ゴスロリとニーズの友人
シャシャートの街に輸入された新しいレース生地を見て、冬眠していないザブトンの子供たちがざわついた。
レース生地自体は魔王国にもあって珍しくないが、輸入されたレース生地の模様は見事だった。
だから、かなりの高値がついている。
でも、シャシャートの街にいるミヨや、五村のヨウコに献上品として渡されたのが大樹の村に届き、ザブトンの子供たちの目に止まった。
ザブトンの子供たちが、さっそく模倣する。
しかし、かなり複雑な模様だ。
そう簡単に模倣できるものではない。
苦戦している。
だが、ザブトンの子供たちは諦めない。
努力に努力を重ねる。
……
どうした?
模倣はザブトンが起きてからにする?
いまはレース生地を使った服を作るほうに力を入れたいと。
なるほど。
いいんじゃないか。
そういうことで、俺がモデルらしい。
まずは俺に真っ黒なズボンと真っ黒な長袖シャツ、それに黒いブーツを着せる。
このシンプルな恰好に、黒いレース生地を装着していく。
うーん。
なんだろう。
豪華な貴族服?
袖のフリフリが大きいな。
ゴシックロリータファッション、いわゆるゴスロリ。
それの男性版みたいな感じだから、男性が着てもおかしくはないだろうけど……
俺には似合わない気がする。
俺の知っているゴスロリの概念を伝え、ザブトンの子供たちに交渉した。
レース生地は、娘や息子たちの服装に使うのはどうだろうと。
そして、レース生地をたっぷり使ったゴシックロリータファッションの娘や息子たちが登場した。
白ゴス、黒ゴス、赤ゴス、緑ゴス、青ゴス。
華やか。
娘には服に合わせたヘッドセット。
息子には服に合わせた帽子。
うん、似合っている。
俺の判断は間違いなかった。
ただこの服。
すごく気に入る子供もいるが、気に入らない子供もいる。
気に入った子供の代表は、フラウの娘のフラシア。
くるくる回って、レース生地がたっぷり使われた赤ゴスのスカートをひらひらさせている。
オプションのレース生地の傘も気に入っているようだ。
でも、室内で傘を差すのはどうなんだろう。
振り回しちゃ駄目だぞ。
危ないから。
ゴシックロリータファッションを気に入らない子供の代表は、ハクレンの息子のヒイチロウ。
男性版の黒ゴスを着たヒイチロウを、グラルはめちゃくちゃ褒めているんだけど、どうにも合わないようだ。
もちろん、俺は強制しない。
合わない服装を着るのって、苦痛だもんな。
好きな服を着ればいいと思う。
でも、作ってくれたザブトンの子供たちのことを考えて、もうちょっとだけ着ていてあげような。
すまない。
俺だって着たままなんだから、許してくれ。
ああ、お揃いだ。
子供たちのゴシックロリータファッション。
これは大人たちに様々な反応をもたらした。
とくに喜んだのが文官娘衆。
きゃっきゃと、あれがいい、ここがいいと評価している。
そして、ザブトンの子供たちと新しいデザインの相談。
……違うな。
ちょうど屋敷に来ていた魔王の娘のユーリを連れてきて、ユーリのゴスロリ服を作ってもらおうとしていた。
文官娘衆たちよ。
それはかまわないが、抵抗するユーリを三人がかりで連行するのはいいのか?
扱いが雑になっていないか?
あ、待て待て、ユーリの服を剝くのは待って。
男性陣、部屋から撤収。
ザブトンの子供たちよ。
あとは任せた。
真っ白なゴスロリ服のユーリは、文官娘衆たちが大絶賛だった。
本人は渋い顔だったけど。
魔王は……どうした?
