4話 女王の凱旋2
「ペコォ!! もう来やがったペコォ! せめて雑兵連中が到着するまで待ってろよぉ!!」
大広間ではプリズムストーン入りのケージを手にしたピョコミンと、アルカステラの格好をしたフローレンスが待ち構えていた。
「準備などさせる訳がありませんわ。貴方の目論見はここでおしまいですの」
「シャラーップ! 何正義の味方みたいなこと喋っちゃってんのぉ? アルカステラに一度も勝ったことがないクソザコが調子に乗り過ぎじゃああん!? フローレンスちゃん、アイツぶち殺してダルマにしちゃってよ!」
ピョコミンはそう吐き捨てて大広間の奥へと走り去っていく。
「また逃げますのね! 台詞とやっていることが真逆ですわ!」
ルシエラはそれを追いかけようとするが、フローレンスが行く手を遮った。
「フローレンスさん退いて。ピョコミンは悪い生き物、だから」
「……そうなんじゃないかとは大体察してるわよ」
そう言うミアに、後ろめたそうにフローレンスが答える。
「ならどうしてあの害獣の肩を持ちますの」
「決まってるじゃない。アンタみたいな奴を止めるためよ」
睨みつけてそう言うフローレンスに、ルシエラが渋面を作る。
「どんな力だって使い方次第。力をくれたあのオバケウサギが悪い奴だって、それを使う私がしっかりしてればいいじゃない」
「それ詭弁だと思う」
「詭弁で結構! もう懲り懲りなのよ! 自分一人馬鹿正直に無駄な努力して、ズルしてる連中にボコボコにされるのなんて! それぐらいなら、文句言われながらもちゃんと自分で考えて貰った力を使った方が数万倍マシよ!」
フローレンスは固く握った拳でセリカに蹴られたお腹を押して言う。
「お前、セリカのこと言ってるですね!? ……なら、セリカが間違ってたって謝れば考え直すですか」
「フン、そんなの今更よ。しないわ。胸を張って悪事を誇っておきなさい」
フローレンスの言葉にセリカが悔しそうに俯いた。
「気にするでないぞ、セリカ。今のアレに謝る必要などあるまいよ。心底見損なったわ。今のお主、覚えたての魔法を振り回しとる糞餓鬼そのものじゃぞ。妾の才の代わりに良心を得たとかのたもうたのはなんじゃったのじゃ!」
「うるさいわね! 見損なったのはこっちの方よ! 姉さん達こそ私に勝てないからって悪党頼りの癖に! そんな姉さんなんてただのポルノコンテンツじゃない!」
フローレンスの言葉にルシエラが自らを指さし、ミアが小さく頷く。
「そも、お主はこれが何か分かっとるか? 自らの使っている物が何か分かっておるか? 知らぬことでも己の所業には責任が付いて回るのじゃぞ!」
「そんなの姉さんに言われなくても承知してるわよ!」
技術棟の時と同じように言い争いを始める姉妹。
ミアはじっとそんな二人の口喧嘩を見つめていたが、
「むごっ!?」
「……ルシエラさん、フローレンスさんの相手をお願い。ナスターシャさんと言い争い始めちゃうと終わらないから。時間、ないよ」
ナスターシャの口を押さえると、そのまま後ろへずるずると引きずっていく。
「わ、わかりましたけれど……。ミアさん、口と一緒に鼻を押さえるのは止めてくださいまし、ナスターシャさんが死んでしまいますわ」
「ん。うっかり、だね」
ミアが手を離すと、ナスターシャがはふはふと必死に息を吸い込んだ。
「……コホン、フローレンスさん。貴方のやり方は間違っていますわ」
「ふん、いきなり横からしゃしゃり出て何言うのよ。そもそも悪党の言葉なんて聞くに値しないわ」
フローレンスは眉を吊り上げ、ルシエラに敵意全開の視線を投げつける。
「あら、そうですの。では変身を解けばお話を聞いてくださるかしら?」
