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5話 魔法の国より愛(ヤンデレ)をこめて6

 私、アンゼリカ・アズブラウが初めて彼女と出会ったのは八つの時、御三家が持ち回りで行う交流試合でだった。

 魔法の国(グランマギア)の名門、アズブラウの当主となるべく生まれ、更には神童とまでともてはやされていた私は当然のように思いあがっていた。

 初めて参加した交流試合でも同年代、更には年上の魔法使いを次々と倒し、そして最後に魔法の国の女王になったばかりの彼女に勝負を挑んだ。

 つまらなそうに鼻を鳴らして舞台に舞い降りたかの人は、瞬く間に私を倒し、愕然とする私を見下すことも一瞥すらすることもなく、それが至極当然のこととして舞台を立ち去っていく。

 当然、驕り高ぶっていた私はその事実に憤り、そしてまたも彼女に挑んで手も足も出ぬまま敗北をする。

 そうして私のプライドは木っ端微塵に粉砕され、特別だと思っていた自分は皆と一緒の凡人に過ぎない事を知った。


 その日から彼女は私にとって最愛最憎の目標となった。

 その後も機会がある度、何度も何度も敗北を繰り返し、それでも一心不乱に目指した。

 倒れる私を一瞥もせずに天を見上げる彼女、何を想うのかすら分からぬほど遠くに立つ彼女、いつの日かその瞳に私が映ることを。彼女の見ている世界を一緒に見ることを。


 だが、彼女は突如として居なくなり、私の夢は叶わぬ夢となった。

 この喪失感を言い表す言葉を私は未だに知らない。


 それから五年。彼女が去り、決して叶わぬと思っていたその夢。それが今、再び私の目の前にある。

 今ほどこの胸の気持ちに一途であり続けたことを、努力と研鑽を休まず続けていたことを安堵した時はない。


 ──今の私はきっと彼女の前に立つに相応しくなっている。

 ──魔法の国の女王候補となった私なら、きっとルシエラさんだって認めてくれる。


 されど、まだ私は歩みを止めない。

 背中を見るだけじゃ当然足りない。

 視界に入るだけでもまだ足りない。

 私はあの瞳を眩ませる星になりたい。


 それよりも、なによりも、貴方と出会ってからこの胸の内に渦巻き続ける、この狂おしい感情を受け取って貰いたい。

 願いに突き動かされた足はもう止まらない。止まっている暇はない。


 だって、あの日始まった恋物語は既に再び動き出しているのだから──


   ***


 魔法学校からそれなりに離れた郊外の森の奥、魔法協会の支部はそこある。

 その一室、ちょっぴりメルヘンな内装が施されたその部屋には、ぬいぐるみが円卓会議のようにずらりと並べられ、それに取り囲まれるようにシルミィは座らされていた。


『負傷者17名、金貨132枚、列車の遅れ20分。シルミィ君、これが何のことだが分かるかね?』


 王冠と遠隔会話の魔石が取り付けられたクマのぬいぐるみが尊大な声音で尋ねる。


「……テスト監査で受けた魔法協会の被害、だな」


 人形達の中央に座るシルミィはいかにも不服そうな顔をして小声で答えた。


『その通り、しかし最大の問題はそこではない』

『うむ、会長の言う通り。何よりマズかったのは事態収拾をしたのが一生徒だと言うこと。我等魔法協会が学生の後塵を拝した、この事実による損失は金額では言い表せない。プライスレスだ』


 犬のぬいぐるみが素早くそう付け足し、


『左様、これは由々しき問題ですぞ。世間では魔法は一般にまで浸透したなど妄言がまかり通っておりますがな、我々はいまだ魔法使いを特別な者だと考えているんですな。無論、それは我々が特別優秀である前提ですぞ』


 タヌキのぬいぐるみが野太い声で賛同する。


「そうは言うけどな。報告書に書いた通り、グリッターはどう考えても生徒達が持ち込んだものじゃない。つまり魔法協会の……」

『シルミィ君、君は我々上層部の方針に不服があるのかね? だとすれば君は更迭され、支部も相応の報いを受けなければならない。そう、君の本家であるブランヴァイス一門が憎き魔法総省を立ち上げた時のように、だ』

