5話 魔法の国より愛(ヤンデレ)をこめて1
第一話 魔法の国より愛をこめて
その日、ルシエラはナスターシャに呼び出され、ミアと二人で生徒会室へと向かっていた。
丁度校門前を通り過ぎるあたりで、見知った声が騒がしいやり取りをしていることに気づく。
少し大回りをして様子を見てみれば、大荷物を背負ったフローレンスが必死に何処かへ行こうとしていて、セリカはその荷物を後ろから引っ張って行かせまいと足止めをしていた。
「あら、お二人とも。今日はなんとも珍妙なことをしておりますわね」
「おお、先輩にルシエラじゃねーですか。丁度いい所に来たです、フローレンスを止めてやって欲しいですよ」
不思議そうな顔をしてやってくるルシエラに気づき、大荷物を後に引っ張っているセリカが手招きをする。
「止めるんですの? フローレンスさん、そんなに大荷物を背負ってどこにお出かけですの?」
まるで状況が把握できないルシエラは、小首を傾げながら更にそう尋ねた。
「ルシエラ、アンタ何寝ぼけたこと言ってるの。明日は初の定期テストでしょ、そっちこそどうしてそんなに余裕綽々なのよ」
のんびりとした様子のルシエラに、足をバタつかせたフローレンスは少し棘のある口調でそう言い返す。
「ああ、なるほど。そう言えばそうでしたわ。わたくし達はまだ筆記だけとは言え、うっかりやり過ぎないよう気を付けないといけませんわね」
「やり過ぎって……ああ、普段は全く魔法を使わないんですっかり忘れてたわ。そういやアンタは素で魔法少女よりも強いんだっけね、テストの範囲の魔法程度はとっくの昔に覚えてるんでしょうね」
「覚えると言いますか。わたくし、伊達に天才と呼ばれていなくて、一度見た魔法なら例外なく最適化した上で自在に使いこなせますの。書物も一度読めば覚えられますし」
「……ルシエラ、他の生徒の前で絶対にそれ言うなです、棒で百叩きされても文句言えないですよ。見るです、フローレンスも余計ひでー顔になって拗らせてるじゃねーですか」
セリカが苦言を呈しながらフローレンスを指差し、
「そりゃテスト如き小石を蹴るより簡単よね。ふふふ、羨ましくって涙が出るわ」
フローレンスが卑屈な笑みを浮かべて乾いた笑い声を漏らした。
──フローレンスさん、今日はなんだか一段と面倒な感じに仕上がってますわ。これは相当に追い込まれてますわね。
フローレンスの反応に彼女が今現在置かれている状況を大よそ察し、ルシエラが苦笑する。
「ってな訳ですよ。見苦しいからいい加減腹くくれって引導渡してやって欲しいです」
「アンタが腹くくれてるのはテストが何とかなりそうだからでしょ!? 察して! にっちもさっちもいかない私の絶望を察して!」
「いや、セリカは必死に努力したですからね。おめーも必死になって勉強しろですよ」
「したわよ! ダメ人間はアンタが思うより残念な生き物なのよ! ノーフューチャーなの! だから行かせて! 自由への逃亡を理解してっ!」
背負った荷物をセリカに掴まれたまま、フローレンスは体を右に左に揺すって必死に主張する。
「セリカさん、行かせてあげてくださいまし。ライバルに置いていかれた焦り、わたくしにもわかりますの。そんな時、付け焼刃だと分かっていても乙女は山籠もりをしたくなるものなのですわ」
情けなく主張するフローレンスに、目をキラキラと輝かせたルシエラがそう助け船を出した。
「ですけれど……」
「大丈夫ですわ、雄大な自然は迷いを払ってくれますの。メンタルが重要である魔法使いはそれだけでもプラスになるはずですわ」
「でもコイツ、山籠もりじゃなくて逃げるつもりですよ?」
「…………」
セリカの言葉にルシエラは笑顔のまま無言となり、
「ギャアアァァァーーーッ!? 逃避行が巻き戻ったっ!?」
フローレンスの荷物を掴んで一気に校内へと引きずり込んだ。
「フローレンスさん、セリカさんの言葉は真実ですの?」
「あ、当たり前でしょ! テスト前にこんな大荷物背負って逃げる以外に何があるってのよ!?」
ルシエラに詰め寄られ、顔を真っ赤にして騒ぎ立てるフローレンス。
「山籠もりとか、特訓とか、修行とか、色々ありますの」
「それ全部同じっ! アンタ超絶天才の癖によく修行なんて言葉使えたわね! 努力系の単語は全部禁止ワードに設定しときなさいよ! 不条理よ!」