ルシエラは自らのペンダントに手を当てて変身を解除する。
「な、ルシエラじゃない! 何よ、やっぱりアンタも魔法少女だったのね! それなのに私にご高説垂れて特訓なんてさせてたの!? アンタも自分の事棚上げする連中の仲間だったなんて心底がっかりだわ!」
ダークプリンセスの正体がルシエラだと知り、フローレンスが驚きと怒りと落胆の声をあげる。
「だからフローレンスさんも自分のことを棚上げしたのですわね。フローレンスさん、今の貴方の行動プライドがありませんわ。列車で土下座していた時の方がまだプライドがありましたわよ」
「ほ、なんじゃ。お主、そんな情けないことをしておったのか? 情けなさの万国博覧会じゃのう」
「んなっ! 大勢の前でそんなこと広めないでくれる!? そんなの過去の話よ、過去の話! 忘れたわ! あーあー聞こえない!」
両手で耳を塞ぎながら、顔を真っ赤にして吼えるフローレンス。
「でしょうね。そうでなければこんな恥ずかしいことはできませんわ」
「っ! 偉そうに、ならアンタはどうだって言うのよ! 私と同じように魔法少女の力で威張ってる癖に! 借り物の力で調子に乗ってるのはアンタも同じじゃない!」
「ふっ、よくぞ言ってくれましたわ。わたくし、その言葉を引き出したかったのですわ」
ルシエラは待ってましたとばかりに不敵な笑みを浮かべると、ミアに変身用のペンダントを手渡す。
「ミアさん、大切に預かっていてくださいまし。今となっては母の形見はプリズムストーンとこれしかありませんの」
「ん……。分かった」
「さあ、フローレンスさん。わたくしが相手になりますわ。これで負けたのなら貴方、相当に恥ずかしいですわよ」
「アンタ……正気で言ってる? 変身もしてないアンタなんて秒殺になるわよ」
呆れたように言うフローレンス。
だが、ルシエラは余裕の笑みを崩さず、
「なら……。試してみてはいかがですの?」
挑発するようにそう言った。
「むっ、後悔するわよ」
その言葉を聞いたフローレンスは不機嫌そうに鼻を鳴らすと、杖を振りかぶって一気にルシエラへと駆け迫る。
「やはり調子に乗っていますわね。以前の貴方ならこんなに易々と暴力で解決しようとは思わなかったでしょうに」
ルシエラは影から漆黒剣を引き抜いて杖を受け流すと、漆黒剣に魔力をまとわせてフローレンスへ返しの刃を打ち込んだ。
「──っ!」
いとも容易く魔性障壁を切り裂いたそれをフローレンスは辛うじて受け止め、片膝をついた状態でなんとか払い除ける。
「なにこれ……! アンタ、どういう手品を使ったの!?」
「手品も何もありませんわ。フローレンスさんがおっしゃっていた無駄な努力、わたくしはそれを愚直にしてきただけのこと。そも、害獣に頼らず自力で変身できる時点で魔法少女に変身せずとも能力は変わりませんのよ」
「はぁ!? つまり、アンタは最初っから魔法少女になる必要なんてなかったってこと!? 滅茶苦茶もいい所じゃない! ふざけるのもほどほどにしなさいよ!」
フローレンスは自らの背後で魔力の翼を爆発させ、お返しとばかりに勢いよくルシエラへと杖を振り下ろす。
「……必要はありましたわ、禊ですの。あの変身用ペンダントは母から貰ったもの。でも、かつてのわたくしはそれを悪行の為に使っていた。ですから今度はそれを正義のために使って母の想いに報いたかったのですわ」
ルシエラは振り下ろされた杖を剣で悠々と受け止め、
「ですが、わたくしはミアさんのおかげでようやく悟りましたわ。善悪と結果は後からついてくるものであって、まずはその力を正しい想いで使うことこそが大切なのだと」
そのままフローレンスを弾き飛ばした。
