酔っ払いと存在意義
「貴方が悪い」
「貴方が悪いです」
「村長、もう少し気を使ってほしいです」
「村長のそういった不器用な所も嫌いではありません」
ルー、ティア、リア、フラウの順で言われた。
この場にいるのは、他にドワーフのドノバン、ミノタウロス達の世話役のナーフ、ケンタウロスたちの世話役のラッシャーシ、ニュニュダフネたちの世話役のマムがいる。
話の内容は、ミノタウロスのゴードンや、ケンタウロスのグルーワルド、そしてニュニュダフネに関して。
要は彼らが俺のもとに愛妾を送り込もうとしているけど、なんとかならないか? 的な相談をしたら、この結果だ。
「まあまあ」
ドノバンが、酒を片手に場を宥める。
「色々な意見があるだろうが……まずは村長に、村長の在り方……いや、有力者の在り方を知ってもらわないと駄目だろう」
「有力者の在り方?」
「うむ。
なに、そう難しい話ではない」
ドノバンが酒を一杯飲み、新たな酒を注ぎながら説明してくれる。
ちなみに、酒は俺の奢りだ。
「例を出すと……ワシらドワーフは誰の許しを得てこの村に住んでいる?」
「一応、俺か?」
「うむ。
そしてワシらドワーフは、この村のために酒を造っている。
ドワーフのためと言いたそうだが、そうではないぞ。
作った酒は、全て村長のもとに納めているからな」
「確かに」
「ここで村長がドワーフを村から追い出そうと考えたとしよう」
「え?」
「例え話だ。
ドワーフを村から追い出そうと考えた時、それを思い留まらせるのも酒造りだ」
ドノバンは注いだ酒を掲げ、俺に見せる。
「村長はそれほど酒に固執しておらんが、村の者の多くが酒を求めている。
ワシらドワーフを追い出し、酒造りができなくなると……村長は良くても、他の者が不満を持つかもしれん。
そうなれば村が不安定になるかもしれん。
無理にドワーフを追い出すよりは、村に置いておいた方が良いのではないか?
などと考えてくれる」
考えるだろうか?
……考えるな。
「つまり、ワシらドワーフはここに住む許可の代価に、酒造りをしていると言える。
ここまでは良いか?」
「あ、ああ」
「ワシらは酒造り。
ルー殿やティア殿は、村長の相談役の上、子を産んだ。
鬼人族は身の回りの世話。
ハイエルフは狩りと建築。
リザードマンは力仕事。
獣人族も細々とした仕事をしている。
魔族の娘っ子達も、村長の仕事を手伝っている。
山エルフも鍛冶仕事、器作り、最近は水車を作り上げて価値を示した。
ああ、ザブトン殿たちやクロ殿たち、ドラゴンは言わずもがなだ」
ドノバンは思い出すように言う。
「今までこの村に居た者は、この村に居ていい理由があるか、理由を作ってきた。
新しく来た者たちはそれがなく、不安なのだ。
村長という有力者の気が変わった時、追い出されるのではとな」
「いや、俺は追い出そうとは思わないが……」
「村長はそうであろう。
来る者拒まず、去る者追わずという感じだ。
だが、彼らはそれをまだ知らない。
出会ってまだ百日も経っていないのだろう」
そう言われると……そうか。
「村長はこの大樹の村で一番、そして新たに作った村でも一番の有力者であることを自覚し、それに合う振る舞いをしてもらいたい」
「振る舞い?」
「今の振る舞いで、不安な者が居るのだ。
そうさせない振る舞いを求められる」
ドノバンは持っていた酒を飲み干し、さらに新しく注いだ。
「簡単に言えば、新しく来た者と村長の立場のバランスだ。
今、村長が何か言った時、連中はそれを断れん」
「……」
「“断れない”と“断れるが引き受ける”の差は遥かに大きい。
今の村長は、与え過ぎなのだ」
「与え過ぎ?」
「うむ。
この安住の地、美味い食い物、ワシらの造る酒、ザブトン殿達の布製品、その他にも山のように与えている。
そのくせ、対価は冬が来るからと未払いだ。
それで我が世の春が来たと喜べる悪党なら問題はなかろうが、連中は善良だ。
与えた物で押し潰れるぞ」
「いや、建築の手伝いとか、色々やってもらっているし……」
「建築してるのは連中が住む場所で、さらにその間の食事の世話までしている。
今の働きで等価だと思うか?」
……
「連中が女を差し出したがる理由がわかったか?」
「……ああ」
「受け取らない村長が責められる理由も」
「むう」
「……ははは。
説教っぽくなってしまったが、その辺りを理解したうえで、村長は村長らしくやればいい」
「ん?」
「女を差し出してきたからといって、必ず愛妾にしなきゃいかんということもない。
要は体裁だ」
「必ず……あっ」
思い込みは怖い。
「何を求めるかは村長の判断だが……
相手が断れんことを忘れんようにな」
「ああ」
「……こんなこと、酒を飲んで酔わねば言えん。
ワシにあまり多くを求めるな」
「すまなかった」
「あー……それと、この場にいるから言うがリアよ」
「なんです?」
「お主らハイエルフたちは、がっつき過ぎだ。
もう少し、手加減してやってほしい」
ドノバン……
俺の中でドノバンの株が爆上がりだ。
「隙間がなければ、村長とて受け入れたくても受け入れられん。
他の種族のことも考えてやれ」
あ、いや、そこは素直に休ませてやってほしいと言ってほしかった。
「ちゃんと他の種族とも話し合っています。
ですが、まあ……少し考えておきます」
俺は心の中でガッツポーズしながら、ドノバンに褒賞メダルを……いや、違うな。
酒を渡すことを決めた。
ありがとう!
