目覚め
まったりとした秋の日の夕方。
俺は畳を敷いた部屋でごろんと転がる。
服はいつもの服ではなく、男性用の浴衣。
ザブトンに頼んで作ってもらった。
ゆったりできて気に入っている。
これでテレビでもあれば、観ながらビールといきたいところだ。
そんなことを思っていたら、ザブトンの子供たちがやってきて……
ちゃぶ台の上で演劇を披露してくれるらしい。
俺は姿勢を正し、観せてもらった。
無音だけど、大胆な動きでストーリーはわかる。
赤毛のザブトンの子供がヒロインで、友だちと一緒に頑張って生きる話だ。
オリジナルで考えたのか?
すごいぞ。
俺の横で酒スライムが酒樽からコップに酒を注ぎながら観ている。
俺も……と言いかけてやめる。
ザブトンの子供たちの頑張りを、しっかり観ないとな。
なので、酒を飲むのは終わってからだ。
物語は十分もなかったが、なかなか面白かった。
何点?
もちろん百点だ。
よかったぞ。
うん、今度、ほかのみんなにも見てもらおう。
俺は満足しつつ、酒スライムに酒をもらおうとしたら……
部屋の端で、スタンバイしているフェニックスの雛のアイギスと鷲。
どうやら第二幕があるようだ。
観させてもらいましょう。
酒はもうちょっと我慢だ。
まさか、三幕目でクロとユキ、それにオルトロスのオルが出てくるとは思わなかった。
驚いた。
そして、一幕が伏線だったとは。
三幕で怒涛の回収をしてきたのはすごかった。
侮りがたし。
俺も負けないようにしないとな。
いや、演劇をするわけじゃないぞ。
あー、頑張るってことだ。
ちなみに酒は、三幕が終わる前に酒スライムが全部飲んでた。
あと少しで秋の収穫だな。
そんなふうに畑を見ていると、珍しく昼間にヴェルサが俺のところにやってきた。
プラーダ美術館で作った悪魔の像のサンプルを貸してほしいらしい。
べつに隠すものじゃないので……ええと、どこにやったかな。
少し前に見た覚えが……
俺は屋敷に戻り、探す。
あ、あったあった。
物置に入れていた。
少し前に見たのは、ザブトンの子供たちの演劇のとき。
アイギスが小道具として使っていたからだ。
俺は悪魔の像のサンプルをヴェルサに渡した。
それで、それをどうするんだ?
これに魂があるから、人形に移したい?
よくわからないが、どういった人形がいいんだ?
悪魔の像のサンプルが自分で選ぶ?
あ、誘導される感じね。
ヴェルサが持つ悪魔の像に従って屋敷の外に。
南に向かって……
あれ、この先って……
多目的人型機動重機のハンガーなんだが?
まさか、多目的人型機動重機を使うのか?
いや、悪魔の像のサンプルが選んでいるからどうしようもないと言われてもな。
幸いと言っていいのか、悪魔の像のサンプルが選んだのは動かない一号機、ジークフリート。
いいかって言われてもな。
どうなるんだ?
わからない?
……わからないかー。
多目的人型機動重機が勝手に動いたりは?
する可能性はあると。
暴れられるのは困るんだが。
俺の抵抗にヴェルサがわかったと言って指を鳴らすと、地面から無数の太い鎖が飛び出してジークフリートを縛った。
おおっ。
ヴェルサが魔法使いっぽいことをしている!
感心している俺をよそに、ヴェルサがなにやらしようとしたので止めた。
少し待ってくれ。
ジークフリートは、ヨルが入れ込んでいるからな。
勝手に扱って壊すと、面倒だ。
いや、動かないからすでに壊れていると言われてもな。
とりあえず、ヨルを呼んでくる。
幸い、現在地から大樹のダンジョンは近い。
十分もかからずにヨルを連れてくることができた。
話を聞いたヨルにめちゃくちゃ抵抗されたが、ヴェルサが説得した。
すごいな。
脅さずに、ヨルが引き下がるなんて。
ジークフリートが動く可能性を示したのか。
俺には、どうなるかわからないって言ってなかったか?
可能性の問題?
