相談
ニナは食堂のカウンターで、ココアのカップをじっと見据えながら悩み込んでいた。
ジェシカは少し前に、ただよい始めた料理の匂いに顔を青くして「ごめん……」と言いながら帰っていった。体を大切に労ってほしいと心配しているが、ニナが悩んでいるのはまた少し違う理由だ。
ライノとジェシカが結婚したときは、このギルドの食堂で盛大に祝った。たくさんの料理と酒が振る舞われ、みんなが「おめでとう」と大声をあげた。
ふたりの間に子どもができたことも、それと同じか、それ以上に感じるくらいに、ニナはとてもうれしかった。結婚の時にニナが大声で祝福したように、ジェシカの妊娠も祝いたいと考えていたのだ。
ニナは、赤ちゃんができた場合はどうするのが正しいのだろうと悩み込んでいた。
「よう、ニナ。なに考え込んでるんだ?」
「アルくん……」
かけられた声に振り向くと、アルがごく自然な雰囲気で立っていた。ニナにはそれが、とても当たり前なことを教えてくれそうな、頼りある様子に見えた。ニナはアルに相談してみようと思い口を開いた。
「あの、赤ちゃんができたときはどうしたらいいのかと思ったんです」
「………………は?」
アルは予想もしなかったニナの言葉に、口をぽかんと開けた。赤ちゃんができた。妊娠だ。そうか、ニナが。
どうしたらってそりゃあ、腹の子の父親――きっとヒースクリフだ――に言えばいいだろう。
そう言いかけて、アルはかちりと固まった。まさか、ヒースクリフじゃないのか、と。
相手がヒースクリフならそれはもう「子どもができた」と言いながら飛び跳ねて喜ぶ様がありありと想像できたし、ニナが悩むはずがないと思った。まさかそんな――ヒースクリフじゃないのか。
アルは引きつりながら、恐る恐るニナに問いかけた。
「そりゃ……ち、父親、父親はだれだよ」
「赤ちゃんのお父さんですか?ライノさんです」
「は………………?」
ライノさんです……ライノさんです……ライノさんです……アルの頭の中でニナの言葉が反響した。
馬鹿な。ライノはとても頼りになる、尊敬できる男で――そして、ジェシカという妻がいるれっきとした妻帯者だ。
そんなまさか、とアルは絶望した。ライノは妻がありながら友人の恋人に手を出して妊娠させるような、そんな男だったのか?そんな男の風上にも置けないような最低な?アルの心の中で、今まで築き上げてきた信頼がガラガラと崩れ落ちる音がした。
アルはライノを心から尊敬していたし、ニナのことをヒースクリフの恋人だと思い込んでいた。
「ライ……ライノさん……?ライノさんの、子ども……?」
「はい」
ニナはとんでもない誤解を生んでいることに気付かず、平然と返事をしたあとに、はっと息を飲んだ。
「そうです……!ライノさんが、お父さんなんです!ジェシカさんのことばかり考えていましたが、ライノさんにもお祝いがしたいです!!」
「……待て。お前、ちゃんと言え。誰と誰に子どもができてお前は何を悩んでるって?」
地を這うようなアルの声に、ニナはとまどいながらこたえた。
「ええと、ライノさんとジェシカさんに赤ちゃんができたので、私はお祝いがしたいです。赤ちゃんができたときは、どうすればいいですか?」
「ふざっっっっっっっっけんなよ!!お前!!」
アルは怒った。
「ばっかやろう!!ちゃんと言えよ!!とんでもない、とんでもない誤解が生まれかけたんだぞ!!ちゃんと言えよ!!この!!ばか!!」
「ひゃ、あの、すみません」
アルは涙目になってぷりぷりとニナに怒り続けた。ニナはよくわからなかったが、何かを間違えたのだろうと小さくなってアルに謝り続けた。
アルはしばらくニナに怒り続けたあと、体がぺしゃんこになりそうなくらい深いため息を吐いてしゃがみこんだ。どんな誤解をしかけたかはとても口に出せなかった。
そして、力ない声で「そういうのはメリダさんが詳しいだろ。相談してみろよ」とつぶやいた。ニナはアルの様子にとまどい続けていたが、アルの提案に手を打って納得した。やはり頼りになると、ニナはとてもうれしく思った。
「ありがとうございます……!そうしてみます!」
「お前、メリダさんにはちゃんと言えよ。ライノさんとジェシカさんに子どもができて、祝いたいんだってちゃんと言えよ。ほんとにちゃんと言えよ」
「はい!わかりました!」
「ほんとにだぞ」
アルはしつこいくらいに念を押しながら、喜ぶニナに苦笑を浮かべた。
ヒースクリフとライノが戻ってきたのは、丁度そんなタイミングだった。ヒースクリフはいつも通りにこにこと笑って、「たのしそうだね」とふたりに話しかけた。
ライノはさっきの今で、と天を仰ぎ、どこか遠くを見つめていた。