「そ、それとこれとは別の話ですの! わたくしだってミアさんに勝つための努力、一杯してますの! 一度も勝ったことないですけれど!」
「天才の努力は努力に含まれないってダメ人間の法律に記載されてるのよぅ!」
「え、えと、私もまだこの世界の文字間違えることあるから、フローレンスさんより切羽詰まってると思うよ。一緒に頑張ろう、ね?」
そんな情けないやりとりを見るに見かね、割って入ったミアがフローレンスをなだめつつ慰めの言葉をかける。
「あ、そう、意外ね。ちなみにミアはどの程度得点できるって想定してるの?」
「えと、九割五分ぐらい?」
「……はぁ、世界はこんなにも孤独に満ちているのね。私はどこかにあるテストのない優しい世界を探してくるわ」
フローレンスは小さくため息を吐くと、こそこそと這うようにして再びルシエラの横を通り過ぎようとする。
「ダメですわ、フローレンスさん! そこで逃げても追試が待ち構えてるだけですわよ!」
だが、ルシエラとミアが慌ててそれを捕まえた。
「フローレンスさん。逃げずに現実、見ないと」
「んぐ……そうね。逃げてても何も解決しないもんね、私が間違ってたわ」
「その通りですわ。ようやく改めてくださいましたわね」
観念したように足を止めたフローレンスを見て、ルシエラはほっと胸を撫でおろす。
「……ねえ、ルシエラ。ついでに一つ質問してもいい?」
「乗り掛かった舟ですわ、お付き合いしますから何でも質問してくださいまし」
「テストの点数って一点あたり金貨何枚が相場になるのかしら」
どんとこいと胸を叩くルシエラに、フローレンスは真顔でそう尋ねた。
「フローレンスさん、気を確かに持つのですわ! テストの点数は金貨で買ってはいけませんのっ!」
「いやぁ! なら逃げる! 今回のテスト再監査も兼ねるって言ってるのよ!? 魔法少女の件があるから特待生や他の生徒の能力を再評価するとか言うの! 死ぬ! そこでただ一人醜態を晒したら普段の三倍は死ぬっ!!」
正気に戻れと両肩を掴んで揺するルシエラに、涙目になったフローレンスが情けなく絶叫する。
「おめー、それで逃げたら三倍どころか十倍は死ぬですよ」
「そうだね」
「お二人のおっしゃる通りですの。そこで逃げてしまえば自らが特待生に不適格だと肯定してしまうようなものですわ」
「二人は事情を知らないからそう言えるのよ! 今回の審査、よりにもよって魔法協会がするらしいのよ!」
「魔法協会? えと、セリカさんは知ってる?」
魔法協会が如何なるものかわからず、ミアは頭に疑問符を浮かべながらセリカに尋ねる。
「先輩、それ魔法学校の生徒が言ったら大顰蹙の質問です」
「ん、そうなんだ。ごめん」
「まあ、先輩は異世界人だから仕方ねーですけど……。魔法協会はこの国で一番古くて権威ある魔法使いの組織です。今でこそ魔法総省に取って代わられてますけど、昔は陸軍から田舎の魔道具店まで、魔法に関わる人間は全部協会の会員だったです」
セリカは仕方ないと小さく息を吐くと、魔法協会についてざっくり説明していく。
「なるほど。確かローズさんは魔法総省のトップでしたわよね。魔法協会にしてみれば立場を奪った気に入らない相手なのですわね」
実は自らも魔法協会のことを知らなかったルシエラは、セリカの説明を又聞きして納得する。
「そうなのよ! 母さんのおかげで私まで魔法協会の敵扱い、いつだって飛び火で火炙りなのよぅ!! しかもここの支部にはあいつが居る! あいつは絶対私に必要以上の嫌がらせをしてくるっ!」
両肩を解放されたフローレンスはその場にぺたんとへたり込むと、涙目のまま肩を震わせた。
「あー、そこはあるかもしれねーです。あいつは特にフローレンスん家を目の敵にしてるですからね」
「あいつ? 魔法協会にお知り合いが居ますのね」
「そうよ、あいつは……」
そう言うフローレンスの後ろ、校門前の通りを爆走してくる鋼の馬車が一台。
その馬車の上部には玉座が据え付けられ、そこにはお人形さんのように可愛らしい少女がふてぶてしくふんぞり返っていた。
「な、なんですのあれは……」
──愚者の乗り物ですわ。どうして馬車に玉座がついていて、どうしてそこに堂々と座れますの? わたくしだったらあそこに座るのは断固遠慮、針の筵でパレードですの!