そうかもしれないが……
まあ、ヨルが納得したならかまわない。
止めて悪かった。
続きをどうぞ。
ヴェルサがなにやら呪文を唱えると、悪魔の像のサンプルがふわりと浮かんだ。
そして、そのままジークフリートに接したと思った瞬間。
すごい光が放たれた。
め、目が痛い。
開けてられない。
が、その光は一瞬だったようだ。
なんとか目を開けると……
変化のない、鎖で縛られたジークフリートの姿。
悪魔の像のサンプルは……地面に落ちている。
砕けたりはしていない。
これで終わりか?
いや、違うようだ。
ジークフリートが小刻みに振動。
その振動が大きくなっていく。
そして、ジークフリートの関節から血液や肉と思われるものがあふれ出てきた。
なんだあれ?
血液や肉は意思があるようにジークフリートを包み込もうとした。
ヴェルサの出した太い鎖ごとだ。
だからか、血液や筋肉が固まろうとするもうまくいかない。
血液や肉は何度かチャレンジしたあと……動きを止めて鎖の主であるヴェルサに意識を向けた。
鎖、外せない?
そう聞いたように見せる。
正しかったようだ。
ヴェルサは駄目だと突っぱねた。
血液や肉はさらに乱暴に何度かチャレンジしたあと、逆再生のようにジークフリートの中に戻っていった。
ジークフリートの振動も小さくなり、止まった。
だが、ヴェルサは気を抜いていない。
鎖もそのままだ。
ヨルは……立ったまま、気を失っている。
関節から血とか肉が出たあたりかな。
立ったままの気絶は危ないから、離れた場所で寝かせておこう。
俺がヨルを運んで戻ってきたら、ジークフリートがハンガーから出ようと暴れていた。
やはり終わっていなかったか。
ハンガーの固定具は壊されていたが、ハンガーから出れないのはヴェルサの鎖が阻んでいるからだ。
そのヴェルサが俺に確認してきた。
ジークフリートを潰していいかと。
駄目だと言いたいが、暴れ続けられるのも困る。
ヨルは気絶中。
起きたら絶対に反対するだろうな。
俺が決断を出せずにいると、ジークフリートの頭部付近にさっきの血液や肉が現れ、なにかを形作った。
箱のようだが……そこからなにか伸ばされた。
砲?!
直感的にそう思った俺は、ジークフリートに駆け寄り、クワを振るう。
槍を投げたほうが早いのだが、今回は方向が悪かった。
槍を投げると、ハンガーの後ろにある競馬場や畑、屋敷に被害が出るかもしれない。
そう判断できた自分を褒めたい。
俺の振るったクワは、ジークフリードの右足を耕やし、土に還す。
右足を失ったジークフリードはハンガー内で転倒。
そこに、俺はクワを振るう。
胸部、頭部が耕され、土に還る。
さらにクワを振るおうとしたとき、ジークフリートが動きを止め、乗り込み口が開いてなにかが飛び出した。
全裸の女?
俺より大きい。
三メートルを越える。
角が大きい。
ミノタウロス族かと思えるが、それにしては細身だ。
黒髪で……いや、金髪?
白髪?
あれ?
認識できない?
さっきは三メートルの大人の女性に思えたのに、いまは小さい子供にみえる。
角も小さい。
その子供が……ヴェルサにしがみついていた。
そして、ヴェルサを盾にして、俺から隠れているから。
えーっと……
まだ存在が安定していない?
名も権能もないから、この状態だと無害?
ジークフリートは?
もう暴れないと。
ヴェルサは指を鳴らして太い鎖を消した。
終わったということだろう。
あー、子供をどうこうする気はない。
その子供は……ヴェルサに任せていいか?
ヴェルサはすごく嫌そうな顔をしたけど、仕方がないと引き受けてくれた。
よかった。
必要な物があったら言ってくれ。
用意するから。
ん?
めちゃくちゃ苦い食べ物って……必要なのか?
わかった、頑張って探してみるよ。
とりあえず……半分ほど耕してしまったジークフリートをどうしようかと見たら、ジークフリートは消えていた。
耕して土に還した部分は残っている。
それ以外が消えていた。
ヴェルサが小さい子供を指差している。
その子供のせいね。
あー、ヨルが目を覚ましたらどう説明しよう。
読まれていた展開……




