来訪者
ニナは、ジェシカを手伝うのと同時に、マダムから言われた刺繍の図案作りにも挑戦していた。
あの日家に帰ってから、早速ネビュラに相談したのだ。聖域に生える草花を、刺繍の図案にしてマダムに渡してもいいか、と。
ネビュラはそれを聞いて、ふむ、とひとつ頷いてから口を開いた。
「ニナよ、この聖域で重要なものは、源泉だけだ。草や木などは勝手に茂ったものにすぎない。好きにするといい」
「見せてはいけないものはありませんか?」
「ニナが気をつけるものは、毒になるものくらいだ。何かを採るときは我に言うといい。ニナよ、考えてみるのだ」
ネビュラは言葉を区切って、ニナを見つめて言い切った。
「主はここに職人を入れて、家を建てている」
言われてみれば、そういえばそうか、とニナは頷いた。ネビュラにとって重要なものは、本当に源泉だけだった。
「源泉は目に見える形があるものではない。採ったものを持ち出すのであれば主に相談すべきだが、図などはニナの好きにしてよい」
「わかりました、ありがとうございます!」
ニナはネビュラの許可を得て、図案を作り始めた。そうは言っても、ニナは用意された図案を写したことはあっても、物から図を起こしたことがなかった。とても難しくて、納得がいくものはまだ作れていない。試行錯誤を繰り返し、ジェシカやハンナにも相談しているが、マダムに見せる日はまだ遠かった。また今日も、一緒に裁縫しながら相談に乗ってもらおうと思っている。
「ニナ、今日はジェシカの家に行く日?」
「はい、約束しています」
「じゃあ一緒に出よう。さっきばあさんからテガミドリが来たんだ。なんか俺に会わせたい人が今日来るんだって」
なんだろう、と首を傾げながらヒースクリフは言葉を続けた。
「俺そのままギルドにいるから、ニナは手伝いが終わったらギルドに来てよ。一緒にごはん食べて帰ろう」
「はい、わかりました」
§
3人組の、冒険者パーティが辺境伯領首都に足を踏み入れた。3人とも誇らしげに銀色のプレートを首から下げている。
男ふたりと、女ひとり。3人は、それぞれ昔ヒースクリフに救われた者たちだった。ヒースクリフのようになりたいと冒険者を志した者たちが知り合い、お互いヒースクリフに救われたとわかって意気投合した。そして目指すものが一緒だ、とパーティを組んだのだ。いつか強くなって、ヒースクリフに恩を返そうと誓い合って。
『いつか金級になったら、ヒースクリフに会いに行く』を合言葉に、励まし合いながら苦難を乗り越えた。そしてついに、パーティ揃ってであれば金級の仕事を受けられるようになったのだ。
時が来た、と皆で頷きあった。
国内であっても、冒険者の移動には手続きが必要だ。しかし、ずっと世話になっていたギルドのギルド長は、3人がずっとそれを目標にしていたことを知っていた。辺境伯領ギルドへ移動手続きを通し、快く3人を送り出してくれた。
憧れのヒースクリフは、数年前にまた華々しい活躍をしていた。禁呪の発動を早期に阻止し、更に星を増やしたのだ。その話は広く知られていたが、せっかくだからと移動途中で王都を中心に集められるだけの情報を集め、できる限り詳しい話を聞いて歩いた。
禁呪なんて、おとぎ話にあるような伝説の存在だ。新しい話を聞いては、3人で流石はヒースクリフさんだ!と称え合った。自分のこと以上に誇らしかった。まるきり伝説の英雄だ、六つ星なんて史上初じゃないかと言って乾杯した。辺境伯領に近付けば、もっと色んな話が聞けるだろうと期待しながら旅を続けた。
しかし、辺境伯領に近付くにつれ、ヒースクリフの活躍話に妙な存在が混ざるようになったのだ。ある、ひとりの少女が。
王都で集めた情報に、そんな人間は存在しなかった。報告書だって閲覧できる限り調べたのだ。なのに、正式なものの一切にそんな少女は存在しなかった。
辺境伯領で話を聞けば、もっと許しがたい話ばかりを耳にする。今まで調べ歩いた話を総括すれば、その少女はただ『助けてください』とヒースクリフに泣きついただけの、自分たちと同じ立場の人間のはずだ。なのに、まるでその少女が活躍したかのように讃えられ、その上更に、ヒースクリフに未だ寄りかかって生活の面倒を見させているようだった。
同じくヒースクリフに救われた者として、断じて容認できないことだった。ヒースクリフにただ救われただけのくせに、厚かましくて許せなかった。
噴水広場の屋台で買い食いがてら話を聞いても、やはり店主はその少女のことを話す。
「へえ、どんな子なんだろう」
「ほら、あの子だよ」
屋台の店主がにこにことしながら示す方向に、ひとりの少女が立っていた。
「あれが……」
あれが、ヒースクリフに寄りかかり、負ぶさり続けている女だ。男は、こぶしをぐっと握りしめた。








