4話 女王の凱旋3
「な──!?」
完全に不意を衝かれたルシエラは防御が間に合わず、腰に魔力を帯びた杖が直撃。そのまま杖を振り抜かれ、勢いよく床に跳ね転がった。
「フローレンス! てめーそれはあんまりにもあんまりですよ! セリカだってそこまで卑怯な真似しねーです!」
「ち、違う! いくら私がダメ人間だからって、こんな騙し討ちなんて絶対しない! しないの! だから止めて! 止まって、私っ!?」
口ではそう言いながらも、フローレンスはダメージで動けないルシエラの脇腹を執拗に蹴り続ける。
「これ以上はダメ」
そこにすかさず駆け付けたミアが割って入り、フローレンスに足払いをかけて隙を作ると、迷うことなくルシエラを抱き上げてその場を離れる。
だがフローレンスの動きは止まらず、次はミアへと襲い掛かった。
「やだ止まらない!? 逃げて、ミア!」
「んっ──!」
ミアがバックステップで間合いを取ると同時、フローレンスの杖が地面へと打ち込まれ、そこを起点に氷山の如き巨大な氷塊が隆起する。
ミアは氷山に押し出されつつも、何とかルシエラを抱えたまま着地することに成功する。
「なんで、なんで勝手に動くのよう!? 強くなってもこんな風になるなら、むしろ力なんてない方がいいじゃない!?」
戸惑いの言葉を漏らしながらも止まらぬフローレンス。
その声は涙声で、表情は絶望。彼女の意思でないのは明白だった。
「はぁ~、クソでかため息でるペコ。こんなにも簡単に日和るとか流石にピョコミンの想像以上だったペコ」
まるでその答え合わせかのように大勢の魔法少女を伴ったピョコミンが姿を現す。
「オバケウサギ! これどういうことなのよ!? 止めてよ! 私、もう魔法少女なんて止めるんだから! 大事な友達を傷つけたくないのっ!」
体はミアに襲い掛かりながらも、声だけでフローレンスが抗議する。
「やれ発情期だから止める。やれ負けたから止める。どいつもこいつもクズクズクズ! クズ&クズのオンパレードペコォ! 止めます、はいそうですか、なんて甘っちょろいことが通じるほど魔法少女はホワイトじゃないんだペコ!」
ピョコミンが鈴のようなものを取り出してちりんと鳴らす。
途端、ミアを攻撃するフローレンスの勢いが更に強まった。
「アンタ、アンタのせいなのね!?」
「そうペコ! ピョコミンは分かってたんだペコ。フローレンスちゃんがどうしようもない根性なしのクズだって! だから変身用のマジックアイテムに反逆防止機能をつけておいたんだペコ!」
「オバケウサギのばかぁ!! 姉さん! 止めて! 私を勢いよくボッコボコにしちゃっていいから!」
「言われるまでもない。じゃが、狙うべきは悪さをするあの鈴とウサギもどきの方じゃろ!」
ナスターシャがパチリと指を鳴らし、ピョコミンに向けて炎の渦を打ち放つ。
だがピョコミンが再び鈴を鳴らすと、二人の魔法少女が肉盾となってその炎を一身に受けた。
「あああああ! あつい、あつい、あついいいいいっ!!」
「ぬ、いかん!」
絶叫しながら床をのた打ち回る少女に、ナスターシャが慌てて魔力の炎を消す。
「ハハッ、根性なしの姉は馬鹿だなぁ。当然こいつ等にも反逆防止機能はついているんだペコ! 死んでも魔力が尽きるまで立派な魔法少女として肉盾にできるんだペコ!」
愉快そうに笑うピョコミン。
その言葉に付き従っていた魔法少女達は顔面蒼白となり、恐慌状態に陥って大広間を散り散りに逃げ惑う。
「逃げるな! 見苦しいペコ! お前達は肉盾になる為に魔法少女になったんだろうが! ピョコミンの命はお前らの命を全部合わせてもつり合いが取れないんだよォ!」
ピョコミンが鈴を鳴らし、自由を奪われた魔法少女達が助けて助けてと口々に叫びながらルシエラ達を取り囲んで行く。
「ぐうっ……! 害獣め、本性を現しましたわね!」
抱き上げられていたルシエラはミアから降り、漆黒剣を杖にしながらピョコミンを睨みつける。
