彼らの顛末
「なあ、あんたメリダさんに謝ったのかよ」
噴水広場の修繕工事が始まった。木札や石級が瓦礫を拾い、割れた石畳を剥がして運ぶ。職人たちが威勢のいい声を出し、そんな彼らに指示を飛ばしている。
そこにひとりぽつんと、朱線の入った銀色のプレートを下げた男が混ざっていた。わいわいと活気ある中で、遠巻きにされながら地道に瓦礫を拾い集めている。
「あっ謝ったよ……!」
思いがけずかけられた声に、男は驚いて顔を上げた。男の目に、活発そうな少年が映る。男に声をかけたのは、アルだった。
「謝りに、行ったんだ。……次の日に。ふたりは説得できなかったんだけど」
謝りたいと必死に街の人に声をかけ、ひとりでメリダの店を訪ねた。「あたしに怪我をさせたのは別の男で、怪我はニナちゃんが治してくれた。あんたは誰に何を謝りたいんだい」と言われすごすごと宿に帰ったが、本当にその通りだと落ち込み涙を流した。
それからずっと必死に仲間を説得していたが、分かり合えなかった。あんなに、唯一無二の仲間だと思っていたのに。
ゾフィは結局元のギルドへ帰っていった。移動はゾフィが言い出すなり即座に許可された。『いらない』と言われているような扱いに、ゾフィは顔を真っ赤にして悔しそうに街を飛び出していった。……当たり前の扱いだと、男はそう思っている。
ハンスも、最後までどうしても自分の過ちを認められずにいた。彼は元のギルドに戻ろうとせず、移動許可証を取得してどこかへ去っていった。
移動許可証があれば、定期的にどこかのギルドを訪れ所在を明らかにするという条件で国内を自由に移動できる。1年ほどの猶予だが、その間にどこか受け入れ先が見つかればいいと、男は諦めてハンスを見送った。
そして男は、ひとりここに残った。
うなだれる男に、アルはため息をついた。少し前にこの男がギルドの食堂で、残りのふたりに「いい加減にしろよ」と叫んでいる姿を見ていたのだ。そのときの悲痛な声に、放っておけなく思ってしまった。
なんとなく、間違えた、憧れの人に嫌われた、と血の気が引く気持ちがわかってしまったのだ。彼が、心底悔いていることも。アルは男の隣にしゃがみ込んで瓦礫を拾い始めた。
「まったくさあ……なんだってあんなことしたんだよ」
「ほんとだよな」
男は泣きそうな顔でかすかに笑い、瓦礫を拾いながらぽつぽつと語り始めた。
「それが正しいと、思い込んでたんだ。3人でさ、きっとこうだ、こういうことじゃないか、そうに違いないって、鼻息を荒くして、勝手に怒って、見えるものを、歪ませていたんだな……」
悪意を持った解釈は、さらなる悪意をつのらせて、勝手に罪を捏造していった。妬心も大きすぎた。ゾフィは最後まで、「私が先に助けられたのに、銀級になった苦労はなんだったの?私ももっと厚かましくなったらよかった、押し掛ければよかった」と泣き叫んでいた。彼女は、ヒースクリフに特別な感情をずっと抱いていたのだ。
ハンスとゾフィがここを出て行ったのは、親しげに街を歩くヒースクリフと、ニナと、そして『星の神狼様』を見かけたことがきっかけだ。
ヒースクリフが神獣と契約している、ということは当然聞き及んでいた。しかし、それがどういう存在なのかを理解していなかったのだ。ただヒースクリフの凄さを飾り立てる情報でしかなかった。
実物を目の当たりにして、その恐ろしさに声を失った。存在の次元が違う。人間の理解が及ぶ範囲ではない。あの化け物は、まばたきをする間に自分たちを殺せる。
足を震わせながら凝視していると、ネビュラの視線が男たちに向けられた。一瞬の出来事だった。ヒースクリフは3人に気付かず通り過ぎて、傷付けたあの少女が、恐ろしい化け物に親しげに笑顔を見せるのを呆然と見送った。ふたりの心が折れた瞬間だった。
それでも男がこの街に残ったのは、このまま街を立ち去れば、二度と『ヒースクリフに助けられた』と言えなくなると思ったからだった。
「俺はもう、顔向けできる立場じゃないけど」
思い込んで、暴走して、とんでもない過ちを犯した。ぴかぴかに輝いていたプレートには朱線が入っている。仲間だって失った。
その上さらに、この広場の修繕費はヒースクリフの懐から支払われている。問題を起こした人間に科せられて当然だと思うのに、彼はそうしなかった。
わかっているのだ。男たちにそれを科せば、死を覚悟して森の奥へ行くか、花街で望まず春を売るか、どちらかしか道が残されていないと。ヒースクリフは、それを良しとしなかった。
ぽたりぽたりと、ひび割れた石畳に涙が落とされる。あんな過ちを犯してなお、また救われてしまった。無給で修繕工事に関わりたいとギルドに申し出れば、ここではそんな条件で仕事を請け負わせない、と断られた。今の生活すら、彼に助けられている。
「俺は、ここで少しでも街のためになることをして、少しでも、償いたい……」
絞り出すように言葉が紡がれる。もう視界に入ることすら許されないから、せめてこの場所に、と男は涙を落としながら瓦礫を拾い集める。
「なあ、俺木札なんだけどさ」
アルはそんな男にハアとため息をついた。しょうがないな、と頭をかいて、ぶっきらぼうに声をかける。
「あんた銀級だろ。荷物持ちしてやるから、呼べよ。俺、森に行きたいんだ。俺はアル。あんたは」
アルには荷物持ちに呼んでくれる知り合いがたくさんいる。これは、見ていられなくて差し出された救いの手だ。男は、それを理解して、ボロボロと涙をこぼしながら下手くそに笑った。
「ありがとう……俺は、エーリヒって言うんだ」








