5話 魔法の国より愛(ヤンデレ)をこめて2
その後、テスト勉強をするセリカと別れたルシエラ達は、予定より遅れて生徒会室にやって来ていた。
「ふぅむ、やけに来るのが遅いと思っておれば、それは災難じゃったのう」
「本当ですわ。なんですのあの方! わたくしの制服にくっきりと足跡が残ってしまいましたの! 洗濯する側の気持ちになって欲しいですわ!」
くっきりと足跡のついた制服の背中を見せてルシエラが憤る。
「妾に苦情を入れられても困るんじゃがの。確かに妾とアレはいとこではあるが、迷惑しておるのは妾も同じなのじゃ。不思議なことに昔から事あるごとに突っかかって来てのう」
ナスターシャは心底面倒そうな顔をすると、自らの後ろにある割れた窓を指差す。
どうやら先程シルミィが飛んで行ったのは、ナスターシャに突っかかって返り討ちに遭ったかららしい。
──懐かしいですわ。わたくしもミアさんに突っかかってボコボコにされる時、大抵空に吹き飛ばされておりましたわねぇ。
ルシエラはそれに情けないシンパシーを感じ、割れた窓をしみじみと眺めた。
「不思議でもないでしょ。あいつ等魔法協会と母さんが長官をしてる魔法総省は険悪な仲。その上、姉さんは将来魔法総省の幹部間違いなしなご身分だもの。既に魔法協会の仲間だと思ってライバル視されてるのよ」
「とは言うがの。妾ほどの人徳もなく、魔力も劣り、知恵もない、妾に一度も勝てておらん。妾が見習うべき点は一つもないのにライバルとは妾に対して酷な話じゃろ」
「い、いいいいい一度も勝ててなくともライバルにはなれますわっ! ライバルとは志でなるものですのっ!」
困った顔をして言うナスターシャに、ルシエラが大声で反論する。
ライバル認定しているミアに一度も勝ったことのないルシエラとしては、他人事であってもそこだけは声を大にして主張しておかなければならない。
「おおう、なんじゃ藪から棒に珍しい」
「気にしないでいいわよ姉さん。ルシエラにとって、そこは面倒なクリティカルゾーンみたいだから」
「ほ、そうか。では話をさっさと進めてしまってよいかの?」
「ま、負け続けていてもライバルになれると認めてさえくだされば……」
「ん、大丈夫だよルシエラさん。ルシエラさんは一方的じゃないよ、私はいつだってルシエラさんのこと考えてるから。今だって全身官能の坩堝に押し込んで余す所なくむしゃぶりつくしたいって思ってる、よ」
ミアはルシエラにぴっとりと寄り添うと、その大ぶりな胸をぎゅっと背中に押し当て甘く囁く。
「ひゃっ! や、やめてくださいましっ!? わたくしの求めているのはもっと健全なライバルなんですの!」
「ああ、うむ、確かにいつも通りじゃの。では急ぎの要件もある故さっさと話を進めるからの」
それを見たナスターシャとフローレンスは呆れ顔で頷きあい、そのまま話を進めていく。
「フローレンスが言う通り、定期考査に魔法協会の監査が入るのは事実じゃ。じゃが恐らく魔法協会が現れたのにはテスト以外の理由がある……ここからは特に重要な話故、二人ともちゃんと聞くのじゃぞ」
「も、元よりちゃんと聞いてますの」
「ね」
ミアにがっちりと抱きしめられたままルシエラが頷く。
「ならばよい。そして、その理由が恐らくこれじゃ」
言って、ナスターシャは机の引き出しから虹色に輝く魔法薬を取り出す。
それを見た途端、ルシエラの顔が一気に引き締まり剣呑なものとなった。
「ナスターシャさん、これは」
「その顔、やはりか。この魔法薬の名はグリッター、昨日魔法協会が追っていた"密売人"とやらが持っていたものじゃ」
「まさか、それは密売人如きが売買できるようなものではないですわ。だって、その魔法薬は原料にプリズムストーンの破片が使われていますもの」
その言葉にミアがルシエラを抱きしめる手を離し、入れ替わりにフローレンスがルシエラへと詰め寄った。
「ちょっと、本当なの!? プリズムストーンってあのプリズムストーンでしょ!?」
「ええ、間違いありませんわ。信じたくはありませんけれど」
ルシエラはグリッターの薬瓶を手に取り、自分の言葉に間違いがないことを確認する。
信じたくはないがあり得る事態ではあった。プリズムストーンの力を知った人間がそう易々とその力を諦めきれるはずがない。例え大した力を持たない破片だろうと、あの手この手で活用しようと試みるのは道理だ。
だが、これほど早くそれが成されたのが意外なのも事実。魔法の国の魔法水準ならばいざ知らず、この世界の魔法水準で加工するのなら、もっと時間がかかるだろうと高を括っていた。
──仕方ありませんわ。プリズムストーンはわたくしと多大なる因縁を持つ魔石、そう易々に因縁に決着がつくとは思っておりませんもの。
早すぎる因縁の再会に少し落胆しつつも、ルシエラは心の中でそう呟いて自らを奮い立たせる。
これがプリズムストーン由来ならば落ち込んでいる暇はない。一刻も早く拡散を阻止しなければならない。
「だと思った故、妾もお主達を呼び立てた訳じゃ。それに密売人と呼ばれていた女は件の魔法協会所属であると裏が取れておる」
「その方から事情は聴けましたの?」
その問いにナスターシャは小さく首を横に振った。
