それぞれの力
耳をつんざくような轟音と共に、もうと砂煙が巻き上がった。
ニナは自由を取り戻し、そして、どこよりも安心できる腕の中に匿われていた。
「俺の」
薄れゆく砂煙の中から、ひとりの男の姿が浮かび上がる。
「かわいいかわいい大事なニナに、何をした」
ヒースクリフが来たのだ。
「ヒースさ……」
心の底から安堵して、ニナはヒースクリフを仰ぎ見た。そして、呆気にとられ口をかくんと開けた。
見上げたヒースクリフの顔は険しく、激しい怒りに満ちていた。威嚇のような唸声が口端から漏れ、空気までもが震えるようだ。ヒースクリフはブチ切れていた。
「ぎゃあああああああ!!」
男の悲鳴が響き渡る。真っ直ぐに突き出されたヒースクリフの腕を視線でたどれば、ヒースクリフの手に男の顔面がくっついていた。
ちがう、ヒースクリフが男の顔を片手で鷲掴みにして持ち上げているのだ、と状況を飲み込んだニナはうろたえた声を上げた。
「ヒ、ヒースさん!ヒースさん!」
「あ゛ア゛ア゛ア゛!!」
顔面を鷲掴まれた男のつま先が地面をかく。引き絞るような絶叫をあげて、男はヒースクリフの手から逃れようと足掻いている。
ヒースクリフの手からはぎちぎちぎちぎちと危険な音がたっている。ニナは慌てふためいてヒースクリフにしがみついた。
「ヒースさん、ヒースさん落ち着いてください!ヒースさん!」
「嬢ちゃん、大丈夫か!?」
「ライノさん!!」
アルとハンナを小脇に抱えたライノが駆け込んできた。ニナは一生懸命声を張り上げた。
「ライノさん!ヒースさんが!!」
「うわああ!ヒース、落ち着けお前、ヒース!!」
ライノは小脇に抱えたふたりを降ろし、あわを食ってヒースクリフを止めにかかった。悲鳴は途切れ、男の体がビクンビクンと痙攣を始めていた。
「だってこいつ!ニナに!」とぷんぷん怒るヒースクリフをなんとか宥め、男は解放された。
男は完全に気を失っていたし、連れのふたりは腰を抜かして地面にへたり込んでいた。メリダも近くで腰を抜かしていた。
美しい噴水広場の石畳は、ヒースクリフが踏み込んだ箇所を中心にひび割れ捲れ上がり、見るも無残な有り様だ。ニナは石畳の破片を踏みながらメリダに駆け寄った。
「メリダさん、ごめんなさいメリダさん。巻き込んでごめんなさい」
「役に立てなかったけど、ニナちゃんが無事でよかったよ」
そんなことはない、と泣きそうな顔でニナは頭を振った。メリダが、ニナに足を踏みしめる力をくれたのだ。
「ニナ……!」
「ニナ!!」
ハンナとアルも駆け寄ってきた。
「ごめんねニナ、助けてあげられなくてごめんね」
「俺じゃ力が足りないから、助けを呼びに行ったんだ。ごめんなニナ、心細かっただろ?」
ハンナはぼろぼろと涙をこぼして、アルは悔しそうに顔をしかめて、矢継ぎ早にニナに話しかけた。ニナはそんなふたりに、首をふって涙を浮かべた。
「ううん、ありがとうハンナちゃん、アルくん。助けてくれて、ありがとう。ふたりが怪我をしなくて、よかった」
それからニナは、腰をさするメリダに顔を向けた。
(……もう、できる)
無謀だったあのときとは違う。ネビュラが、たくさん教えてくれたから。ニナは両手に暖かい光を浮かばせた。ニナの力は、癒やすための力だから。
ニナに両手をあてられて、またたく間に引いていく痛みにメリダは目を見開いた。
「ありがとう、ニナちゃん」
「ううん、ありがとうメリダさん。守ってくれて、ありがとう」
ふたりは目に涙をためて微笑みあった。
周囲の人たちも、よかった、とほっと息をついた。人々はがやがやと賑やかさを取り戻していく。どうすんだこれ、と割れた石畳をみて声をあげる者や、あの野郎ども、と3人組を忌々しげに睨みつける者たちもいた。
「よう、嬢ちゃん!」
気を失った男を担ぎ上げたライノが声をあげた。
「俺らはこのバカどもをギルドに連れて行くけどよ、嬢ちゃんどうする」
ライノの後ろにはヒースクリフがむすっとした顔で立っていて、少し距離を開けて、男の仲間の男女が呆然と突っ立っていた。
「ハンナちゃん、きっと心配していると思うので、ジェシカさんに事情を伝えてきてください」
約束の時間はとっくに過ぎている。ジェシカはきっと、どうしたのかと心配しているだろう。ニナの視線を受け止め、ハンナは真剣な顔で頷いた。
「わかったわ、任せて」
ニナもハンナに頷き返し、ライノに顔を向けた。
「――私も行きます」