「くっ……」


 クマのぬいぐるみにそう言われ、シルミィが苦々しい顔で押し黙る。


『仮に我々の伝達不備によるトラブルだったとしましょう。だとしても君が華々しくそれを撃滅すればいいだけの事でしょう、違いますか? 違いませんねぇ!』

『まさにまさに』


 その後も、ぬいぐるみを使役する魔法協会の重鎮達は好き放題にシルミィを罵っていく。

 その間、シルミィは反論することを許されず、ただ無言で俯いてじっと堪えていた。


 ──まあ怖い。中間管理職って辛いんですねぇ。


 その様子を部屋の隅で見学しているアンゼリカは思わず苦笑いしてしまう。

 情報伝達の不備などと言っているが故意に伝えていなかったことは明白。彼女もそれに気づいているだろうに、支部に累が及ぶことを恐れ押し黙る他ないのだ。


『だがしかしだね、アンゼリカ君。一つ不可解な事実もあるのだよ』


 不意にクマのぬいぐるみがアンゼリカへと話題を振ってくる。

 対岸の火事が自らに飛び火したことに思わず不快感が露わになりかけるが、それを取り繕って無害な微笑みへと作り直す。


「不可解な点、ですか?」

『グリッター散布機が破壊されたタイミングで、各種観測機器が捉えた魔力反応が測定限界値を叩きだしている。いくら才ある者が集められている学校とはいえ、あれ程までの瞬間魔力が人の身で出せるものかね?』


 アンゼリカは内心舌打ちする。

 魔法協会の会長が言っているのはルシエラの事だろう。彼女に相応しいまでに成長した自分を見て欲しくて、つい本気で魔法を使ってしまった。あれは失敗だった。

 これでルシエラに目をつけられてしまったら堪らない。彼女には自分だけを見ていて欲しい。こんなろくでもない連中に横槍を入れられてしまうなど断固遠慮だ。


「何者かがグリッターを噴霧していますからねぇ。あの状況下に限定すれば有り得る話です。グリッターと極端に相性の良い方が居たのならば、それだけの魔力反応が出ても不思議はありませんよ」

『なるほど、確かに観測された魔力反応はグリッターの物と酷似していたが……』


 プリズムストーンに蓄積された魔力は歴代女王のものであり、そこにはルシエラの魔力も含まれる。

 当然、その破片であるグリッターの魔力反応もルシエラのものに酷似している。彼等の水準ならばその違いを判別できず、この説明でも納得するはずだ。

 ただ一人、何食わぬ顔でこの愚かな連中に混ざっている、あのフクロウのぬいぐるみの使役者を除けばの話だが。


『んー、本当にそれだけでできるのかな? アルマテニア王立学校には魔法少女が出現したんだよね。なら、その魔法少女が使うマジックアイテムを使ったかもしれないねっ☆』


 底抜けに明るい口調で言うフクロウのぬいぐるみ。その抜け目なさにアンゼリカは内心舌打ちする。


 ──見逃してくれる訳ないですよねぇ、シャルさんは私よりも女王の座に拘ってますもんね。


 フクロウのぬいぐるみを使役している者の名はシャルロッテ。アンゼリカと同じく魔法の国の女王候補である彼女こそが、魔法協会にグリッター関連の技術を提供した犯人。燻っていた魔法協会の野心を真っ赤に燃え上がらせ、それを利用している邪悪な扇動者だ。

 そんな彼女がアンゼリカのミスを見落とす訳もなく、アンゼリカの目論みを看破して自らの都合がいいように軌道修正を図ってきた。


『なるほど、回収したあのアイテムの破片はグリッターにも使われている。シャルロッテ殿の言うことにも一理ありますな』

『ふむ、先日魔法学校で観測されたと言う魔法少女の関連マジックアイテムか……あれの本体が得られれば有益だろうな。よかろう、シルミィ君、君達に汚名返上の任務を与えよう。対象が魔法少女に変身する為のマジックアイテムを持つことを確認し、それを奪取したまえ。同時に使用者を確保できればなお良い』


 シャルロッテの言葉に感化されたクマのぬいぐるみが、シルミィに新たな指令を出す。


「は、私に泥棒と誘拐犯になれって言うのか?」


 それを聞いたシルミィは露骨に嫌そうな顔をしてそう言い返した。


『言葉を選びたまえ、私が求めているのは対象の確保だ。それが窃盗や誘拐になってしまうのなら、それは君のやり方が悪いだけのこと。いいかね』

「いくらなんでも……」

『いいのかね? 君は魔法総省を作り上げた裏切り者の一門。冷や飯食いに甘んじている部下達のためにも、華々しい功績をあげる必要があるのではないかな』

「くそっ、やればいいんだろ、やれば! このパワハラ野郎共め……」


 私は泥棒になるために所属してるんじゃないんだが、と小さく呟いたが、結局シルミィは渋々その命令を引き受けた。


『わ、頑張り屋さんだねっ。私も提案者として責任感じちゃう、だから特別にいいものをあげるねっ☆』


 フクロウのぬいぐるみの前に紅い魔法陣が展開され、一つの物体が転送される。

 それはリング状になったパンのようなものにシュガーグレイズがコーティングされた物体。


「は……。ドーナツ?」


 そう呼称するしかない物体の登場に目をしばたたかせるシルミィ。


『そうだよ。食べていいよ、美味しいよ!』

「何が送られてくるかと思えば、このタイミングで要るか!」

『そう、美味しいのに不思議だね。じゃあこれの方がいいかなっ!』


 ドーナツの周囲に魔法陣が展開され、入れ替わるように虹色に輝く魔法薬が転送される。それは紛れもなくグリッターだった。


「は? これグリッターだろ……! 新入りのフクロウの奴! お前ふざけてるのか!」


 先程までは渋々従っていたシルミィも流石にこの扱いは無視できなかった。

 怒りを露わにして立ち上がると、座っていた椅子をフクロウのぬいぐるみに向けて蹴り飛ばした。


『もぐ、もぐ、もきゅ。ほうふぁお(そうだよ)

