悪意
「お前」
いつものように噴水広場でハンナを待っていると、突然ニナの手首が掴まれた。驚いて振り返った先には、顔をしかめニナの手首を掴む男と、その後ろで苦々しい顔つきをした男女が立っている。ニナの知らない人たちだった。
「恥ずかしいと思わないのかよ」
いきなり浴びせかけられた言葉の意味がわからずニナが戸惑っていると、ニナの手首を掴んだ男はチッと舌打ちをした。
「そうやって、何もわからないみたいにしてさ。『か弱い女です』って振る舞って付け入ったのかも知れないけど、男とか女とか関係ないだろ。ゾフィだって女で、一緒に努力したんだ」
男の後ろから、ゾフィと呼ばれた女がニナを睨みつける。ニナには、何を言われているのかわからなかった。そんなニナの態度に、男は苛立ちをつのらせていく。
「助けてもらってさあ!その上何年も、ヒースクリフさんに寄っかかって面倒みさせて、厚かましいやつだな!」
ニナの手首はギリギリと強く握りしめられていく。大きな声を上げてニナに絡む男たちに、周囲の人間が何事かと足を止めた。
「俺たちはさ!ヒースクリフさんに助けてもらった!お前と一緒なんだよ!!でもお前と違って努力したんだ、強くなって恩を返そうって!!今度は俺たちがあの人の背中を守るんだって、辛い目にも死にそうな目にも合って、それでも頑張ったんだ!お前はなんだよ!助けてもらったうえに何年もヒースクリフさんの優しさに付け込んで、ふざけんなよ!!」
激高していく男に、周りの人間はざわついて視線を集める。誰かが絡まれるニナを助けようと声を上げたが、近くの人に止められていた。
3人組は、首から誇らしげに銀色のプレートを下げているのだ。
それは、圧倒的な力の差の証明だった。
どうすることもできず、周囲の人間は距離をとってニナたちを囲んだ。人垣の中心で、ニナは罵声を浴びせられ続ける。
「助けてって泣きついただけのくせして、空っぽの功績を振りかざしてちやほやされて気分がよかったかよ!」
降りかかる悪意に、ニナの足が震えた。ハッハと息が浅くなっていく。暴力には、慣れていたはずだ。何かを言えばもっとひどい目に合う。ニナは丸まって、ただ終わるまで痛みに耐えればいい。そう思ったが、でもどうしよう、とニナの目の端に涙が滲んだ。
ハンナが来てしまう。待ち合わせをしているのだ。あの優しい子は、きっと絡まれるニナを見過ごせずにこちらに来てしまう。
巻き込んでしまう、と焦ったニナは周囲の人垣に目をやってハンナの姿を探した。離しなさいよ!というハンナの声が聞こえた気がしてそちらを見ると、ハンナとアルがもみ合っている姿が見えた。
ニナとアルの視線が交わる。アルは痛みを堪えるような顔をして、ハンナを引っ張ってどこかに走り去っていった。
(よかった、巻き込まないで、すんだ)
ニナはアルに感謝しながら、ほっと息を吐いた。安堵したニナの腕がぐんと引かれる。
「だんまり決め込んで、また誰かが助けてくれるの待ってるのかよ!!何か言ったらどうなんだ!!」
男は、衆人の前でこの女の虚像も暴いてやろうという誤った義憤にかられ、一層大声をあげてニナを責め立てた。無理やり捻り上げられた腕がキリキリとした痛みをニナに与える。
「…………ッ!」
「なにしてんだい!!」
人垣をかき分けて、止める人の腕を振り払いながらメリダがニナに駆け寄ってきた。ざわつく街に何事かと店から顔を出し、ニナが絡まれていることに気付いたのだ。
「ニナちゃんに何してんだ、この人でなしども!今すぐニナちゃんを離しな!!」
「メリダさん……!」
来てはいけないと首をふるニナに、メリダは自身を顧みずニナを庇おうと割り込んだ。
「うるせえ、黙ってろババア!」
ニナの腕を取り返そうとしたメリダが、振り払われ突き飛ばされる。メリダはどっと地面に腰を打ち付けて悲鳴をあげた。
「!!」
ニナは目を見開いて腰に手を当てて呻くメリダを見つめた。
「期待した助けが来て、満足かよ!いくら同情を買おうとしたって、俺たちが騙されると思うなよ!!」
巻き込んだ。巻き込んでしまった。メリダを、優しい人を。ニナはギッと奥歯を噛み締めた。
いつも、いつもいつもそうだ。ニナに暴力をひけらかして、ニナを好き勝手に扱おうとする者は、いつだってそうだった。
ニナが、暴力を振るう相手が、それぞれの考えを持つ生きた人間だということをちっとも思い見ようとせず、力で黙らせ、勝手な言い分を押し付ける。ニナは震える両足にぐっと力を入れた。
「……ッババアじゃないもの、メリダさんだもの!!」
ニナはキッと男を睨みつけ、怒りに震える声で叫んだ。
「メリダさんは、優しくて、たくさん助けてくれて、色んなことを教えてくれるすごい人だもの!謝って!メリダさんに、謝って!!」
「……この期に及んで!!」
男のこぶしがギリと音を立てる。ニナの腕がぐんと引かれた。
(殴られる……!)
ニナが目を閉じてぎゅっと口を引き結んだ瞬間。
ガオン、と雷鳴のような轟音がとどろいた。








