優しさと、苦さと
「ニナ」
さあ解散だ、という雰囲気になって、冒険者たちがぞろぞろとその場を離れだしたころ、ギルド長がニナに声をかけた。
「ふむ、ようやく会えたな。ありがとうニナ。ヒースを庇ってくれただろう」
ハンスの強情ぶりに、もうヒースクリフ本人の口から言わせるしかないかと諦めたが、ギルド長も、できればヒースクリフに話をさせたくなかった。幼い頃から面倒をみてきて、彼の気性を熟知しているのだ。
「あの、いいえ。庇う、かはわかりません。でも、ヒースさんには笑っていてほしいと思ったんです」
「そうか」
ニナの返事に、ギルド長は優しく微笑んだ。いい嫁が来てくれたもんだ、とも思った。嫁ではないが。
「私の方こそ、いつもありがとうございます。たくさん助けてもらって、やりたいことを手伝ってもらいました。ありがとうございます、ええと……ギルド長」
「うん、私は直にギルド長ではなくなる。ライノに引き継ぎを始めたからな。私の名はネイベルだが……そうだな、『おばあちゃま』と呼ぶといい」
「おばあちゃま……はい、おばあちゃま!」
ニナは当たり前のようにその呼び方を受け入れた。ふたりがにこにこと微笑み合っていると、ヒースクリフがやってきた。
「ニナ、その、……ええと」
ヒースクリフは胸がいっぱいになって、うまく言葉を出せなかった。本当にうれしかったのだ。ニナの言葉が、想いが。守ると言ってくれたことが。
「ありがとう、ニナ。いっぱい、ありがとう。……ばあさんと話してたの?」
「はい。私もおばあちゃまにお礼を言っていたんです」
「ばあさんニナに何教えてんの!?」
ニナの『おばあちゃま』という言葉に、ヒースクリフは感動を吹き飛ばした。ニナが素直なのをいいことに、みんな変な呼び方を教えすぎだと頭を抱えた。
「お前は私の孫……のようなものだろう。そしてニナはお前の家族のようなものだ。ならば私はニナの祖母のようなもので構わんだろう」
ネイベルは堂々とそう宣う。強引な三段論法だが、どうにも否定しにくい発言だ。にこにことしているニナにやめろとも言いづらい。ヒースクリフは少しの間うぐぐと言葉に詰まってから、もう仕方ないか……と脱力して諦めた。ネイベルは「かわいい孫娘がほしかった」と堂々としていた。
「よう、宿にぶち込んできたぞ」
ライノも3人組を無事宿に放り込んでギルドに戻ってきた。姿を現した自分と共感してくれる人物に、ヒースクリフはほっと息を吐いた。
「よく引き受けてくれる宿があったな。これ以上の問題を起こさなければいいが」
「次に何かやったらただじゃおかねえって脅しつけてきたし、しなびてたから大丈夫だと思うぜ。あそこを追い出されりゃ他はないってことくらいわかってるだろうよ」
「ニナ!ライノさん!ヒースクリフさん!」
通りの向こうから、アルが走ってきた。アルは配達依頼の途中で騒動にかち合い、助けを呼びに走ってくれたのだ。あの後は配達に戻り、そして行く先々で人に捕まり続けていた。何があったんだ、どうなったんだ、とずっと呼び止められ続けて、やっとギルドに戻ってこられたのだ。
「アル!!」
ヒースクリフは駆け寄ってくるアルに走りより、がっちりと両手を取って握りぶんぶんと上下に振った。
「本当にありがとう、アルは俺の恩人だ!また恩が増えた。ぜったいに返すから、俺はぜったいにアルの力になる!!」
アルはヒースクリフの勢いに目を白黒させて、それからへにゃりと眉を下げた。
「当たり前のことをしただけです。友達を助けたかっただけで、すごいことじゃないです。……俺はまだ力が足りなくて、自分じゃ助けられなかったから」
一抹の悔しさをにじませて、アルはそう呟いた。結局ニナを助けたのはヒースクリフだ。それで恩人と言われるなんて、過分すぎるとアルは思っていた。そんな悔しそうにしているアルを見て、ヒースクリフは優しく頭を振った。
「そんなことないよ。アルが教えてくれなかったら、ニナはもっとひどい目に合ってた。……助けたい人が危ないときにさ、目を離すのは勇気がいることだよ。アルは即座に判断して動けた。すごいことだし、俺は本当に恩人だと思ってる」
「そうさ。お前は一番的確な判断をした。全く、見どころがあるやつだ。大したもんだよ、愛弟子」
ヒースクリフとライノは口々にアルを褒め称えた。
「胸を張って誇れ」とライノがアルの背中をどんと叩く。アルはたたら踏みながらふたりの言葉に顔を上げ、頬を染めて口元を緩ませながら、「はい!」と大きく返事をした。
全員が帰っていったあと、ネイベルはため息をつき、苦い顔をしてギルドの建物を見上げた。
希望に満ちた若者たちを、迎え入れる予定だった。ヒースクリフに憧れて努力してきたのだから、会わせてやろうと考えていた。ヒースクリフだって、昔救った者たちが立派な冒険者になったと喜ぶはずだった。
「――あの、バカどもめ」
こんな再会になるはずではなかった。もっと晴れがましいものになるはずだったのだ。
ネイベルはやりきれない思いを抱え、ギルド長室に戻っていった。