「咀嚼音漏れてるぞ、ドーナツ食べながら人の尊厳を弄ぶな、本気で暴れるぞ!」

『安心したまえ、シルミィ君。我々はグリッターの使用を強制しない、決めるのは君だ。もっとも、返答如何で君の部下達が冷遇されるのは組織としてやむを得ないがね』


 だがその横暴をクマのぬいぐるみが(たしな)め、パワハラの熨斗(のし)をつけて返却してきた。


 ──グリッターの製法はシャルさんのもの。次に狙うのも他人が作ったマジックアイテム。それをやらせるのは自分の部下。魔法使いなのに全部他人の力で勝とうとするなんて、負けが込むと人間プライドなくなっちゃうんですねぇ。


 見事に飼いならされている魔法協会幹部。その姿にアンゼリカは呆れを通り越して苦笑する。

 自らの弛まぬ努力で新しい術式を習得し、ルシエラと戦える自負を持つまで至ったアンゼリカからしてみれば、彼等の姿は滑稽極まりない。


「ぐ、ぐううぅぅ……!」


 シルミィは涙目になって暫しグリッターを睨みつけていたが、結局むしり取る様にして薬瓶を手に取った。


「いいんだろーこれで! 使う前に成功させればいいだけの話だからなっ! くそっ!」 

『その通りだ。よろしい、君に対する要件は以上だ。この人形は会話終了次第自爆する』

「おい、ちょっと待て。どうしてここで自爆なんて……」


 不条理な命令に対する怒りを抑える間もなく、追い討ちをかけてくる不条理な宣告に目を丸くするシルミィ。


『では皆様、次は魔法総省を打倒した祝勝パーティでお会いしましょう。自爆する』

『ならば私はとっておきの赤を出しましょう、皆の驚く顔が目に浮かびますよ。自爆する』

『ほほほ、甘いですぞ。拙者にも秘蔵の白がありますからな。自爆する』


 シルミィが状況を理解しきる前に、取り囲むぬいぐるみが談笑しながら次々と自爆を宣言していく。


「ちょっと待て! 私、お前達の中心に居るんだが……!」


 なんとか逃げようと右往左往するシルミィだったが、周囲をぐるりと取り囲んでいるぬいぐるみはほぼ全て自爆を宣言している。


『なんか楽しいねっ! ドカンとパーティだよっ☆』


 止めにフクロウのぬいぐるみがそう言うと、次々にぬいぐるみが炸裂し、衝撃でシルミィが右に左に前に後にと揺れに揺れる。

 そして、それが終わると一気に沈黙が流れた。


 シルミィは焦げた床の上で暫く茫然としていたが、


「んああああーーーっ! 談笑しながら次々室内で自爆するな! だから魔法協会辞める奴が後を絶たないんだよ! そんなんだから魔法総省が国の魔法管理者になるんだぞ! 人を人とも思わないクサレあんぽんたん共めぇっ!!」


 倒れたまま足をバタつかせて人形の残骸を蹴り飛ばしていく。


「あの、シルミィさんでしたっけ? あの連中、他の支部とかと掛け合ってリコールしたらどうなんですか、魔法協会の幹部って別に世襲とかじゃないって聞いてますけど」


 焦げ臭い床に寝転がって癇癪を起こすシルミィに、流石に不憫と思ったアンゼリカがそう忠告してやる。


「むー。とは言うがな、話聞いてたら分かると思うが私自体もそう好かれる立場じゃないんだ」


 むくりと上体を起こしつつ、シルミィは口を尖らせる。


「でもあの感じだとあの人達方々から嫌われてません? 敵の敵は味方ってことで協力して貰えると思いますけど」

「考えとく。まずは目先のミッションをこなさないと支部の職員連中に給料払ってやれないからな」


 ──現状に不満があってもそれを変える努力をしない。ううん、実に怠惰です。魔法総省とやらの後塵を拝するのも無理ないですねぇ。


 アンゼリカにしてみればそれは消極的容認だろうと思うのだが、それを口を酸っぱくしてまで教え諭す義理もないだろう。

 虚空から取り出した杖を小さくくるりと回し、爆発で焼け焦げた部屋を直してやると、それ以上何も言わずに部屋を後にするのだった。

2023/08/31

指摘して頂いた誤字を修正しました。

ありがとうございます。

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[良い点] この子達根は良い子そうなんだがなぁ…
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