あー、なぜか嫁に行きそうな服に思えて反応に困ると。
年頃の娘を持つ父親の悩みだなぁ。
ゴシックロリータファッションは少しのあいだ大樹の村で流行し、五村に伝播した。
五村に行くと、珍しく俺に来客があるとヨウコから伝えられた。
誰だろうと聞くと、ニーズの知り合いらしい。
ニーズは蛇の神の使いで、酒肉ニーズの店長代理。
酒肉ニーズ関係での知り合いが、俺に用事ということはないだろう。
あったとしてもニーズにある程度の権限を渡しているから、ニーズで対応してくれる。
つまり……蛇関係か、神の使い関係?
面倒は困るんだけど。
「蛇関係だが、ただの謝罪だ」
謝罪って、なにかやったのか?
「警備隊と揉めた。
その件はニーズが仲裁して和解しておる」
それはよかった。
しかし、それだと俺になにを謝りにくるんだ?
「五村で生活したいらしい。
それなら、村長に謝罪しておいたほうがいいとニーズが」
なるほど。
じゃあ、向こうが謝って俺がそれを受ければいいだけだな。
「そうなる」
わかった。
では、会おう。
ニーズに連れられた者は背の高い女性。
二メートルを超える。
全身を白いローブで覆い、魔法使い……いや、大きな剣を背負っているから剣士かな。
見えている肌の一部に蛇の鱗がところどころに。
目はわかりやすく蛇だな。
失礼だが、蛇から人への変身途中みたいな感じだ。
「わ、私の名はエキド。
ニーズの古き友だ。
このたびは、私の不始末で騒ぎを起こした。
謝罪する」
エキドは素直に謝っている。
ならば俺は余計なことをせず、謝罪を受ける。
五村で過ごすなら、問題を起こさないように。
ニーズ、あとは任せてもいいか?
「承知しました。
ここでのルールを教えておきます」
うん、頼んだ。
ニーズとエキドは下がった。
俺の護衛として控えていたガルフ、ダガ、レギンレイヴがほっと息を吐く。
なにごともなく、よかった。
警備隊と揉めたと聞いていたから、もっと我が強いタイプと想像していたんだがな。
「間違ってはおらん。
エキドは我が強く、そうそう頭を下げん」
でも、さっきは?
「心が折れているところでな」
警備隊に負けたことでか?
「それもあるが、五村に来る前にウルザに負けたそうだ」
ウルザに?
「うむ。
かなり痛めつけられたらしい」
あー、なんと言えばいいか。
恨んでいたりしたら、困るな。
「心配せんでも、エキドはウルザの紹介状を持参していた。
ウルザとは決着しておる」
紹介状?
内容は?
「エキドを美食で懐柔した。
可能であれば五村で仕事と宿の世話を頼むと」
なるほど。
その紹介状はウルザじゃなく、同行している誰かが書いたな。
ウルザは懐柔したとか言わないから。
それで、ニーズの店で働いてもらうのか?
「そうしようと思ったが、あの姿だ。
接客はむずかしかろう。
客が驚く。
なので、しばらくは神社で働いてもらう。
寝泊りもな」
神社が困らないか?
「なに、エキドは神社を任せている銀狐族のコンと顔見知りだ。
問題ない。
それに、力が戻るまでだ」
力?
「ウルザに負けたことで力を失い、あのような中途半端な姿なのだ。
力が戻れば、しっかりとした人の姿になる。
そうなれば接客をさせても客を驚かせぬであろう。
ニーズの店で働いても問題なかろう」
へー。
「人の姿は美人で有名だぞ。
どこかの国の王をたらし込んだ話があるぐらいだ」
それは看板娘として期待できるな。
「ははは。
働きっぷりは、まだわからんがな。
まあ、ニーズに任せておけば問題あるまい」
余談だが、エキドと揉めた警備隊とは剣聖ピリカのことだった。
蛇の姿のエキドを三つに斬ったところで、ニーズが助けに入ったらしい。
エキドが万全ならピリカでは勝つのが難しいとヨウコは評していたので、ウルザにやられたダメージが抜けていなかったようだ。
ウルザ、やりすぎじゃないかな?
あ、いや、ピリカがすごく成長した可能性もある。
うん。
そっちだと信じよう。