「んん~、強がってるのに死に体じゃん。唯一の脅威があの様なら、この雑兵連中で十分時間稼ぎはできるペコねぇ。ならフローレンスちゃんはピョコミンとこっちに来るんだペコ!」
「え、ええっ!? 嫌よ、嫌、嫌! 絶対ろくでもないこと企んでるじゃない!?」
フローレンスは口では断固拒否するが、ピョコミンに操られたその体は言うことを聞かない。
「安心するんだペコ! フローレンスちゃんみたいな根性なしのクズでも、最高にピョコミンの役に立てるんだペコ! しかも死ぬまで一生ペコ! ハハハッ最高に幸せペコねぇ!」
「いや、いや、いやっ!」
フローレンスはピョコミンに言われるがままミアを攻める手を止め、そのまま付き従ってその場を離れて行ってしまう。
「っ、くう……フローレンスさん!」
痛みで顔を歪めながらもフローレンスを追いかけようとするルシエラ。
だが、そこに操作された魔法少女達が割って入る。
魔法少女が繰り出す剣閃を漆黒剣で受け止めるルシエラ。受け止めると同時、怪我をした腰に衝撃が走り、ルシエラが膝をついた。
「おめー、そんなに怪我が酷いですか!?」
魔法少女の攻撃をなんとか受け流しながら、ナスターシャとセリカがルシエラへと駆け寄ってくる。
「っう。大丈夫、かすり傷ですわ……。はやくこの方々を倒してフローレンスさんを追いかけないと!」
ルシエラはそう強がって歩き出そうとするが、戦える状態でないことは誰の目にも明らかだった。
「いつもいつも強がってんじゃねーですよ! 先輩と生徒会長、ちょっと時間稼いでて欲しいです!」
セリカは自らの鞄を大広間にひっくり返し、中から零れ落ちた翠玉色の魔石を拾い上げる。
「この前の実習で作った痛み止めの魔石、使えです! セリカ作なんで劇的には効かねーですけど、持ってりゃちったぁ楽になるですよ!」
「セリカさん、感謝しますわ」
ルシエラはセリカから受け取った魔石に魔力を通して胸ポケットにしまい込む。
怪我をした腰がじんわりと温かい熱を帯び、僅かに痛みが和らいだ。
「そりゃあよいがの、お主。これではそれが十分効くまで妾達は持たぬぞ! 連中、倒しても白目を剥きながら襲ってきておるのじゃが!」
一人ひとりが脅威である魔法少女による数の暴力。
四人は瞬く間に大広間の隅に追い詰められながらも辛うじてその猛攻を凌いでいく。
「ん……。ちょっと、数多いね。ネガティブビーストも出て来たし」
ミアが魔法少女を殴り飛ばし、次々と入り口から這い寄る原型不明のネガティブビースト達に視線をやる。
「な、なんかいい知恵はないですか……! セリカはお前が頼りですよ!」
セリカはその場で右往左往すると、縋り付くようにルシエラを揺すった。
「痛い、痛いですから! 一気に戦況をひっくり返す手、あるにはありますわ。……わたくしのペンダントでミアさんを変身させます」
「……できるの?」
「ええ、魔力効率的に本来なら悪手なのですけれど、わたくしが戦えない以上は魔力効率も何もありませんから。ただ、わたくしがミアさんの魔力を調律するための時間と……その手順に少々の問題がありますけれど」
「やる。このままじゃ皆を守れない。ナスターシャさん達は時間稼ぎをお願い」
即決。ミアは襲い来る魔法少女の腕を掴んで投げ飛ばすとルシエラの前に立つ。
「気軽に言ってくれるのう。じゃが仕方あるまい、ここは無理を押し通さねばならぬ場じゃ。ほれセリカ、死なぬ程度に根性を見せてみよ」
「わ、分かったです!」
その意思を汲んでナスターシャが前に立ち、セリカが恐る恐るその後ろに続いた。
「わたくしも覚悟を決めないといけませんわね……。行きますわよ、ミアさん!」
返答を待たず、ルシエラはミアの顎をクイと動かして口づける。
「んっ!」
そのまま驚きで身を強張らせたミアを抱きしめると、舌を絡めて魔力調律を開始。そのまま魔力の流れを調整していく。
