13話 巫女まほアイドル3
関係者以外立ち入り禁止の札が掛かったロープをくぐり、控室と貼り紙のされた部屋をこっそりと覗く。だが、そこには誰も居なかった。
「むむ、フローレンスさんどころか他の方の姿すらありませんわ」
「怪しいね。ステージの裏、行ってみる?」
「流石にそこまで近づくのはリスクが大きいですけれど……」
ルシエラはどうするべきか逡巡する。
セラと言う少女に白装束、侵入者がああも我が物顔で振舞っている以上、舞台裏が無防備だとは考えにくい。邪魔者を退ける役割の何者かが別に居るはずだ、交戦する可能性は十分にある。
──いえ、だからこそ確かめておくべきですわね。
「そうですわね。ステージ裏の様子を確かめてみましょう」
別の協力者が居るのなら、それがどんな人物か今のうちに確かめておくべき。
そう結論付け、二人は特設ステージになっているバルコニーへと足を向ける。
「うふふ、ご明察。探し人は確かにこの先よ」
背後から鈴の音のような声が聞こえたのはその時だった。
急ぎ振り返るルシエラ。その首筋目掛け、身の丈程もある大剣が宙を滑る。
「っ!」
首を刈るのではなく、体ごと押し潰す勢いで迫る重厚な鋼の塊。
ルシエラは虚空から漆黒剣を引き抜くと、大剣の腹に突き刺して受け止める。
「まあ意外。受け止められるとは思っていたのだけれど、貫かれるだなんて。その剣、かなり純度の高い魔力でコーディングされているのね」
身の丈程もある大剣を片手で軽々持ったまま、レタス色の髪をした少女──カミナが愉快そうに笑う。
「ミアさん、わたくしは大丈夫ですわ。今のうちに舞台裏の方へ」
「ん、わかった」
ルシエラは援護に駆け付けようとしているミアを手で制止すると、大剣に力を込めたままのカミナを見据える。
カミナは動こうとしたルシエラの行く手を遮るが、その横から先行するミアは素通りさせてしまう。どうやら彼女にとって狙いはルシエラだけらしい。
「貴方はカミナ……緑のグリュンベルデですわね」
「そうよ。ごきげんよう、ルシエラ。はじめまして、ではなくてよいのかしら」
カミナは涼しい顔で挨拶すると、そこでようやく大剣を引っ込めた。
「いきなり不意打ちとは感心しませんわね」
「あら、うふふ。ほんの戯れよ。もっとも、そのまま首が飛んでいても私は気にしないのだけれど」
カミナは穴の空いた大剣を虚空に戻し、代わりに犬の紋章が描かれた黒い日傘に持ち替え優雅に微笑む。
その言葉の端々にはちくりと刺さる棘、瞳には確かな敵意。彼女がルシエラのことを好いていないのは明白だった。
「寸止めされる気配がありませんでしたものね」
「あら、寸止めするような理由があったかしら?」
微笑みを崩さず平然と言ってのけるカミナ。
──ここまで明確な敵意を向けられたのは初めてですわね。
ルシエラは女王時代のカミナを思い出しながら、自らに敵意を向けている理由を考える。
御三家の緑であるグリュンベルデは、魔法の国建国の神アルマを降ろしたとされる巫女をルーツとする。
その後もグリュンベルデは歴代女王の忠臣であることを自らに課し続け、それこそが自らの誇りだと公言している。その為、カミナも御三家の中で最も敬意を持ってルシエラに接してくれていた。と思う。
その分、ルシエラが居なくなった時の失望も大きかったのかもしれない。
「カミナさん、わたくしを嫌うのは構いませんけれど、この国を巻き込んで悪巧みするのは感心しませんわね。奉納舞の舞台を騙ったアルマ信奉者とやら、貴方のお仲間なんでしょう?」
カミナはその問いに答えず、日傘を差したまま豪華な装飾の施された神殿の回廊を見回す。
「歴史を感じさせる素敵な神殿ね。この国の人々にとって神託の白き神アルマは信仰の対象、目下準備中の祭典も再びアルマが降臨することを願ったのが起源だと聞いているわ」
「……そのアルマは魔法の国建国の祖アルマと同一人物。故にわたくしと無関係でない、そう言いたいのですかしら」
「あら、流石にその程度の知識はあったのね」
「だとしても、それがこの国を巻き込んでいい理由にはなりませんわ」
わざとらしく驚いてみせるカミナ。
ルシエラは眉を吊り上げてそれを睨みつけた。
「うふふ、愚鈍な回答をありがとう。想像以上に腑抜けているのね。思わずくびり殺してしまいそう」
カミナはにこやかな表情のまま、まるで笑っていない目でルシエラを睨み返す。
「貴方が正統な女王である根拠はアルマの血族だという事実、ただその一点のみ。その事実を盾に貴方は王位継承戦に介入し、アンゼリカに大口を叩き、シャルロッテに女王候補失格の烙印を押した」
日傘を投げ捨て、つかつかとルシエラの前へと歩み寄ったカミナは、その胸ぐらを掴みあげる。
「ならばアルマに由来するこの嵐は貴方の責任であるも同じ、都合のいい使い方は許さない。巻き込むのは感心しない? 違うわ。他ならぬ貴方が選び、貴方が巻き込んだのよ、貴方自身が」
ルシエラの眼前でカミナが殺気の籠った眼差しを向け、ルシエラがそれに呑まれぬよう毅然とカミナの目を見据える。
一触即発の空気の中、二人は暫し睨みあうが、
「それでもまだ他人事だと言うのなら、一つ教えてあげる。貴方のお母様、先代女王システィナがどうして死んでしまったのか……その理由にもアルマが関わっているのよ。そして、その因縁はまだ終わっていない」
思わぬ言葉にルシエラの表情が歪む。
幼い頃、宰相クロエからただ死んだとだけ伝えられた母、その死因に建国の祖であるアルマが関与しているなど初耳だった。
「……どういう、ことですの!」
ルシエラが掴みかかって問い詰めようとする寸前、カミナは掴んでいた手を離し、ふわりと後ろに飛び退いて距離を取る。
「っ!」
「この大神殿に祀られたアルマが人々に祝福を与える者ならば、対を成す裏神殿に封じられたアルマは信仰されているような善良な存在ではない。そう言うことよ」
「まるでアルマが二人いるようですわね」
「うふふ、さあどうかしら。アルマの血脈である癖に、女王として始末をつける覚悟もない貴方がそれを知っても無意味ではなくて?」
「ありますわ! そんな話をされてしまったのなら! お母様が居なくなった理由がそれならば、わたくしが無関心でいられる訳がないですの!」
ルシエラが力強く吼える。
母を喪ったあの頃の哀しみ。その理由がアルマに起因すると言うのなら、それがまだ続いているというのなら、当然見過ごせるはずがない。
命を賭したと言う母の行動を無駄にしないため、なにより自分自身の哀しみを無駄にしないためにも。
「あら、いい目ができるのね。そんな目ができるのなら、最初からしていて欲しいものだったけれど」
ルシエラの表情が変わったことに気づいたカミナは、落ちていた日傘を拾い上げてたおやかに笑う。
「その目と啖呵に免じて今回は道を譲ってあげる。助けるつもりなら早くしてあげなさい。あの銀髪の子、細工されているわよ」
「細工ですの!?」
その言葉にルシエラはカミナの横をすり抜けて階段を駆け上る。
「……本当に気に入らないわ。そうやって自らの思うがままに走る貴方は、その道の脇に生贄の子羊が居るだなんて微塵も想像していないのだもの」
それを見送ったカミナは一人静かにそう呟くのだった。




