あの風景を
ニナは今日、プティ・ブティを訪れた。以前マダムに刺繍を見せると約束したので、自分用のハンカチを見てもらおうと思ったのだ。
ニナは自分が刺繍をするようになって、プティ・ブティの服の刺繍がどんなに難しく、素晴らしい出来栄えかを理解できるようになった。それを日々取り扱っているマダムに自分の刺繍を見せるのだ。ニナはそわそわと落ち着かない気持ちでドアマンの開けた扉を通った。
「いらっしゃいませニナ様。本日はいかがなさいましたか?」
エントランスに入るとすぐにマダムが出迎えてくれる。ニナは少し緊張して、どきどきと鼓動を早めた。
「刺繍ができたので、見てもらおうと思ったんです」
「まあ、それは嬉しゅうございます。早速あちらで見せてくださいましね」
マダムの案内で応接セットに腰掛け、ニナはポシェットからハンカチを取り出した。マダムはニナがおずおずと差し出したハンカチを丁寧な手付きで受け取りテーブルに広げ、真剣な目つきをして刺繍を指でなぞった。
「…………丁寧に刺されておりますね」
しばらく黙って刺繍を見た後、マダムはふっと目を細めて、優しく呟いた。
「ニナ様が、ネビュラ様を慕っておられるのが伝わってくるように思います。一針一針を大切に刺しておられますね」
顔を上げ、ニナを見つめ優しく微笑むマダムに、ニナはうれしくなって頬を紅潮させた。プティ・ブティで扱われているものに比べれば、ニナの技巧はまだ拙いものだ。しかし、その丁寧な仕事ぶりをマダムに褒められて、ニナは心から喜んだ。
「はい!ありがとうございます!」
「こちらの蔓や花などは何かの図案を?」
「はい、刺繍を教えてくれた友達に、図案の本を見せてもらったんです」
ハンナは刺繍の図案の本を持っていた。それをふたりで覗き込んで、どれにしようかとはしゃぎながら決めたのだ。
マダムは顎に手をあて、なるほど、と思案げに呟いた。
「どうかしましたか?」
「ニナ様、私からひとつご提案があるのですが……」
首を傾げるニナに、マダムは慎重に考えながら言葉を探した。
「聖域にある草花や実を、図案にしてみませんか?きっと、私どもが目にすることのできない植物が茂っていると思うのです」
マダムは真剣な顔つきでニナを見つめ、膝の上でぎゅっと両手を組んだ。
「もちろんのことですが、断っていただいて構いません。何が許されて、何が許されないか私にはわかりかねます。ですが、もし許されるのであれば、その図案を私どもに売っていただきたいのです」
ニナは、思いがけないマダムの提案に目を見開いた。聖域の植物を見て自分で図案を作るなんて、思いつきもしないことだった。
しかし、聖域には確かに美しい花がたくさん咲いている。草木は茂り、様々な実もみのっている。ニナにはどれが珍しいものなのかわからないが、ハンナに見せてもらった図案の本に載っていない花はたくさんあった。
「あの、私もあそこで何をしていいか、わからないことがあります」
ニナが何かしてネビュラに止められたことはないが、そもそもニナは聖域で洗濯や掃除をして、料理を作り、ネビュラに何かを教わることしかしない。あとは時折ネビュラに連れられて森で食べられるものを採るくらいで、自分から聖域の何かを得ようとしたことがないのだ。
「だから、ネビィちゃんに聞いてみます。ネビィちゃんがいいと言ったものを、図案にしてみたいと思います」
「もちろんでございます。よくよくネビュラ様にご相談くださいまし。少しでも難色を示されれば、得ようなど考えません」
マダムの真剣な目に、ニナはこくりと頷いた。だめだと言われることをするつもりは毛頭ないが、ニナも、やってみたいと思ったのだ。
聖域は、とても美しい。
あの草花を図案にして刺繍にできれば、とてもすてきだと思ったのだ。ニナは、作ってみたい、とそう思った。
話が終わって、ニナはマダムからハンカチを受け取った。それからニナはマダムに、ヒースクリフに贈るタオルに丁度いいものがないか相談した。
肌触りがよくて、水をよく吸って、それから小さく刺繍を入れられるタオルはないかと聞くと、マダムはにっこりと笑って「ご用意いたします」と請け負った。マダムはいつも、とても頼りになった。
「もし、許されるのでしたら」
帰り際、マダムはニナに声をかけた。小首をかしげてマダムを見つめるニナに、マダムは恥ずかしげに微笑んで言葉を続けた。
「いつか、聖域の風景を刺繍にして、見せていただきたいと思うのです。……聖域に、憧れておりますので」
少女のように笑うマダムに、ニナは満面の笑みを返した。もしあの美しい風景を丸ごと刺繍にできて、それをマダムに見せられたら、とてもすてきだと思いながら。