ルシエラがミアに魔力を流し込んで調整する度、ミアが悩ましげに身をよじる。
それを何度か繰り返し、抱きしめているミアの体がほのかに熱を持つのを確認すると、ルシエラは重ね合わされていた唇を離す。
ミアが名残惜しげにはふと甘い吐息を漏らした。
「……これで行けますわ! さあ、ミアさん変身を!」
ルシエラは先程までしていた行為を忘れたふりをし、凛然とした表情で言う。
「お、お、大人チュウです。セリカ、めっちゃエロいの見ちゃったです」
真っ赤になって手で顔を覆うセリカ。
「そりゃよいがの、お主は命の危機であることを自覚せよ」
ナスターシャはその服の首根っこを掴んでひっぱり、魔法少女の攻撃からセリカを守ってやる。
だが、肝心のミアが中々動かない。
「ミアさん、ミアさん大丈夫ですの? まさかわたくし、失敗しましたの? やはりこの怪我で本調子でないから……」
一気に不安になったルシエラが魔法少女の攻撃を躱しなら恐る恐る尋ねる。
「ふふふ、違うよ。大丈夫。凄いね、愛だね、無敵だね」
心配そうにするルシエラに、ミアはだらしない顔で返答した。
──あ、そう言う方向にも調整完了してしまった感じですのね。
「ルシエラ、あ奴使い物になるんじゃろうな」
「それは……どうなんですの?」
「ん、大丈夫。二人は下がって休んでいて。愛の力は無敵だから」
言いながら、表情を引き締めたミアはペンダントを手にして最前線に躍り出る。
それを迎え撃つは魔法少女達。
更にその後ろから押し寄せるネガティブビーストの群れ。群れ。群れ。
ミアは凛然とペンダントを構えてそれに対峙し、ネガティブビーストの咆哮と共に魔法少女達が爆炎と雷の雨を降らす。
「迷う心の宵闇に、きらり煌めく星一つ。心に宿ったほのかな光、照らして守る一番星」
ペンダントがほのかに輝き、ミアから吹き出す莫大な魔力が黄金の翼となって爆炎と雷を払い除けると同時、
「変身──!」
大広間が眩い光に包まれる。
眩い光が黄金の羽根となって舞い踊る中、光の中から黄金の翼をはためかせた黒衣の天使が顕現する。
「出ましたわね……。衣装の色こそ違えど、あれこそがわたくしの宿命のライバル」
一歩。舞い落ちる魔力の羽根が無数の光剣へと変化。光剣が豪雨のように降り注ぎ、ネガティブビーストの闇を払って仮面を壊す。
二歩。手にした杖で横薙ぎ一閃。迫り来る魔法少女全てを吹き飛ばし、そのまま壁に張りつけて氷漬けにする。
三歩。杖をくるりと回して決めポーズ。
「願いの言葉を紡いで守る魔法少女アルカステラ、流星の如く只今推参。ん、久々だと口上がちょっと恥ずかしいね」
ミアは照れくさそうにそう付け加えながら、襲い来る敵の居なくなった大広間に悠然と降り立つ。
「なんじゃあれ、なんじゃあれ」
「やっべぇ……先輩、完璧に化け物じゃねーですか」
瞬く間に起こった蹂躙劇。
セリカとナスターシャは唖然としたままミアの後姿を見ていることしかできなかった。
「三人共、ここは私が何とかするからフローレンスさんを追って。このままじゃ際限がないから」
大広間の中央に立ち、襲い来る魔法少女の第二波を蹂躙しながらミアが言う。
見れば大広間の入り口からはネガティブビーストだけでなく、魔法少女達も次々押し寄せてきている。
地上で配っていた変身用ペンダントの数は実に大量。この数でも氷山の一角に過ぎないだろう。
「わかりましたわ。……気を付けて、とは言いませんわよ。わたくしが唯一認めた宿命のライバルですもの。勝つに決まってますわ」
「任せて。ルシエラさんの代わりに私がこのペンダントを正しく使うから。そうすれば禊になるよ、ね」
「……ミアさん、気が利きすぎですわ」
ルシエラはミアを見ずにそう言って、ピョコミンを追いかけるべく走り出す。
体は軋み痛み続けているがそれよりも高揚感の方が数倍勝る。
再びまみえた宿命のライバルの前で弱い姿は絶対に見せられない。