あと、リアに言ったことを鬼人族にも言ってほしい。
そしてまた酔った時にアドバイスをしてほしい。
俺には覚悟が足りなかった。
二百人を超える新たな住人を受け入れる覚悟が。
家と食べ物を与えれば、それで十分と思っていたのが間違いだった。
新たな住人は、新たな住人で生きているのだ。
その後、仕切り直して話し合った。
あそこで終わると、俺が説教されただけになって何も解決してないから。
ナーフ、ラッシャーシ、マムにも意見を出してもらった。
結果。
「大樹の村に滞在?」
俺はゴードン、グルーワルドを集めて話した。
「ああ、大変だろうが、各村から当番を決めて大樹の村に来る者を決めてほしい」
「承知しましたが……その、大樹の村ではどういったことをするのでしょうか?」
「基本は俺の命令を各村に伝えるための連絡員。
それと、住む場所が離れるから情報不足では困るだろう。
大樹の村に滞在している時にあった出来事を記録し、それを帰った時に各村に伝えるのが仕事だ。
そして各村から来た者は、各村の情報を伝えてほしい」
ケンタウロスたちに走ってもらえば早いのだろうけど、同じ種族から聞いた方が信用できるだろう。
「それと、他にも俺が求めた仕事をして貰う。
言い方が悪いが、小間使いだ」
「小間使い」
「そうだ。
この村に来ている間は、俺の手足として働いてもらう」
遠方の各種族から提供させる労働力という扱い。
「人数は、各村から二人。
滞在期間は各村で決めて良いが、来た時と帰る時は一報を入れる事。
質問は?」
「いつからでしょうか?」
「今日からだ。
急ぎ、駐在員を決めてくれ」
「駐在員?」
「ああ、この村に滞在する者の役名だ」
「承知しました。
大樹の村に滞在している間は、どこで寝泊りすればよろしいですか?」
「当面は宿を使ってくれ」
「当面?」
「次の春、俺の家を改築する。
その時、各村の駐在員が寝泊りする部屋を用意する。
傍に居ないと、小間使いにならないからな」
「おおっ」
「それはつまり……」
俺は、小間使いを求めた。
そして、その小間使いは将来的に俺の家に住む。
各村が俺に女を差し出したいのなら、連絡員を女にすればいい。
その先は俺と連絡員の努力の問題だが、各村としては女を差し出したのと同じ。
浅いかもしれないが、これが今回の俺(と相談に乗ってくれた者たち)の結論。
「そして、その上で各村というか種族にも仕事をしてもらう」
「もちろんです」
「ゴードンの村では、農業を中心に。
興味があるなら畜産関係もやってくれて構わない。
養蚕をしていたらしいが、その気があるなら蚕を集めよう」
「感謝します。
まずは農業をして、足場を固めたいと思います」
ゴードンが頭を下げる。
今まで、聞き込みや打診だけで本格的に何をやってもらうか言っていなかった。
反省。
ギブ&テイクの気持ちを忘れてはいけなかった。
与えた分、返してもらう。
後で撤回することになるかもしれないが、当面の目標(返してもらうこと)を伝えることにした。
「グルーワルドの村は……まだ村が完成していないが、完成した後は同じく農業を中心にやってもらう。
それと、その健脚を見込んで各村の間を走っての定期連絡役だ。
これは季節、天候に関係なく毎日だ。
キツいぞ」
「はっ。
お任せください」
「まあ、細かいことは村の完成後にだ」
グルーワルドが頭を下げる。
これで一仕事、終わった。
あと、もう一仕事。
俺はイグを呼び出した。
「イグの村だが、悪いが作らないことにした」
「っ!」
イグが驚き、切り株の上部にツタが出た。
「慌てるな。
新しく作らないだけだ。
イグたちには、大樹の村に住むのを基本としてもらいたい」
「え?
お、おおっ。
我らがこの村に住めるのですか?」
「ああ。
ただし、今やってもらっている各村に滞在しての警報役。
それと夜の灯りの仕事を継続してやってもらいたい」
「承知」
「各村に滞在しての警報と灯りの仕事だから、ある程度の数で分かれて生活することになるぞ。
構わないか?」
「問題ない」
「そうか。
それとだ。
悪いが、お前たちより先に来たミノタウロス、ケンタウロスたちに気を使う必要がある」
サイズや生活形態の問題があるとはいえ、後から来たイグ達が大樹の村に住み、先に来た二者が離れた場所では不和が出る。
「何をすればよい?」
「しばらく、一村の管理人をやってほしい」
「一村の管理人?」
「ああ。
あそこは完成している。
いつでも移住できるが……住人が居ないとすぐに傷む」
現在、空き村だ。
「新たな移住者が来るまでの間、村の世話を頼みたい。
警報の仕事、夜の明かりの仕事をした上でだ。
大変だぞ」
「承知。
お任せを」
先程、驚いた時に出したツタに花が咲いていた。
「うん。
頼んだ」
……
疲れた。
のんびりしたい。
ああ、駄目だ。
ケンタウロスたちの村を完成させないと。
冬は目の前だ。