「そやつは魔法協会の連中から逃げるため、思い切りよくグリッターを飲み干してネガティブビースト化しおっての。幸い元には戻せたが昨夜は話をできる状況ではなかった」
「ん、無事でよかった。そう言う悪あがきの最期は大体自壊だから、ね」
「縁起でもないこと言うのは止めてくださいまし。プリズムストーンで人が自壊したら本気でへこみますの。あれ、わたくしが蓄積させた魔力も含まれておりますのよ」
自分の魔力を取り込んだ人間が炸裂しながら自壊する様を想像し、ルシエラはちょっぴり涙目になった。
「でもあの石がヤバいのは間違いないでしょ。少なくとも魔法協会の連中には渡したくないわ。今の魔法協会上層部ってエグイ研究をし過ぎて、うちの大婆様が魔法総省を立ち上げる時にわざと切り離した連中がわんさか居るのよ」
フローレンスは嫌悪感を露わにしてグリッターの薬瓶を小突く。
「うむ、モラルの無い魔法協会上層部の連中からしてみれば、グリッターは千載一遇の好機じゃろうな」
「ん、グリッターで魔法総省とのパワーバランス変えたいんだね」
「妾はそう考えておる。そうでなければ陸軍に借りを作ってまでグリッターを狙わぬじゃろうし、魔法学校の定期テスト如きに自らの監査官をねじ込んでは来ぬじゃろ」
ナスターシャの話を聞いてルシエラは暫し考えこむ。
まだ魔法協会がグリッターを作った犯人と決まった訳ではない。が、今の話を聞く限りは捨て置ける相手でもなさそうだ。
「……そうですわね。ナスターシャさん、生徒会の方からもテストに監査を出すことはできませんの?」
「監査? ふむ、学園の自治を引き合いに出してねじ込めばなんとかなると思うが」
「ならばわたくしとミアさんが監査の名目で魔法協会を監視しますわ。幸いわたくし達はまだ実技試験がありませんし、ネガティブビーストが現れた場合に対処できる人間は限られますもの」
ルシエラは自らの胸に手を当ててそう提案する。
魔法協会が犯人であるかはさておいて、グリッターを狙っているのはほぼ間違いない。
そして、グリッターがプリズムストーン由来の品である以上、ルシエラも一般学生の範疇を逸脱しない程度に介入をしておく義務がある。
「ん、そうだね」
ミアもルシエラの言葉に同調し、こくりと小さく頷いた。
「そうじゃな、その方が助かる。一応妾もテストを受けねばいかん身分らしくてのう。教師どもがいい加減受けよとうるさい故、不承不承じゃが一年ぶりにテストを受けようと思っておった所じゃ」
「そ、それは酷い話ですわ」
「うむ、全くじゃのう。教師連中も何がしたいのやら理解に苦しむの」
「酷いのはナスターシャさんですのっ! 一年ぶりってナスターシャさん二年生ではありませんの!? つまり初回に受けただけなんですの!?」
「初回に卒業相当の技量は見せてある。そも教師共は己の力量を遥に上回る魔法使いの何を採点すると言うのじゃ?」
足を組み替え、自信満々の表情で鼻を鳴らすナスターシャ。
「……い、嫌な生徒過ぎますわ。この学校でこれから一体何を学ぶおつもりですの」
ちょっぴり引き気味に言うルシエラ。彼女の言が事実であるだけに余計始末に負えない。
「ほ、よりにもよってお主が言うかよ。お主こそ学校で日々暇を持て余していないか心配しておるが」
「ふふん、わたくしは郷土の期待を背負っておりますのよ。一流の魔法使い目指して日々研鑽を積み重ね、いつの日か村の広場に魔石製の街灯を建てると言う立派な目標がありますの」
「一流も何もアンタ既に人外枠に全身丸ごとずっぽしじゃないのよ。これ以上何と怪獣大戦争するつもりよ」
「と言うかじゃの、街灯が欲しければ魔石の原石でも買って自身で加工すればよかろうに。あれだけ魔法が使えて魔石加工ができぬことはないじゃろ」
「ま、まあそれはできますけれど……。むしろ工作は得意ですの」
「昔も色々作ってたよね」
ミアの言葉をルシエラが頷く。
飛空艇に、自律型兵装、空中要塞、監視衛星。ルシエラはミアに勝つために様々なものをDIYして来た。
おかげで今やすっかり工作の楽しさに目覚め、村でも家や羊小屋の修繕などに引っ張りだこだった。
「なら、休み前の授業終わりに村に戻って休日半日使えば街灯の針山が作れるじゃろ」
「あ、あら、不思議ですわ。何だか急にわたくしの夢が手の届くものになってしまった気がしますの」
急に手近になってしまった目標、今後の目標を見失いルシエラがおよよと狼狽える。
「まあ、妾としては気兼ねなく厄介事を投げれる故、お主達を重宝しておるがの。今回の件もくれぐれも頼んだぞ」
ナスターシャは先程自ら向けられていた視線をそのままルシエラに向け返すと、おもむろに椅子から立ち上がった。
「あら、ナスターシャさんどちらへ?」
「愚問じゃな。お主達がそちらに掛かりきりになるのじゃ、必然的にフローレンスの成績は風前の灯じゃろ。仕方ない故、妾が試験会場に術式増幅の力場を密かに張ってやろうと思っての」
唖然としているフローレンスに魔力増幅の魔石を握らせ、ナスターシャは悠然と部屋を後にする。
その場に残った三人は暫し唖然としたままだったが、我に返ると慌ててナスターシャを追いかけ、三人がかりで羽交い絞めにするのだった。