唖然とするルシエラに気が付いたフローレンスが後ろを振り返り、一瞬にして絵画のような叫びの表情を作る。
だが、フローレンスが叫ぶよりも早く、馬車の御者が投げ縄でフローレンスを捕まえ、
「ぎゃああああああーーーーっ!? しぬうううううーーーっ!?」
絶叫するフローレンスをそのまま引きずって馬車が校庭を爆走していった。
「な、なにごとですの……!?」
「ルシエラさん、まずは追わないと」
「え、ええ! そうですわね、分かってますわ!」
突如巻き起こった意味不明な展開に面食らいながらも、三人は急いでフローレンスを引きずった馬車を追いかける。
馬車は程なくして校舎前に停車し、その脇には地面で削れた荷物と茫然自失となったフローレンスの姿があった。
「フローレンスさん本人は削れてないね。ん、取り合えずよかった」
「フローレンスさん、ご無事ですのっ!?」
ミアがほっと胸を撫でおろし、ルシエラがフローレンスの肩を揺すって呼びかける。
フローレンスは衝撃いまだ覚めやらずと言った様子で、揺れに合わせてコクコクと頷いた。
「ちょっと、そこの方! これは一体何事ですのっ!? ここは暴力が支配する無法地帯ではありませんのよ! 安全運転を心がけてくださいまし!」
フローレンスの無事を確認したルシエラは、眉を吊り上げて馬車の御者へと詰め寄っていく。
「あー、危ないですからちょっと待って。あ、ついでに少し下を向いてください」
ルシエラに問い詰められた御者は大して焦る様子も悪びれる風もなくそう言って、地面を指さす。
「何をおっしゃってますの」
口ではそう言いつつも、ルシエラは指さす御者につられて素直に下を向いてしまう。
「うわーっはっはっはっはっー! やっぱり踏み台は生に限るなぁ!」
「むぎゅうっ!?」
そこに馬鹿っぽい高笑いをしたシルミィが馬車から飛び降り、ルシエラの背中を階段代わりにしてぴょんと地面へと着地した。
──ぐえええ、何ですのこの方達!? 一瞬で学校が無法地帯に成り果ててしまいましたわ!?
心配したミアに背中をたっぷりと撫でられつつ、フローレンス同様ちょっぴり涙目になったルシエラがシルミィを睨みつける。
「だから私は言ったのよ……。あいつは、シルミィはそう言う奴なのよ!」
ようやく精神的に復帰したフローレンスがよろよろと立ち上がりながら言う。
「あの方がフローレンスさんが逃げたくなる理由。……不覚にも納得してしまいましたわ」
ルシエラも今のやり取り一発で分かってしまった。確かにシルミィと言う少女は関わり合いになってはダメな生き物だ。
とは言え、テストから逃げてしまうのも間違っているとは思うのだが。
「お、なんだ、ナスターシャの妹じゃないか。私を見ても逃げないとはいい度胸だな。それともドンくさ過ぎて逃げ遅れたのか? うわっはっはー!」
フローレンスの姿に気が付いたシルミィは腰に手を当て、小さい体で目一杯ふんぞり返って高笑いする。
「ふん、好き勝手言ってなさいよ。私はアンタの相手なんてしないって決めてるのよ」
「お、そんな態度を取っていいのか? 今の私はテストの公平性を保つために派遣されてるんだが? 不利益を被っても知らないぞ」
「いきなり公平性破壊宣言してどうすんのよ! 仕事で来たなら大人しく仕事に徹しなさいよ! お願いだから徹して!」
「安心しろ、私だってお前の相手をしてやるほど暇じゃない。どうせ私が手を下すまでもなく、お前は赤点取って特待生待遇剥奪されるって決まってるんだからな!」
余裕の笑みを浮かべるシルミィに、フローレンスがぐむぅと押し黙る。
「でも私も鬼じゃあない。お前の退学記念パーティは私プロデュースでド派手に開催してやるぞ。お腹すかせて楽しみに待ってろよ! うわーっはっはっはー!」
シルミィは好き放題にそう言うと、情けない顔をするフローレンスを残して校舎の中へと消えていき、程なくして生徒会室の窓から青空へと吹き飛んでいった。