弾き飛ばされたフローレンスはそのまま天井へとぶつかるが、そのまま空中で体勢を立て直して頭上からルシエラを空襲する。
「ふん、それじゃこれがアンタの言う正しい使い方だって言うのね」
「ええ。これが皆の為になると信じておりますもの。そして、そのことを理解してくれる人が一人でも居るのなら、わたくしは悪と呼ばれようとも一向に構いませんわ」
フローレンスの杖と漆黒剣で鍔迫り合いをしつつ、ルシエラは成り行きを見守っているミアを一瞥する。
「フローレンスさん、貴方はその力とやらを何のために、誰のために使うつもりですかしら?」
「アンタと同じよ! 悪い奴から皆を守る為に使うわ!」
ルシエラが漆黒剣で杖を弾き飛ばし、フローレンスが空いた手で星形の光弾を至近距離から放ってカウンターを狙う。
「確かに初めて変身した時は、修練場の時は誰かのためだったのだと思いますわ。だからその意味をはき違えたわたくしが負けた。けれど今は逆だと胸を張って言えますわ」
ルシエラはそれを躱さずに目の前に展開した防御障壁で受け止める。
障壁が軋みをあげ、僅かに漏れた光の粒子がルシエラのスカートの端を切り裂いた。
「なによ、私の胸中なんてわからないくせに……どうしてそんなこと言えるのよ!」
「貴方が今その力を振るっている相手、それこそが貴方が守るべきものだからですわ。例えば今の魔法、もしもわたくしが躱したらどうなっていたと思いますの?」
ルシエラが守りに入った隙に新たな杖を生成していたフローレンスは、ハッとした表情でルシエラの後方へ視線を向ける。
そこにはナスターシャやセリカの姿があった。
「っ……!」
フローレンスの動きが鈍った隙を衝いてルシエラが踏み込み、その眼前に漆黒剣の切っ先を突きつける。
「まさか、ナスターシャさん達が大切ではない、とは言いませんわよね?」
「……アンタ、こんなにも意地が悪いとは思わなかったわ。ふん……分かったわよ、私の負けよ! 止めたわよ!」
フローレンスは思い切りルシエラを睨みつけた後、杖を手にしたまま床にぺたんと座り込んだ。
「本当は……姉さんの言ってることが正しいって分かってた、今の私は手に入れた力を嬉々として振り回してる子供と同じだって。……だって悔しいじゃない。アンタ達とした特訓、私あそこまで頑張ったの初めてだったのよ」
「ええ。フローレンスさんの努力、わたくしも分かっていますわ」
目に薄っすらと涙を溜めてそう言うフローレンスに、ルシエラが優しく微笑んで頷く。
そんな二人をバツが悪そうな顔で見ているセリカに気づき、ミアがその背中を軽く押した。
「えと……悪かったですね、フローレンス。セリカもこれからは地道に頑張るですから……その、ごめんなさい」
「何よ、アンタにしては珍しく殊勝じゃない。性格悪いアンタがそこまで反省してるなら、私もちゃんと反省しないといけないわね」
「ほ、全く手間がかかる妹じゃの」
「私、他の皆にはちゃんと謝るけど姉さんには謝りませんからね。私が意固地になったのは姉さんの態度のせいだもの」
愉快そうに笑うナスターシャを見て、フローレンスが拗ねるように口を尖らせる。
「ほうほう、特別待遇とは痛み入るのう」
「ふん、特別待遇じゃなくて公正な判断よ!」
「ん、やっぱり二人とも仲いいね」
「ええ、そうですわね。ですがフローレンスさん、まだ気を抜くには早いですわ。まだやるべきことは終わっていませんわよ」
座り込んでいるフローレンスに向かってルシエラが手を差し出し、
「わかってるわ。あのオバケウサギに加担しちゃった分、ちゃんと後始末する責任があるものね」
フローレンスが照れくさそうにそう言ってその手を取る
代わりに、手にした杖を勢いよくルシエラへと打ち込んだ。




