をあげ、ずるりと床へと崩れ落ちた。
「おいいいい!? 何だこれ! いきなりホラータイムが始まったんだが! 私はオバケとか非魔法科学的なのは苦手なんだが! 夜にトイレにいけなくなるんだが!?」
怯えるようなシルミィの叫びに呼応し、腕の伸びた壁面がガタガタと揺れ、壁を砕きながら美しい手に相応しい美少女が堂々と部屋へ踏み入って来る。
「み、ミアさん! 来ておりましたのね!?」
「ん、変な声が聞こえたから急いできた。ルシエラさんにそう言う事していいの、私だけだから」
僅かに眉を吊り上げたミアがハンカチで手を拭きながら言う。
「ええ……」
──これ、わたくしにとっては一難去ってまた一難なのでは?
「大丈夫、むしろルシエラさんにして欲しい側だよ」
そんなルシエラの心情をくんだのか、ミアはぐっと親指を立ててそう付け加えた。
「ミアさん、その補足が有っても大丈夫さんは依然迷子のままですの……」
「な、なんだ、ルシエラの彼女か脅かすなー。まあ、お前ひとりぐらい追加しても、ひっ!?」
そう言いかけた所で、シルミィはミアに視線で威圧され、声を上ずらせて尻餅をつく。
「あとシルミィさん、私怒ってるから。世の中にはしていい事と悪い事があるんだよ。これは後者」
「わ、分かった。い、以後気を付ける」
「ん、ならどいて」
出入り口をふさぐ形で尻餅をついているシルミィを見下ろし、ミアが抑揚のない声で言う。
「そんなことするわけ……」
「どいて」
ミアは威圧感を滲ませて再度言う。
「う……くっ……!」
完全に気圧されたシルミィは、力一杯目を瞑ってミアから顔を逸らすと、尻餅をついたまま情けなく道を譲った。
「ルシエラさん、行こう。フローレンスさん達も心配して来てるよ」
ミアはルシエラの手を握って部屋の外へと引っ張っていく。
「そ、そうですわね」
──敵として立ち塞がった時のミアさんは凄い威圧感がありますのよね。知らずに敵対したシルミィさんには同情しますわ。
ルシエラがちらりとシルミィ達の様子を見れば、いまだ恐怖したままで立ち上がることができない様子だった。
結局、シルミィ達は二人が立ち去るまで情けなく床にへたり込んだままだった。
「……く、くそっ! なんだアイツ!? 可愛い顔して超絶怖いんだが!?」
「全くもって同意ですな。美少女ならば等しく虐めたい博愛主義のわたくしめが幼子のように恐怖するとは、あの容姿で相当の修羅場をくぐっていると見ましたぞ」
床で気絶したふりをしていたらしい拷問係が立ち上がりながら同意する。
「くそっ! だからって私は逃がす訳にはいかないんだが! これ以上失敗すると支部の立場が危うくなるんだからなっ!」
シルミィは自らの太ももを叩いて気合を入れると三角木馬に取り付けられた車輪のロックを解除。
次いでゴム製の鐙を木馬に装着し、魔力の付与された羽根をポケットから取り出して木馬にかざす。
「はいよーっ! もくばーっ!」
瞬時、木馬の後方から圧縮された空気が勢いよく解き放たれ、車輪を勢いよく回して三角木馬が駆けだした。




